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なまこ×どりる  作者: ただのぎょー
第3章 119年2月~婚約破棄
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第41話 婚約破棄・上

 わたくしから声をかけます。ジャスミンは白のローブ・デ・コルテですがそれにしてもちょっと谷間を強調し過ぎではないでしょうかね。半球の上半分がほぼ露出しているような状態ですのよ。



 彼女の表情には僅かな驚きが、ルシウスの表情には最初は困惑が、そして怒りでしょうか。顔に朱が差します。



「アレクサンドラ!そのような格好でどういうつもりだ!」


「どういうつもりとは随分な言い草ですな。婚約者である殿下に招待もいただけなかった哀れな身の上ですので。婚約者のある身でありながら、別の男性に侍ってこの場に赴く訳にも行きますまい」



 ナタリーにお辞儀をするよう促します。



「彼女に協力してもらい、この場に立っているのですよ」



 ホールは静まり返りました。みながわたくしたちの動向に注目しています。



「さて、ルシウス殿下。わたしは一月前、あなたにこう告げました。ジャスミンから手を引くか、彼女を妾とするか、婚約を破棄するか。その結論を恋人たちの日までに出すようにと。わたしはその結論を伺っておりません」



 ルシウスと腕を絡めるジャスミンにちらりと目をやり、再びルシウスの目を見据えます。



「まあ、結論はわかっているようなものですが、それでもお聞かせ願いたい。

 ルシウス、貴方の結論や如何に」



 ルシウスはじっとわたしの目を見据えると、右の人差し指をわたくしに突き付けて宣言なさいました。



「アレクサンドラ・フラウ・ポートラッシュ!わたしは、ここに、お前との婚約の破棄を宣言する!」



 ……息を吸い、深く吐きます。ナタリーの腕に思わずといった様子で力がこもり、絡められた左腕がきゅっと締まりました。わたくしはそっとナタリーの腕を外し、一歩前へ出て、胸に手を当てて礼をします。



「承りました、ルシウス殿下」



 どよめきが起こります。



「アレクサンドラ、お前は階段からジャスミンを突き落とした」


「まあ、概ね相違ありません」


「そのような行為をする女は我が妻にふさわしくない!」


「なるほど」


「それに、事あるごとにジャスミンにいじめを繰り返しているようだな」



 そこからはまあでっちあげをぺらぺらと。わたくしがノートを破いて、テキストにインク壺をひっくり返して、嫌味をちくちく言って、暴漢に襲わせようとして、制服を破いて、足ひっかけて転ばせて、それを見て高笑いするらしいですのよ。

 わたくしは手を挙げて、ルシウスの独演会を止めます。



「ジャスミン、あなたのテキストがインクで汚されたのは真実か?」


「ええ」



 ジャスミンが肯定します。



「それをルシウスは見たか?」



 ジャスミンが再度頷きます。



「ではそれがわたしのせいだとルシウスに伝えたか?」


「……いえ」



 ジャスミンは否定し、ルシウスにさらに身を寄せますの。ルシウスの方を見ます。



「そんなもの、アレクサンドラ、お前に決まっている!」


「諸君、聞いたかね」



 わたくしは一同を見渡し、声をあげます。



「テキストをインクで汚し、ぷるぷる震えるとわたしのせいになるらしいぞ」



 くすくすと笑い声が起きます。



「そのような妄想に興味はありません」


「なんだと!」



 ルシウスは怒り顔、ジャスミンは……表情が読めませんね。納得しているというか落ち着いた表情ですの。



「この場にいる諸兄に問おう。正義はルシウス殿下にあるや?我にあるや?」


「アレクサにあるに決まってますの!」



 ナタリーが声をあげます。何名かが僅かに頷いた気配。

 ルシウス側の壁際に立っていたドロシアが、隣りにいた男性の手をはねのけてこちらにやってきます。



「アレクサンドラ、貴女にあるわ」



 どよめきが起こります。キャベンディッシュ家はガチガチのイングランド貴族ですからね。こちらにつくとディーン寮以外のみなさんは思っていなかったのでしょう。



「待ちたまえ、レディ・アイルランド。貴女はここを法廷とでもする気か?」



 ドロシアが手を取っていた令息、5年のグラフトン公爵家の長男であり、現ユーストン伯爵であるオーガスト・フィッツロイ様が問いかけます。



「ユーストン卿、アレクサンドラとお呼びください、男の姿が見苦しければアレックスでも構いませんよ」



 ドロシアの婚約者ですわね。話すのは初めてになりますか。

 わたしは礼を取り、答えます。



「ではアレクサンドラと。わたしのこともオーガストで良い」


「ではオーガスト、別にどちらが正しいと思う?と聞いているだけですよ。我が問いかけに、政治的・司法的な意図はありません」



 周囲の生徒たちの表情に安堵が浮かびます。



「ただ、……そちらに立つ者の顔は、終生我が脳裏に刻まれるでしょう」



 みなの顔が引きつり、公爵令息の顔が朱に染まります。



「ばかな!世界はそんな単純に敵と味方の2つに分かれはしない!」



 ゆっくりと頷きます。



「ええ、そうですね。世界は4つ。敵・味方・庇護下・無関係です」


「お、お前は世界をそんなに単純化し、しかもこの1度で決めようというのか!人の心は移るのだぞ」


「肯定しましょう。6年前まで、我が世界はその程度に単純であった。だが、この地で人の心は移ると学んだ」


「ならっ!」



 ナタリーの腰を抱き、引き寄せます。



「彼女は常に我が味方であり、庇護下にもあった」



 逆の手でドロシアの手を取ります。



「彼女はつい半月ほど前に、我が味方だと確信できた」



 ルシウスの方を見つめます。



「彼は、我が味方と思っていたが、今や明確な敵となった」


「不敬なっ!」



 声が上がります。



「人の心は単純ではない、地位も礼儀も社交も複雑だ。ここイングランドにおいては」


「それが分かるならこんな愚かな真似をやめよ!」



 わたくしは、ナタリーとドロシアをわたくしの後ろに行くよう誘いました。



「愚かはあなただ、オーガスト。イングランドの価値観でアイルランドを語ってもらっては困る。

 わたしは卒業と共にイングランドを去り、遠くない未来、アイルランド辺境伯の地位を継ぐのだ。無数の茶会と夜会で関係を深める時間、そんなものは我等の住む辺境にはないのだよ。

 さあ、あなたは4者のどこに入る?」



 わたくしが彼の灰色の瞳をのぞき込むと、彼は苦悩と共に、吐き捨てました。



「わたしは王国の亀裂を望まぬ」



 わたくしはにやりと笑って見せます。



「では中立を気取って、壁際にでも立つと良い」



 わたくしがわたくしの後ろでも前でもなく、横を指さすと、オーガストはじめ、多くの貴族たちがそちらへと向かいます。

 ……わたくしの背後にはディーン寮の女生徒を中心とした生徒たちが。壁際には大半の生徒たちが固まり、ルシウスの背後には僅かばかりの集団が。

 もともと、第二王子派はもっと多かったはずですが、求心力がなくなっているのかしら?



「ルシウス、これを見てどうか考えてください。あなたの言葉に正当性があるか否か。

 それに、わたしがジャスミンを突き落としたりノートを汚していたり……そんなことしていようがいまいがどうでも良いのです」



ルシウスは激高します。



「我が最愛の人への嫌がらせをどうでも良いとはなんだ!」



 そこでジャスミンを最愛の人とか言っちゃうのが問題なのですわよね。



「わたしがそのような卑劣な行為をしていようが、わたしが醜かろうが、わたしが悪女であろうが、……アイルランド辺境伯の地位を継ぐものとしての評価に何の影響も与えはしない。

 そもそも、あなたがわたしを妻として相応しいかどうかと見定める権利などないのです」


「うるさい!キース、ダニエル!この女を取り押さえろ!不敬罪だ、牢獄に放り込んでやる!」



 悲鳴が上がります。



 殿下の傍に控えていたキースがサーベルを抜き放ち、ダニエル……そう魔法師団副団長の息子ですわ。彼が杖を突き付けてきます。

 以前お会いした時、あのオープンテラスでルシウス殿下は彼らがこちらに攻撃しようとした時、それを止めるだけの自制心があった。だがしかし今は向こうから攻撃を仕掛けようとしている。何故?



「ルシウス殿下、正気ですか?」



 ルシウスは答えません。

 キースがこちらに近づいてきます。



「貴殿たちはわたしが伊達や酔狂で勲章をぶら下げているとお思いか?

 戦場にも出たことのない兵のたかが二人で、わたしを殺れるとでも?竜殺しの勲章は、魔族殺しの勲章は、貴殿たち程度でどうにかなるものと思っているのだな?」


「うるさい!斬り捨てよ!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ついにルシウスも堕ちるところまで堕ちたなという具合ですが、アレクサの勇ましさ! 大立ち回りになるか?!
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