第52話 きんぐ&あい・下
王は言葉を探すようにしばらく黙し、重く口を開かれました。
「まずは確認したい。
我が息子、ルシウスが堕落の短剣を使用することを命じたと申すか」
「はい」
「証人は出せるかね」
わたくしはサイモン学長の方を見ます。
「うむ。
陛下、先日の聴取でユーストン伯爵から聞き取っておりますが、そちらは正式な証言として扱えるものです」
学長はこちらに一度頷くと、王に向き直り説明されました。
ユーストン伯爵……オーガストですわね。
「グラフトン公爵の継嗣か……」
陛下の目が困ったように左右を見ます。
陛下に近いところにいた、恐らく高位の貴族か役人の方が声を上げます。
「失礼、レディ・アイルランド。わたしは宰相を勤めているユーリーという。
先ほどあなたは法に基づきルシウス殿下を弑すと発言なされた」
宰相殿。結構なお歳に見えますが、義兄様の咆哮に耐えるとは。良き防御の備えをしているのか、それだけの胆力があるのか。
わたくしは頷きます。
「初めまして。ユーリー殿。
ええ。殿下を含む3人ですの」
「うむ。……殿下に手をかけることを認める法とは何か?お答え願いたい」
「大同盟法第十条、および王国法より魔族との交戦規定、およびキャンベルタウン条約。それとポートラッシュがブリテン王家に仕えることを約した封建法とその細則。
当家は辺境伯家としてアイルランド全域における交戦の権利、及び魔殺の一族としてブリテン全域における魔族との交戦の権利を有していますの。
同時にこれは義務でもあり、アイルランドを我らの手で守る義務、魔族を討伐する義務が与えられておりますの。
同法における討伐すべき魔族の定義は細則にあり、魔族そのもの、魔族の協力者、魔族に操作・憑依された生物および器物に対象が及びますわ」
ここで息を切り、王を見つめて告げます。
「つまり、ルシウス殿下を殺すのは人類の義務であり、王家との契約によるものでもあります」
「然り」
宰相が肯定され、場は騒然とします。しかし宰相は目線一つで貴族たちを黙らせると言葉を続けました。
「だが、封建法とはそもそも王家に仕えることを約すものである。
レディ・アイルランドが王家との約定を守るべく動かれているのは讃えるべきであると思うが、かと言って王家の方々に手をかけるとなれば、それは王家への不遜では無いか?」
ふむ、わたくしの面子を立てつつ、殿下を守ろうとなさってますのね。
とは言え……。
「その論は些か問題ですの。
封建法についてはそう言った側面もあるかも知れませんわ。
とは言え、わたくしは仮に魔に侵された王がいたとした場合、それに仕える気は御座いません。
また今お伝えしたとおり、大同盟法も絡んでおりますの。これを破るとなると人類及び、全ての亜人種、龍種への裏切りであり、人類の守護神たる22柱の神々への不遜であるのではありませんの?」
あまりぴんと来た顔ではありませんわね。
同盟や神々を軽んじているというか……。わたくしは続けます。
「アイルランドはヨモトゥヒラサクの結界を張られた“魔術師”、“太陽”の2柱との関連深き地ですの。
“太陽”アマテラウス様は魔界の果てにある故郷の守護に戻られてしまわれましたが、“魔術師”ガーファンクル様は魔術塔の上層に住まわれているはず。
大同盟法に背く必要ある案件であれば、ご降臨を賜り、裁定をお願いすべきと愚考いたしますの」
「その必要は無い」
慌てたように王が口を開かれます。
「外界の瑣末な出来事に対し、降臨など願うべきではない」
瑣末……?
わたくしは首を傾げます。
「瑣末ということは、争点がないということであり、ルシウス殿下を引き渡してくれるということですの?」
「そうではない」
ユーリー宰相が続けます。
「レディ、あなたが手を下す必要など無いと言うことだ。
魔族化したなどの場合はともかく、貴族が操られていただけであるなら、酌量の余地はあるとするものだよ」
うーん。どういう意図でしょうか……。
「陛下、お聞かせ願いたいのです。
陛下がお子であるルシウス殿下を生かしたいというお気持ちはもちろん良く分かります。
ですが、生かすなら賠償の絡む問題となります。不遜を承知で言いますが、その場合なあなあで済ませる気はありませんのよ」
わたくしの言葉にも、王は憤る姿は見せませんでした。
「あれも我が子故にな。
それになアレクサンドラ嬢。ルシウスの処罰まですべての責を負って貰うつもりは無い。申してみよ。何を望む」
なるほど、王はむしろ賠償を払いたいという立場ですのね。つまりそれだけポートラッシュを重視してくれていると。
ですが……、
「野蛮にて不遜なる小娘め!
王に向かって賠償を要求するとは!おおかたお前が婚約破棄に値する行為を取ったのだろうよ!」
一人の貴族がこちらに食いかかってきますの。
義兄様に告げます。
「レオナルド、彼を排除なさい」
「グルゥ」
義兄様は一歩の踏み込みで男に近寄ると腕の一薙ぎで傍にいた兵を倒します。
「ッアァッ!」
右手で男の胸倉を掴み持ち上げ、左手で足首を掴むと、ハンマーを投げるように二、三度頭上で振り回して窓に向かって投げ捨てました。
破砕音をさせて窓を貫き、20mは飛んで植木に突き刺さりましたが……運が良ければ生きているでしょう。
ユーリー宰相は口元をひくつかせ、サイモン学長は額を叩き天を仰ぎました。
「陛下はアイルランドを大切に思って下さいますの。
しかし、ルシウス殿下や臣下の方々はそうではないご様子。我らを侮り、魔との戦いの邪魔となるのでは排除いたしますわよ」
「そう思わせる事柄があったか。言ってみよ」
王が尋ねられます。
「ええ、たくさんありますのよ。
まずこのルシウス殿下の変節に関してはわたくしから陛下に書簡でお伝えしているのですが、それが伝わっている様子が無いこと。殿下が堕落の短剣を入手していると言うことは、その伝手となる人物が殿下の周囲にいたということ。王族との婚約者であるわたくしあての予算があるはずですが、それがわたくしに使われていないこと。アイルランドに送られる筈である第六騎士団にどの貴族家も騎士や兵を供出していないこと。第六騎士団の予算が明らかに中抜きされていること」
起きている貴族の方々の顔が青ざめます。
「あなたに予算が使われてないとはどういうことか」
「ドレスを着てこなかったことでお察し下さい」
王の顔が羞恥か怒りか赤くなります。
「第六騎士団に兵や予算が使われてないとはどういうことか」
「第六騎士団は犯罪者を訓練して員数を揃えていますの。
義兄レオナルドが訓練しているので、兵の質に文句を言うつもりはありませんが、彼らの装備品の質が劣悪であること、彼らに給与が支払われてないことですわ」
ばたり、と貴族の一人が倒れました。
王はちらりとそちらを見て言われます。
「衛兵、今倒れた財務大臣を捕縛せよ」
近衛兵の方が二人で倒れた財務大臣を引き摺って行きます。
王は冠を脱ぎ、それを膝の上に置かれると、わたくしに頭を下げられました。
「アレクサンドラ、レディ・アイルランドよ。
今回の件、真に申し訳なかった。
これらの件に荷担したものの罪を出来うる限り暴くこと、あなたやアイルランドが本来得るはずであったもの、それ以上をお支払いすることをブリテン王、リチャードの名において約そう」
わたくしも胸に手を当て、頭を下げます。
「謝罪を受け入れますわ」
「失礼を承知で1つ聞こう。
ルシウスが操られていたものであるとして、婚約の継続は可能か?」
あの場にいた生徒たちの顔、特にクリスとナタリーとサリアの顔が浮かびます。
彼女たちが今回の件に対して今どう動いているか。わたくしの名誉を護るために動いてくれていると確信をもって言えますの。
つまり、それはルシウス殿下の悪評を広めるという形になるわけであり……。
アイルランドの民の、領軍の兵士達の顔も浮かびます。
いずれ彼らにそれが伝わるとして……うん。
「今回の件に箝口令を敷くことはもう不可能ですの。すでに学校中に広まっていますでしょうし、それはセーラムの町へ、生徒の家族へ伝わります。アイルランドにもいずれ情報は伝わります。
わたくし個人としては割り切って婚約を継続しても構いませんが、アイルランドの民は殿下を許さないでしょう」
「ガルルルル……」
義兄様が唸り声を上げて、殺気を撒き散らします。
「我が義兄も、ですわね。
それと婚約破棄ということに関して、ルシウス殿下の問題は、操られていたということではないのです」




