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なまこ×どりる  作者: ただのぎょー
第3章 119年2月~婚約破棄
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第50話 きんぐ&ぷりんす

 わたしはふよふよと彼らの行く馬車を追う。真夜中、夜闇の中を進む馬車を。明かりもつけず、月と星しか光無き世界を進む馬車。わたしにもこれが一般的でないことは分かる。深海の如き闇の中で、人や馬は動けぬのだから。



 馬車の中、ルシウスとジャスミンは身体を絡めている。ルシウスは夜半過ぎに眠りに落ちたようだが、ジャスミンは眠らない。魔力で馬や御者と呼ばれる男を操り続けているようだ。



 途中、ただならぬ、神の如き気配が近づくのを感知した。

 魔力は感じない。まるでそこだけ世界に穴が開いているような……。しかして近づくのを見ると、半裸の人の身形をした男であり、風の速さで野を駆けていた。

 巨躯であり、精悍な顔立ちをしているが、こちらに意識を払うことなく、ただ正面のみを見据えて駆け、すれ違っていく。



 ……なるほど。なるほどなるほど。

 あれがアレクサの救いたい人物、彼女の義兄であり、恋する人物か。

 よもやあんな存在が他にいるとも思えぬ。

 いやはや、何とも大したものだ。あれを救うだと……?

 最高位の神々に捧げた贄を取り戻そうとはな。わたしのような弱小なる神の手には余る話だよ。

 はは。

 無知とは恐ろしい、だが心地良い。我が存在をかけて取り組まねばなぁ。力を蓄え、闘いの術を練ろうか。



 さて、夜明けとともに、目的地である巨大な街へとつく。街を囲う壁の大きな門はちょうど開門の作業をしていたようで、そこに馬車がたどり着いた。

 門前に並んでいた人々を押しのけ、馬車は進む。

 門を守る兵も驚いたように道を譲った。



「ダニエルの家をお借りしましょう」



 ジャスミンが言う。

 ダニエル……。パーティーの時に魔術でアレクサを攻撃していた男か。



「ふむ……、ジャスミンはどうする?」


「わたくしはそこでお待ちしています。

 王宮に行き、王にお目もじ叶う身分ではございませんし、さすがに疲れてしまいました」


「ああ、一晩中の移動とは、女性には酷なことをさせてしまったね」



 ジャスミンはあいまいに頷く。

 ルシウスはジャスミンに顔を寄せた。



 ダニエルの実家とやらに馬車は向かう。どうやら話によるとジャスミンはライブラに家を持たず、ダニエルの実家が後見人となっているらしい。

 とは言え、早朝の急な帰宅に加えてルシウスまで連れてと言うことで、バタバタと大変そうであった。

 食事の用意に、王宮への伝令と……。



 しかし、ここで別れるのか。困ったところだ。ルシウスに魔術的に楔を……。

 弾かれる感触、無理か。護符で身を固められているからな。

 ジャスミンには楔を打ってあるので、移動などされてもわかるしな。ルシウスの方に同行するしかないか。



 別の馬車へと乗ったルシウスは、街の中心の大きな館へと向かう。王宮であろう。

 揃いの衣装に身を固めた兵士達の間を抜け、館の奥へ奥へと向かっていく。

 金に飾られた重厚な扉を開けると、そこは豪奢でありながら落ち着いた雰囲気の部屋であった。

 左手の壁には人に信仰される神々を描くタペストリー、右手の壁には磁器や黄金の調度品が。中央には低めの大理石のテーブルがあり、そこには複雑な幾何学模様が鮮やかに浮き出ていた。



 テーブルのまわりにはソファーが配され、その1つには壮年の男性が座していた。

 眉間に深い皺を寄せ、大柄な身体をソファーに沈めるようにしている。

 ルシウスが、ソファーに座るや否や、男が声をかけた。



「まず確認しよう、今しがたの伝令によると昨晩、お前が公衆の面前でアレクサンドラ嬢との婚約破棄を宣言した、それで間違いないな?」



 ルシウスが頷く。



「ルシウスよ。愚かなことをしたものだな」


「なぜですか!父上!あの女、アレクサンドラがジャスミンに危害を加えていたことは明白です!」



 ルシウスが椅子から乗りだすようにして声を荒げる。

 ルシウスの父親、つまりこの男がこの国の王であるのか。


 

「それがお前の愚かなところだ。アレクサンドラ嬢がジャスミン嬢を虐める等という事はあり得ぬ。

 彼女の性質からしてもあり得ぬし、そうする意味もない」



 王は冷静な声音で反論する。



「しかし、わたしも彼女の破られた教科書などの物証は確認していますし、ジャスミンが虐められているのを見たという証言も得ています!」



 王がため息をつく。



「その証言がジャスミン嬢の友人で嘘をついているかもしれぬ。脅迫や〈精神操作〉、〈魅了〉などの術式で嘘をつかされているかもしれぬ、あるいは〈幻覚(Illusion)〉を見せられているかもしれぬ。

 魔術学校に通っていて、これら術式の可能性は考えなかったのか?」



 ルシウスが動揺する。

 卓上の紅茶を口にして答えた。



「そ、それは疑心暗鬼にすぎます。ジャスミンはまだ3年生、そのような高度な術式を使えるはずが……」


「そうかもしれぬ、そうでないかもしれぬ。だが協力者がいれば、そもそも本人が使える必要はないであろう。王族たるものがその程度を警戒しないようでは甘すぎる。それに関してもう1つ尋ねよう。なぜ2人を法廷に呼び寄せ、〈嘘感知〉を使わなかった?」



 ルシウスが自慢気に答える。



「ジャスミンは優しいので、法廷でアレクサンドラの罪が暴かれることにより、彼女や彼女の家名に傷がつくと申したのです」



 王が再びため息をつく。先ほどよりも深く、重く。



「お前はそれをおめおめと信じたという訳か」


「父上はジャスミンが嘘をついているというのですか!彼女はそんな人ではない!」


「それはわたしには分からぬ。この前の新年の際にちらりと見ただけであるからな。

 だがルシウス、明らかなことがある。お前の未来が閉ざされたという事だ」


「どういうことです?」


「お前はポートラッシュに婿に行くためにアレクサンドラ嬢と婚約を結んだという事を覚えているのか?

 アレクサンドラ嬢との婚約を失って、お前はどうするつもりだ?」


「そ、それは……」


「ジャスミン・フォンテーン。これと言って裕福ではない男爵家の娘だが、そこに婿入りするのか?」



 ルシウスは黙りこむ。

 暫しの沈黙の後、王が再び口を開く。



「そうであるなら、もはや構わぬ。好きにするが良い。

 だがそれ以上を、例えば玉座を望むのであればお前を反逆罪に処さねばならぬ」



 ルシウスは慌てて頭を振る。



「兄上を差し置いてなどとそんなつもりは……。

 王家の子息が独立するにあたり、公爵家を立てることが可能と聞いております」



 王は三度深くため息をついた。

 疲れきった、長く生きすぎた鮫のようであった。



「誰に聞いたか、唆されたか。確かにそういう事例はある。

 だが、お前にどこの土地を与えるというのだ?王国で余剰している土地があるとでも?

 お前が自力で家を興したいのであれば、我が国内であればアイルランド南部が、ハイランド地方を平定するしかない。さもなくば、海峡を渡り大陸に攻め入るかだ」


「そんな……」


「ポートラッシュへの婿入りを嫌っても、武によってなさねばならぬ事は変わらぬ。

 なあ、ルシウスよ。そんなにポートラッシュは嫌であったか?アレクサンドラ嬢は不満であったか?あるいはジャスミン嬢は何を捨てても得たいほど魅力的であったか?」



 王の問いかけに、ルシウスは苦渋の表情を顔に浮かべ、絞り出すように言葉を紡いでいく。



「……5年前にポートラッシュに行った時、魔族の襲撃があった」


「そうだな」


「男達は嬉々として死地に向かって行き、まだ子供のアレクサンドラも全身を返り血に染めて、戦っていた。

 ……それを見て恐ろしくなったんだ」


「そうか」


「でも、言えなかった。

 ……ジャスミンは、その悩みを分かってくれたんだ」


「分かった。ルシウスよ。悩みに気づいてやれなかったのは済まなかった。

 だがな、お前のしたことは許される事ではない。

 近日中に沙汰がでる。自室に謹慎しておれ」



 ルシウスの左右に兵士が立つ。

 ルシウスはのろのろと立ち上がり、はっと尋ねた。



「ジャスミンは、ジャスミンはどうなりますか」


「分からぬ。少なくともこの婚約破棄の責任はわたしも含めて誰かが負わねばならぬ。

 それはアレクサンドラ嬢からの話を聞いてからになるだろう」



 うむ、彼女はこちらに向かってきているからな。

 恐らくは明日になるか。それまではわたしも待つとしよう。

ξ゜⊿゜)ξ <50話ですの!


皆様の応援のおかげでここまで来れたと思っております!

ありがとうございます。

婚約破棄ネタも佳境といったところでしょうか。

今後ともよろしくお願いします!

ξ゜⊿゜)ξ <お願いしますのー。


また昨日の活動報告にもあげておりますが、

『泳がぬ海の王』より『Gyo¥0-』へ、『なまこ×どりる』50話の記念として、

夜闇が如き深海を想い、言祝ぎの曲が奏でられております。

意味が分かった大人はひっそり楽しんでいただければ幸いです。では!

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― 新着の感想 ―
[良い点] さて、王と王子という具合で、このままいくと大事件に発展しそうで恐ろし気、わくわくと、そして50話、遅ればせながらおめでとうございます!
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