第43話 審議中
「え、クロさんどうするんですか?」
とナタリー。ふむ。
目をつぶり、内なる魔力に意識を向けます。クロとの魂絆が切れていないのを確認しますの。クロは連れて行かれてしまいましたが、まあ、そうそうピンチにはならないでしょう。魂絆が切れておりませんし、いざとなったらこちらから〈召喚〉で手元に呼び出すこともできますし。
「魂絆は切れておりませんし、ジャスミンたちが戻ってこなければ、週末にでも迎えに行けば良いでしょう」
クリスが驚いたように尋ねます。
「あら、ドライな意見ね。すぐに追いかけるのかと思ったわ」
「ジャスミンは今見たとおり、転移系の術式が使えるか魔術具を持っていますの。
逃げに回られると追い詰めるのは難しいですわ。でもクロを連れて行ったなら、魂絆のおかげである程度の方向は分かりますの」
と言って東を指します。
「今、こちらの方向にいて、さっと追いかけられるほど近くにはいないですかね」
「ライブラ?」
「そこまで飛べるほどの力があるのか、あるいはその途中に転移先となる拠点を用意したのかですわね。クロを連れて行ってくれたおかげで、追い詰めることが可能になりますのよ」
……さて。
振り返り、ダニエルの元に歩み寄ります。
「……!……っ!」
さきほど、喉仏を潰しましたので、声にならない悲鳴をあげておりますが、無視して襟元を掴み、みなさんの元へと引きずっていきます。
「みなさん、ありがとうございますの」
わたくしが頭を下げると、みなさん適当に手を振ったり頷いたりしてくれます。
「別に、たいしたことはしてないわ。で、なんでそれ持ってきたの。いらないわよ」
とクリス。
ダニエルを掲げます。
「いえ、どなたか知識系統で〈魔術探査〉とか得意な方、いらっしゃいませんか?
さきほど攻撃したときに〈解呪〉かけているんですが、なんの術式が掛けられていたか知りたいんですのよ」
みなさんが左右を見て、イーリーさんのもとで視線が止まります。
いつもはボサボサの髪の彼女も今日はきちんと髪を結い上げ、型は古めですが、品の良いハイネックのエンパイア・スタイルのドレスを着こなしています。
「イーリー、お願いできますか?」
彼女は頷いてくれましたの。わたくしはダニエルの砕いていなかったほうの手の骨を折ってから、イーリーさんにダニエルを渡しました。
イーリーさんは曖昧な笑みを浮かべて彼を受け取ります。
「後は……倒れている生徒たちの介抱をお願いしてよろしいですの?」
部屋には瘴気を吸い込んだか倒れている女生徒たちもおりますので。
「構わないけど……、アレクサは?」
クリスが首を傾げます。
「事情聴取ですの」
「うむ」
空間が裂け、そこからサイモン学長が姿をあらわしました。
「遅いですのね。もう終わってしまいましたの」
これ、責任問題になりかねませんのよ?
「申し訳ない、諸君。侵入を阻む結界が張られていてな。解除に手間取ったのだ。他の先生方も追って駆けつけるが……説明を頼めるか?」
なるほど?
「ルシウスが何らかの結界系の魔術具を持ち込んだか、ジャスミンがそういった魔術を使ったかですわね」
学長がボールルームを見渡し、倒れるキースのところで目を止めます。
「死者まで出てしまっているのか……!」
「ええ、わたくしが殺しました」
学長がぎょっと驚いたようにわたくしを見ます。
「堕落の短剣を使用し、魔族化しましたので。治せる可能性はないと判断し、殺しました」
「……そうか。詳しい状況の説明は」
「わたしが行いましょう」
オーガストですの。
ディーン寮生以外で気絶することなく、逃げずに残っていた生徒も僅かにおりましたが、彼も残っていましたのね。
「アレクサンドラ嬢、きみは当事者となるので、中立な立場であるわたしが説明したほうが良いだろう」
「アレクサンドラを嵌めるような証言をする気はないでしょうね?」
ドロシアですの。
「馬鹿な、彼女は我々の命の恩人だぞ……感謝する」
「いえいえ」
「ならいいですわ」
オーガストが学長に説明を始め、わたくしもそれを補足する形で話を行います。
「……分かった。後日正式に証言してもらう形になるかもしれんが、まずはアレクサンドラ、レディ・アイルランド。あなたにサウスフォード学長、サイモンより感謝を。生徒を護ってくれたこと、感謝する」
「当然のことをしたまでですの」
「ダニエルは生きているとのことだが」
ちらりとイーリーさんの方を見ます。
「ああ、アレクサ。〈魔術探査〉は終わったよ」
「何がかけられていましたか?」
「王家から持ち出された防御魔法が聴きたい訳じゃないんだろう?それもメモしておいたけど」
と言ってひらひらとメモが書かれたナプキンを振ります。わたくしは頷きました。
「〈愚鈍〉よ」
わたくしはため息をつきます。
「なるほど、〈魅了〉や〈隷属〉ではないのですね」
学長がイーリーさんに尋ねます。
「まて、彼らにその術式がかけられていたというのか!?」
イーリーさんは頷きます。
「自信があるわ。嘘をついているかどうかならわたしも証言台に立っていい」
わたくしは考えます。
「上位精神操作系術式を使わなかった理由は、学校や王家の一部施設や儀式の際に〈魅了〉などの禁呪を〈解呪〉したり検知することがあるからですかね。そういう意味では〈愚鈍〉を使ったのは上手いというべきですの」
たいていの上位精神操作系術式は禁呪に指定されてますし、対策が練られてますからね。
「誰が何のために使ったというのだ!」
「ジャスミンが、ルシウスを堕とすためですの。彼女は……魔族でしょう」
学長先生はふらつくと、手近な椅子にどさりと腰掛けました。
「王家の防御魔法の付与された魔術具も持ち出されていたのだろう?あれは精神系魔術は弾くし、〈愚鈍〉は下級の精神操作系魔術、対象の同意が得られなければかけられぬはずだ」
「そりゃねえ、脱いでたからに決まってるわよねえ」
クリスが答えますの。
「裸の付き合いというやつですわね」
「あら、アレクサからそういう言葉が出るとは思わなかったわ」
わたくしは頷きます。
「ええ、一緒にお風呂にでも入ったのでしょう」
「……はい!審議入ります!」
クリスがディーン寮のみなさんと円陣を組みましたの。ダニエルがその中から蹴り出され、声にならない悲鳴をあげます。なにしてますのー。
「はい、今の言葉どう思う?」「アレクサがカマトトぶってると思う人挙手」「……0名」「さすがアレクサ」「っていうか、なんであの子こんなに性的知識ないの?」「お姉さまは天使ですから!」「ナタリーは黙ってなさい」「ポートラッシュってそうなのかしら?」「うーん、あ、サリア!」「はっ、はい!」「あなたポートラッシュ出身よね、あなたたち、性教育の授業とかなかったの?」「あ、ありますよ!放課後に男子と女子に分かれて……あっ!」「なになに、どうした?」「アレクサ先輩、その授業受けてないんだと思います」「何でよ?」「先輩、小学校高学年の頃から、放課後は軍隊の教練に参加されてたので」「うわ、さすが非常識……」「それにアレクサ先輩のお母さま、先輩が6歳の時に亡くなってるので」「あぁ、大氾濫ね……」「誰か、アレクサに性教育してあげなさいよ」「はいっ!ぜひわたしがアレクサお姉さまに!」「ちょっとナタリー、ドレスなんだから絶対鼻血飛ばさないでよ」「モイラさんとかえっちな本いっぱい持ってましたよね」「はぁ?なんで知ってるのよ!」「だってベッドの下に隠してあるんですもの、すぐ見つけちゃいますよ」「男子か」「ダメ、でもダメよ」「なんでですか」「だって、男×男のしか持ってないもの」
円陣が解かれました。
「そうね、きっとお風呂に入ってたのよね!」
「え、ええ」
クリスの言葉に答え、わたくしは首を傾げます。
「でも、なぜ〈愚鈍〉に同意したのでしょう?」
「そんなの、わたしのために愚かになってーとか」
クリスが答え、モイラさんが続けます。
「愚かな奴隷となってとか、愚かに腰を振りなさいとか、そんな感じでさくっと受け入れちゃうんだよ、男はバカだからね」
何人かが頷かれます。まあ、これに関してはダニエルがそのうち尋問されるでしょう。
まあ、その後も先生方と話し合いがあり、解散となりました。
明日はおそらく授業がなくなるとのことで、正式に証言、その後で彼らを追うのに同行するという流れになりそうですの。まあ、わたくしが彼らの居場所を分かる以上そうなりますわね。
夜遅く、部屋にもどりました。
勲章を外し、服を脱ぎ、ハンガーに白の軍服をかけていきます。
髪の毛からピンを抜いていくと後頭部のシニョンが、三つ編みがするすると自動的にほどけていきます。
ぽろりと涙がこぼれました。
「ん?ああ。そうですわね」
わたくし、振られてしまったことになるんですわよね。
寮は寮長、寮母以外カギをかけられないので、他の生徒が部屋に入ることが可能です。
モイラ(5年生)の同期などは彼女の部屋でこっそりえっちな本を読んでいたりします。




