第48話 馬車でガタゴト、ライブラへ
「髪を整えて、髭を剃ると素敵でしょう?」
みなさん、曖昧な表情で義兄様を見上げます。
クリスが言います。
「そもそもの威圧感がひどくて。パーツが整ってるのは分かるけどね」
「か、カッコいいですよ!お姉さまとお似合いです!」
「……お似合いの美女と野獣」
ナタリーの声に、誰かがボソリと呟きました。うーん、美女と言ってくれてるし許しますの!
わたくしたちが、寮の前でお喋りに興じていると、ぱかぱかがたごとと馬の並足と馬車の音が聞こえてきます。馬車が2台回されてきましたの。1台からサイモン学長とエミリーさんが降りて来られます。
挨拶をして、まずは行程の確認を。魂絆による探知では東北東の方向にいること、昨夜より離れた位置にいることをお伝えします。
距離まで分かれば、学長の転移術で追えるのですけどね。わたくしが、クロと長距離を離れるのが初めてなので、この繋がりの感覚だとどれくらいの距離だとか分からないのが難点ですの。
また、転移で一気に距離を詰めてはという話にもなったのですが、これをして追い抜くと魂絆が外れて見失ってしまう可能性があるとのことで、しっかり追いかけようという話になりました。
セーラムからライブラまではおよそ150km、商人が荷馬車で移動するなら4日はかかる道のりですけど、〈軽量化〉の付与された、魔術学校が有する最高の四頭立ての四輪馬車での移動ですからね。
今日一日で100km、日暮れまでにライブラ郊外のアスコットまで到着し、明日の朝早く出立して昼にはライブラに入れる予定ですの。
ルシウスたちが尋常な手段でライブラに向かって移動しているなら、それまでに追いつけるはず。
「では行ってきますのよ!」
「ガルル」
義兄様と一緒の馬車に乗り、窓から手を振ります。
みなさん、手を振り返してくれますの。
「気をつけてー」「いってらっしゃい」「お土産よろしくね!」「ルシウス一発殴ってきてね!」「あ、わたしの分も!」「おねえさばーおぎをつけてー!」「泣くなし」
馬車は学校の門をくぐり、セーラムの町を抜けると、道は北東に向かい、別の大きな道に合流して東北東へ。
馬車は軽快に走っていきます。曇天の冬空の下、たまに粉雪がちらつきますが、積もるような強い雪ではありません。
移動中は、特にすることもありません。クロとの魂絆をしっかりと意識しつつ、のんびりと景色を眺めたり、義兄様に学校のことをお話したり、義兄様の向かいに座ったり隣に座ったり。
「これだけ移動していて、魔の気配の1つもしないんですわね」
「グルル」
「平和なのはいいですが、ちょっと動きたくなってしまいますのよ」
そんな話をしていると、御者の方から声をかけられます。
「アレクサンドラ嬢、レオナルド殿。前方から……武装集団が」
奇妙な物言いですわね?
窓から身を乗り出して見ると、なるほど確かに。騎馬の一団ですが、先頭は身なりの正しい男性、騎士か貴族とその従者でしょうか?
しかし、その後ろからは野盗?山賊?騎兵というには粗末な身なりの男たちが50騎ほど。
先頭の男は身振りで馬車を路肩に止めるように伝えてきます。
御者の方がもう一台の馬車に連絡し、わたくしにも馬車を止める許可を尋ねて来たので、頷いて許可します。
「何かしらね、義兄様。戦いになるかしら?」
義兄様は僅かに首を横に振りました。
馬車が止まるや否や、馬車から飛び降り、警戒の体勢を取ります。
サイモン学長も馬車から宙を漂うように降りて、声を上げられます。
「わたしは、サウスフォード魔術学校の学長、フレデリック・サイモンだ。
そちらの責任者は君かね?」
サイモン学長が、先頭に立っていた身なりの良い男に問われます。
その後ろの山賊風の出で立ちのみなさんがわたくしの方を……、違いますわね。わたくしの後ろ、ちょうど馬車から降りてきた義兄様の方をニヤニヤしながら指さします。
先頭の男性もちらりとこちらを見ました。
「はっ。この集団は正式名称はありませんが、ライブラ第六騎士団と呼称されています。
統率して来たのはわたし、イアン・ノースレイク。ただ、わたしは副長であり、組織の長はそちらにいるレオナルド・ポートラッシュ団長です」
おお、レオ義兄様の騎士団ですの!
改めて立ち並ぶ男たちを見ます。
薄汚れた皮鎧や、鋲の打たれた皮鎧、鎖帷子、あるいは鎧下のみ羽織った男。彼らの腰には揃いの剣。騎士団というよりは傭兵団といった様子の出で立ちですわね。
「なるほど、あー……」
サイモン学長が困ったような目でこちらを見ます。
わたくしはレオ義兄様に問いかけました。
「レオ義兄様、みなさんに黙って来ましたわね」
「グルゥ」
もう、心配だったから急いで来たなんて言われたら怒れないですのよ!
わたくしが一歩前に出ます。
「みなさん!わたくしはアレクサンドラ・フラウ・ポートラッシュですの!
あなたたちの騎士団長、レオナルドの義理の妹にして、アイルランドを継ぐ者ですの!」
騎士団のみなさんがざわめきます。
イアン副長が膝を付いての礼を取りました。
他の方々もぎこちなく膝をつきます。
「ノースレイク卿とお呼びしてもよろしいですか?
お立ちください。我が義兄がご迷惑をおかけいたしましたの」
「い、いえっ!
……大事に至っていない様子で良かったです!」
サイモン学長の方を見ます。
学長は苦笑いして首を横に振りました。
あなたの団長が、爵位持ちの貴族に斬りかかって手傷を負わせているとはお伝えしない方針ですの。
軽く情報を聞きます。
ルシウス殿下がポートラッシュに婿入りする際に同道するために結成された騎士団であること。
騎士団と言いながら、実状は犯罪者を集めて訓練させているだけということ。
ルシウス殿下とわたくしとの不仲の話題が出て、騎士団を取り巻く情勢がきな臭くなっていること。
……なるほど。
「みなさん、わたくしがルシウス殿下から婚約破棄を受けたというのは真実ですの」
わたくしの声に不安そうな顔をし、ざわめく一同。
わたくしは魔力で身体を活性化して声をあげます。
「諸君!確かにこのままでは第六騎士団は解散となり、場合によっては君たちは再び犯罪者として収監されるだろう!
だが、そうはさせぬ!わたしは諸君を雇いたい!
なぜなら、諸君は我が義兄、レオナルドの薫陶を受けた戦士だからだ!」
おお、と声が上がり、彼らの顔に喜色が浮かびます。
「先に言っておこう!アイルランドは地獄のような戦場だ!
ついて1月もしないうちに実戦の機会があるだろう!
そしてアイルランドの新兵死傷率から考えれば、諸君らの1割はそこで屍を晒し、残り1割の肉体か精神には戦場には戻れないほどの傷を負う事は明らかだ!
一年後、君たちの人数は良くて半分、悪ければだれ一人として残ってないこともあり得る!」
わたくしはみなさんの顔を眺めます。顔を青ざめさせる者、迷いを見せる者、なぜそんなことをいうのだろうと困惑する者の顔が見えます。
「なぜ、わたくしがこのようなことを言い出したか、不思議に思いますか?」
何人かが頷きます。
「わたくしは、わたくしの部下となるものに誠実でありたいのです。
嘘をついて死地に追いやりたくはないのです。笑って死んで欲しいのです」
「いい上官じゃねえか……」
誰かが呟きます。ふふん、嬉しいですわね。
「本当に良い上官は部下を死地に追いやらないかとも思いますけどね。
さて、みなさん。今から、一言。わたくしから、あなたたちがアイルランドに来たくなるようなことを一言だけお教えしますわ。
……傾注!」
全員が気を付けの姿勢を取ります。
わたくしは全員の顔をゆっくりと眺めてから言いました。
「アイルランドに来ると……モテるぞ」
大きくどよめきがおきます。
「アレクサンドラ様!」
一人が手を上げます。
「なんですの」
「俺たちぶっちゃけ薄汚い犯罪者なんですが!」
「薄汚いのはお風呂に入って髭を剃りなさい。レオナルド義兄様も今日ちゃんとお風呂に入ったからキレイですわよ。
犯罪者なのは、アイルランドに来てから犯罪を犯さなければ誰も気にしませんの」
「アレクサンドラ閣下!」
「閣下ではないですが、なんですの」
「なんでモテるなんて言いきれるんですか!」
「アイルランド成人の男女比を教えてさしあげましょう。20代で1:2、30代以上で1:3ですの。
あなたたちが死ぬその日まで、……めっちゃモテますのよ」
歓声が上がりました。
「「アレクサンドラ閣下!アイルランド万歳!」」
というわけで、騎兵50騎を従えてライブラに向かうことになりましたの。
わーい、軍備拡張ですのー。




