第42話 婚約破棄・下
わたくしを捕まえるんじゃなかったんですの?
白の軍服、わたくしの魔術礼装に魔力を流します。
かつてポートラッシュで試作していた、わたくしが着ても破れない礼装が完成したのだとしたら。クロの話では竜鱗まで礼装に使用しているようですが、だとしたらこの服の強度はかなりのもののはず。
キースがサーベルでわたくしに袈裟懸けに斬りかかり……、
「〈氷の槍〉」
ダニエルの杖から1m以上の長さの氷でできた槍がわたくしに向かって飛んできますの。
ふむ、射線も計算され、着弾のタイミングはサーベルと同時、防御し辛いタイミングですが……。
サーベルを左手の人差し指で、〈氷の槍〉を右手の人差し指と中指で挟んで止めました。
「……なっ!」
何を驚いているのでしょうか、この馬鹿どもは……馬鹿ども?何か頭をよぎったような気がしますの。
しかし思考はそこで中断されます、彼らの攻撃が続くために。斬撃に刺突、〈石弾〉に〈火球〉……。それを指だけで捌いていきますの。
わたくしは攻撃を捌きながらちらりと白い手袋を見ました。……いいですわね。この程度では全く傷がつかない程度には強度が高いですの。
「ダニエル!補助を!」
「……〈筋力強化〉」
キースが補助魔法をかけることをダニエルに要求し、術式と共に、キースの身体が一回り大きくなったように見えます。
「つぁぁっ!」
気合のこもった掛け声と共に上段から脳天に向かってサーベルが振り下ろされます。
(……めー)
ポンパドールの上で揺れていたアホ毛がひょいっと伸びてサーベルの側面を叩きました。……えー。
キースが勢いをそらされて大きくバランスを崩し、転倒しますの。
ダニエルが呪文を詠唱しています。詠唱内容からして〈爆裂火球〉?
「ダニエル、ここでその術式は許可できぬ。発動するなら死を覚悟せよ」
ダニエルの瞳がわたくしとルシウスの間で揺れ動きます。
「構わん、やれ!」
「〈爆裂火球〉!」
ダニエルの杖の先端が赤熱して輝き、火炎を圧縮した小さな火が放たれます。何かに接触すると激しく爆発、炎上し、ホール全体に燃え広がるでしょう。特にわたくしやナタリーたちを中心に。
「クロ!」
『承知。〈水霊波〉』
わたくしの背後から水の鞭のような、触手のようなものが伸びていき、火球を押し包んで両者とも消滅しました。
……あんな簡単に単詠唱、小魔力で〈爆裂火球〉を消せますの?意味が分かりませんわ。
「あのおぞましい生き物を連れてきているのか!」
「また我が使い魔をそう呼んだな?次にそう呼んだらたとえ王子とて貴様を殺すぞ、ルシウス。
どちらにせよ、この程度でわたしを倒すのは無理だ、諦めよ」
「ぐっ……」
ルシウスの声にジャスミンが不安そうな瞳でルシウスを見上げます。
ルシウスはジャスミンに向かって頷くと、気を取り直して叫びました。
「キース!ダニエル!あれを使え!」
彼らが懐から禍々しい黒い短剣を取り出します。魔術袋か何かに収納していましたわね?気配を感じませんでしたもの。というか!
「貴様ら、わたしの前でそれを使うということの意味が分かっているのか!」
堕落の短剣!そりゃライブラには保管されているでしょうけど!
「Go Ahead!」
彼我の距離を刹那で零とし、ダニエルの首に指を突き出します。
首を掴もうとした手が彼の20cmほど前で停止しました。
「は、ははは。防御魔法を幾重にもかけた王家の守護の護符だ!力押しで抜けると思うな!」
ばちばちと指が魔力障壁に弾かれます。
「決闘士ヴィンスの〈突き〉を知っているか?」
彼は右手の中指に接触型の〈解呪〉術式をかけて抜き手を放つというオリジナルの格闘技でA級決闘士に上り詰めた人物ですの。まあ、わたくしも真似して練習しましたのよ?
「林檎砕き」
右手に〈解呪〉をかけて喉仏に抜き手を放ちます。ガラスを割るような音が連続して響き、ダニエルの咽頭を抉りました。軟骨が割れる感触。悲鳴も上げられず崩れ落ちるダニエル。
左手の裏拳で短剣を持つダニエルの手首を砕き、短剣を奪い取って地面に深く突き刺しますの。
しかしその間に、キースは堕落の短剣を自身の胸に突き刺しました。
「ちっ」
思わず舌打ちがこぼれます。
悍ましい瘴気、変異する肉体。キースの身体、服の内側から黒いタール状のものが溢れ、彼の身体を覆っていきます。
「魔族!?」
生徒たちから悲鳴が上がります。
ホールの出口に向け殺到する生徒、瘴気を吸い込んだか気を失う女生徒……。
「第一!物質射撃系用意、撃てっ!」
クリス?
無数の〈石弾〉や〈氷槍〉、それにクロが呼んだのであろう波がキースだったものに襲い掛かりますの。
キースも守護の護符は保持しているのでしょう、ダメージはなさそうです。でも物理的な衝撃で彼を押し流して距離を稼ぎました。上手いですの!
「第二!反魔術系統!重ねなさいよ!」
イーリー先輩!
防御魔法の割れる音が再び幾重にも重なりました。
わたくしのいた方を見ます。出口に殺到する生徒たち、そして動かずこちらに杖を構えているディーン寮のみなさん。
「……杖を持ち込みましたの?」
クリスが杖を構えつつ答えます。
「アレクサがクロを持ち込むことをサリアに頼んでたでしょう。わたしたちも裏方の子たちに杖を預けてたのよ」
テーブルクロスをひっくり返して机の中から杖を配る下級生の子たち。
ドロシアが彼女たちから杖を受け取って叫びます。
「第三!弱体と拘束!用意でき次第撃て!」
光の環が幾重にもキースを縛り、弱体化系の術式により動きが鈍っていきます。
「そりゃ、戦闘になるかもと警戒するわよねぇ」
「はいっ!お手伝いさせて下さい!」
とクリスにナタリー。
「ほら、とっととけりをつけなさいよ。わたしが攻撃したんじゃホールが燃え尽きちゃうわよ」
ドロシアの言葉に頷き、キースに向かいますの。
「魔族化したところで、女生徒たちの覚悟にすら勝てぬ哀れな騎士よ」
全身を漆黒の闇に覆われた騎士の姿となったキースの前に立ちます。闇の兜の奥の瞳に映るのは恐怖か後悔か。
「さらば」
回し蹴りで膝を砕き、倒れ込むキースの心臓に拳を打ち込みます。
本来であれば頑丈であろう闇の鎧も、弱体化の術式で防御力を下げられていたのでしょう。さしたる抵抗を感じることもなく貫通し、彼の心臓ごと短剣を粉砕しました。
キースの身体から闇色の部分が消えていき、今度は肌色が血で紅く染まっていきます。
右手を振り、血を振り落としますの。
「さて、次はルシウス、あなたたちだ。そしてジャスミン、あなたの正体についても確信を持ったぞ」
ちっと女性の舌打ちの音が聞こえます。
「ルシウス、ここは引きましょう」
「だがっ、部下を」
「御身さえ無事なら捲土重来は図れます、ここは冷静に」
ジャスミンの足元から六芒星の描かれた魔法円、転移系統術式!
「逃がしませんの!〈物質招来〉!ていっ!」
クロを手元に転移させ、そのまま投擲します。
投擲されたクロは真っ直ぐジャスミンに向かって飛んでいき、ジャスミンの防御魔法が反応するもそれを解除し、……ジャスミンのたわわな半球の間に勢いよく挟まりました。
……えーと。
肌色の半球と半球の谷間で黒い棒がうねっています。
ほらー、ドレスの上を広くあけていますからー。と誰にともなく言い訳が浮かび、彼らの姿がこの場から消失しました。
「く……クロが攫われましたの!」
「いや、何言ってんのよ」
クリスに突っ込まれますの。あれ?




