第49話 ライブラに到着ですの!
そのまま日暮れまで走り続けて、太陽が地平線に差し掛かった頃にアスコットの村へ。
結局、ルシウスとジャスミンに追いつくことはできませんでしたわ。
何らかの魔法的手段で移動しているのか、馬車と併用しているのか。
クロとの魂絆は東を指し続けているので、ライブラにもうたどり着かれているのでしょうかね。クロはいまどうしているのかしら。
アスコット村には第六騎士団の皆さまが一度に泊まるだけの宿はなかったため、村の北西部に広がる馬場で休んでもらうことになりましたの。
宿に泊まろうとしましたが、義兄様を宿泊させることに宿屋の女将さんが難色を示したために義兄様もそちらへ。代わりにイアンさんが話したいとの事でこちらに参加することとなりましたの。
わたくしとサイモン学長、エミリーさん、イアンさんとで村の宿屋の一階、酒場兼食堂で卓を囲みます。熱々のシチューにパン。みなさんはワインを、わたくしはホットワインを注文しました。素朴な料理ですがおいしくいただけましたの。
お話の内容は殿下の浮気の話と、ライブラの状況について、それと第六騎士団の身の振り方についてですね。結局のところイアン副長はこのタイミングでアイルランドについた場合の金銭面の問題が一番心配だったようです。
まあ確かに、何もしなくても50人の騎士団の食料とか、凄い額になりますからね。
「イアン副長、もちろんわたくしは慰謝料としてそのあたりしっかりと王に進言しますの」
「はっ」
イアンさんは肯定しましたが、不安な様子はぬぐえません。それはそうですわよね。所詮これでは口約束ですもの。
「でも、それが万が一、取れなかったとして心配はいりませんわ」
わたくしはトランクを机の上に投げ出し、鍵を開けます。
「これですの」
じゃらじゃらと赤黒い破片を取り出します。
「竜麟ですわ」
ひゅう、と息を飲む音が聞こえました。
「これを担保にすれば、騎士団の給金くらいなんとかなりますわよね?」
学長が頷きます。
「うむ、イアン殿。それを売るならサウスフォードに売っていただきたいほどのものだ。万が一のことがあれば、いつでも換金に応じるとも」
イアン副長は安堵した様子で酒を煽ると、馬場の方へと向かわれました。
わたくしたちは宿の部屋で眠ります。
――グオォォーーーッ!
翌朝、早朝まだ夜の明けきらぬ時間、馬場の方から義兄様の咆哮が聞こえます。
……懐かしいですわね!
わたくしは跳び起きると、さっと野戦服の魔術礼装に着替えて外に向かいますの。
「義兄様っ!」
やはり早朝訓練ですのね。義兄様が先頭になって、馬場を走っていますの。馬場は正三角形に近いコースとなっていて、500mほど直線を走るとゆっくりとカーブして全体では3000m弱くらいのコースですかね。
「Go Ahead!」
強化系術式を多重発動して加速、コーナーを曲がる際には〈空中歩行〉で斜めにバンクを作るようにして踏み込んで勢いを殺さずにみなさんに追い付きます。
「義兄様!みなさま、おはようございますの!」
「グアゥ」
「おはようございます!」
「「うぇーす」」
「グアゥ!」
「「お、おはようございます、マム!」」
イアン副長と従者のヤーヴォくんと言いましたかね、二人が元気よく返事を下さいました。
残りのみなさまはやる気のない返答をするも、義兄様が吼えつつ剣を一振りすると、背筋を伸ばしてお返事くださいました。
「ええ、朝から精が出ますわね。ご一緒してもよろしくて?」
「「イエスマム!」」
義兄様の横まで行くと、強化術式を切って、ランニングのペースに合わせます。
――ざっざざっざっざっざっざざっ
ふーむ、力強いんですが足並みが揃っていませんわね。
「イアン副長?」
「イエスマム!」
「みなさん、お歌は歌いませんの?」
「歌ですか?」
「ええ、走るときに歌いながら走れば足並みが揃って良いですのよ」
「……ふむ、ライブラでは兵士たちはともかく、騎士団ではあまりそういった習慣はありませんな」
「ア、アレクサンドラ閣下!よろしいでしょうか!」
後ろの男性が声をかけてきました。
「ええ、お名前は?」
「ヒギンズ伍長と申します!う、歌の見本を見せていただけませんか!」
わたくしが肯定すると、どよめきがおきます。
「じゃあ、みなさんわたくしに続いて歌ってくださいね」
「「イエスマム!」」
「パパの黒いペット」
「「パパの黒いペット」」
「硬くてミルクを出すの」
「「硬くてミルクを出すの」」
「おー、見せて!」
「「おー、見せて!」」
「ちょーだい!」
「「ちょーだい!」」
「しごいて!」
「「しごいて!」」
――ざっざっざっざっざっざっ
ええ、足並みが揃いましたわね。
なぜか歓声があがり、イアン副長は頭を抱え、ヤーヴォくんは顔を赤くしています。
「じゃあ今度はヒギンズ伍長が歌って下さいね」
「はっ!」
「ルシウス殿下のクソッタレ!」
「「ルシウス殿下のクソッタレ!」」
「梅毒、インキン、シラミ野郎!」
「「梅毒、シラミの浮気野郎!」」
みなさま、げらげら笑いながら走ります。
「もー、ルシウス殿下の悪口は、王都で歌っちゃダメですのよ?」
「「イエスマム!」」
みなさんで軽く運動をした後は急いで食事をしてから移動ですの。
ブリテンの首都、ライブラは中央に川が流れていて、南北に分けられた街ですの。
街の機能も北と南ではまるで異なり、北は王家の方々の住まう宮殿と貴族の邸宅が中心に。南はライブラ魔術塔、人類圏全ての魔術師たちの総本山が中心にあります。
はるか昔、黄道暦の頃は北の企業と南の魔術協会が天秤の名のように、均衡を伴い発展してきた都市と言います。今は企業という組織は失われ、北の貴族と南の魔術協会が均衡を保っていると歴史の授業で学びましたわ。
ちょうどお昼頃でしょうか。馬車の進行方向、地平線からまず魔術塔が見えてきました。
『空を削る破片』と呼ばれる高さ300mを越す角錐型の塔は空を貫く槍の穂先のように見えますの。
古代の文明の作り上げた遺跡の中で、現存する最も高い建築物ですの。
「たかーい!」
ついつい声が出てしまいますわね。
馬車の窓から身を乗り出して進行方向を眺めていると、義兄様が腰をおさえて下さいます。
道にも人が増え、城門や王城の尖塔も見えてきました。
城門へと近づいていくと、並んでいる人々が道を開けてくださいます。
学院のこの馬車は作りとしては伯爵家相当の家格のものに相当しますし、武装集団を引き連れてますからね。
「お前ら!第六騎士団の!」
門に着くと、門番の方が叫びます。
イアン副長が先頭に進みます。
「お前達、城門破りの件で捕らえさせて貰うぞ!」
わたくしは義兄様を睨みます。
「もー、義兄様ったら」
「グルゥ」
「おお、すまぬな」
イアン副長と門番の人たちが問答していると、そこにサイモン学長が割り込みました。
「彼らは我々の警護のため出迎えてくれたのだ。わたしはフレデリック・サイモン。サウスフォード全寮制魔術学校学長であり、個人でも子爵相当位を与えられておる。
彼らを捕らえるのであれば、魔術塔の担当に伝えるか、正式な書状を持った上でサウスフォードまで出向いて貰えるかね?」
門番の方たちは顔を見合わせると、苦々しく頷かれ、道を開けてくれました。
イアン副長がサイモン学長に頭を下げます。
御者の方が鞭を軽く振り、馬車はがたがたと石畳を踏んでライブラの市街へと入っていきましたの。
まさかのお歌再び。




