第51話 きんぐ&あい・上
第六騎士団の皆様とは一度お別れ、彼らはいったん隊舎にて待機していただくことになりましたの。
秘書のエミリーさんも魔術塔での情報共有に向かうとのことでこちらもいったんお別れです。街の中央を流れる川を渡り、南へと向かわれました。
馬車にはわたくしと義兄様とサイモン学長の3人が乗り、王城へと向かうことになりましたの。
「レオナルド殿を同行させるのかね?」
「最大戦力を連れて行かないなどという愚は犯しませんわ」
「……戦う気かね」
んー、それは向こうの出方ですわよね。わたくしはにっこりと笑みを見せておきますの。
「……できる限り穏健にな。
〈布作成〉。せめて裸身を見せぬようにしたまえ」
学長は巨大な白い布を作成すると、器用に〈念動〉で複雑に動かして、布を義兄様に巻きつけていきました。
「サイモン学長スゴいですの!
義兄様、かっこいいですのよ!」
古代の神像に見られるトーガのように布を巻きつけられた義兄様は、軍神や英雄神のようです!
「グルゥ」
「義兄もお礼を言ってますのよ。ありがとうございますの。
今度やり方を教えて下さいまし」
馬車に再び乗り込み、車中でやり方を聞きましたが、かなり複雑な巻き方ですのね。
魔術でやる前に、まずは手でどういう風に巻くのか覚えた方が良いとのことでしたの。
かぽかぽと並足で馬車は街中を進んでいきます。
馬車は街を抜けて王宮へ。庭園を抜け、建物の正面に馬車を横づけると、特に衛兵に誰何されたりすることもなく、中へと導かれます。
サイモン学長は昨夜のうちに魔術塔の機能の1つ、広域の〈精神感応〉を通じて連絡を取り、先触れをだしていたとのことですの。
熟達した術者ならアスコット村のあたりからライブラまで届くらしいですのよ。なるほど、魔術塔があんなに高く作られていたり、昨日一日であそこまで進んで宿をとったのにはそんな意味があったのですね。
そのまま城内を進み、大きくて豪華な扉の前へ。
ここが謁見の間ですわね。
近衛の者が扉を開けると、そこは天井の高い大広間で、中央には赤い絨毯が伸びています。その先は一段高くなっていて、そこの上には玉座が。
さすがに美しく、また壮観ですわね。
絨毯の左右には等間隔に近衛の兵が並び、貴族や役人たちが列をなしています。
ふむ、思ったより人が多いですわね。この件について予め議論されていたのかしら?
部屋の中央付近、ここでとまる……。
部屋全体に魔術を封じ……てはいないのですね。魔力を、特に攻撃系統のものを減衰する結界が付与されていてその中心点で謁見するようになっていると。
わたくしは目を伏せてそこまで進むと、最敬礼をとります。
ドレスでは無く、白の軍服、魔術礼装を着ておりますので、女性の礼ではなく、軍式に頭を下げました。
ダンスパーティーの時は男装でしたので髪をシニヨンに束ねておりましたが、今日は巻き髪をいつも通り左右に垂らしていますの。
「面をあげよ」
サイモン学長が王を讃える挨拶を行います。
わたくしは頭を上げ、陛下を見ました。
ブリテンの王の証たる冠を頭に、玉座に深く腰掛けておられます。彫りの深い顔、年齢はたしかお父様と同じくらいであったかと思いますが、痩身で年上に見えますわね。
王妃やルシウス殿下は同席しておらずと。王太子殿下は会ったことがないのでいるのかは分かりませんの。
「アレクサンドラ嬢、レディ・アイルランド。それとその兄、レオナルド卿よ。
道中、大儀であった。
また手土産、感謝する。見事な大輪の薔薇であった」
「有り難き幸せですわ」
ええ、ちゃんと手土産を用意いたしましたのよ。
色の赤い竜鱗を5枚円形に並べて、その中央に魔術で一輪だけ咲かせた白薔薇に、〈保存〉の術式をかけたもの。紅白の薔薇を想起させる、王家の花の紋章ですの。
「早速ですが陛下、わたくしからは1つの報告と、3つの許可をいただきに参りましたの」
「ふむ?……直答を許そう。申せ」
わたくしは大きく息を吐いて吸い、宣言します。
「まず報告は、わたくしがアボット家の次男、キース・アボットを殺害したこと」
わたくしが言葉を止めると、陛下はおもむろに頷かれて口を開かれました。
「聞き及んでいる。魔族化したとのことだな。
この後、正式に捜査が入るであろうが、先に書面で受けた経緯が真実であるなら、アレクサンドラ嬢の行動は罰せられるようなものではなく、賞賛されるべきものであろう。
アボット家にもこの件について遺恨を残さぬよう申し付けよう」
わたくしも頷きました。
「感謝いたします。ではいただきたい3つの許可ですの。
1つ、捕らえているダニエル・クレーブの殺害許可を。
2つ、逃亡したジャスミン・フォンテーンの引き渡しと殺害の許可を。
3つ、逃亡したルシウス第二王子の引き渡しと殺害の許可を」
陛下の顔がひきつり、校長が頭を抱え、貴族たちは怒号をあげます。
「何を言う!」「不敬な!」「田舎者め!」「野蛮な!」などなど。
長々とポートラッシュを馬鹿にするような発言をする者どももおりますので、義兄様に声をかけます。
「レオ義兄様」
「グルゥ?」
「全力で咆哮を」
義兄様はニヤリと笑みを浮かべると大きく息を吸い込みました。
「〈戦声〉」
強化系術式であり音声系の術式でもある、声を大きく、良く通るようになる術式を義兄様に使いますの。
「ヴオオオオオォォォォォォォォーーーーーーッ!!!!」
(うひゃー)
アホ毛が空気の振動にびりびりと揺れました。
貴族と衛兵の大半が耳を押さえて悶絶して気を失いますの。
部屋が静まりかえる中、王を見つめます。
護符に守られた王や高位の貴族、咄嗟に防壁を張った学長や、近衛の中でも対応できた者だけが意識を残しています。
残った近衛はこちらに武器を構えていますが、義兄様が睥睨しており、威圧に脚が前に出せませんの。
「さて陛下。返答や如何に」
「……待て。アレクサンドラ嬢、待ちたまえ。
婚約破棄の撤回、または謝罪を求めに来たのではないのか」
「そのようなことは、瑣末でしかありませんの。
陛下、わたくしは死者に婚約の継続を求める気はありませんのよ」
「婚約破棄の謝罪に死を求めるとはやりすぎだ!」
意識を残していた貴族の方の一人が叫びます。
ふむ、だからそうではないと言ってますのに。
「婚約破棄の話などわたくしはまだしておりませんのよ?
先ほどの言葉を言い換えましょう」
わたくしは王を、そして意識を残している貴族たちを見渡して言います。
「堕落の短剣を使おうとしたダニエル・クレーブの殺害許可を。
魔族が擬態または憑依しているジャスミン・フォンテーンの引き渡しと殺害の許可を。
堕落の短剣を使うように指示したルシウス第二王子の引き渡しと殺害の許可を。
アイルランド辺境伯、その地位を継ぐ者として、王国法と条約に基づき要求します。
陛下。改めて返答や如何に」




