第38話 いぶ・らぷそでぃー・下
「……できましたわ」
手のひらサイズの箱の中、敷き詰められた青と黄色の花。その中央にはかつて義兄様が大好きだったチョコ、オランジェット。
飾りつけのセンスがないと言われるわたくしにしては綺麗にできたのではないでしょうか。
後頭部で髪を束ねていた紐をほどき、いつも通り巻き髪を前へと垂らします。
『完成ですか?』
クロの声が頭に響きます。
「そうですわね、あとは……」
箱とセットであったハート形のカードを手にします。
冬至祭のプレゼントにいただいたグリフィンの羽根ペンと虹色インクを取り出して……。
「やはり赤ですかね」
虹色インクに魔力を通して赤くします。恋のまじないと言えば赤ですわよね。
思いのままにカードにペンを走らせます。
親愛なるレオナルド
――Dear Leonard
恋人になっていただけますか?
――Will you be my Valentine?
愛をこめて、アレクサ
――With love, Alexa
書き上げたわたくしの顔が赤くなっていくのが分かりますの。
「こんなの出せる訳ないですのー!」
思わず手が震え、羽根ペンを全力で投げだします。つい魔力のこもったグリフィンのペンが矢のように柱に刺さりました。
「ひぇっ」
……ひぇっ?
「そこに隠れているの、出てきますの!」
わたくしが声をあげると、隠匿系の魔術を解除したのか、クリスの姿が虚空から出現し、その後ろからナタリーと、モイラさんと、サリアと、イーリーさんと……って何人いますの!
「クリス、遺言はありますの?」
わたくしは手の骨を鳴らします。
「ちょっと段階を飛ばさないでアレクサ。言い分があります」
「それが遺言とならないと良いですわね」
クリスが一歩後ろに下がろうとしますが、人がたくさんいて阻まれていますの。
「えっとですね、夜中に庭で結構な魔術使ってたり、ひとけのないキッチンから甘い匂いと魔力が漏れてたりしたら気になるのは仕方ないと思います!」
むぅ……、わたくしは拳を下ろします。
クリスが胸をなで下ろしました。
「やだ、アレクサ情熱的!」
なんですと?
わたくしの書いたカードが宙に浮いていますの。隠匿系の術式を解除せずにスーザンが忍び寄って、カードを奪い、のぞき込んでいましたの。
キッチンの入り口にいたみなさんがキッチンになだれ込んできて、わたくしの書いたカードとチョコの箱をひったくるように奪い合い、きゃあきゃあ騒ぎますの。ああ、寮母のミーアさんまで参加していますの……。
「プレゼントのために勿忘草開花させたの?」「え、全力で好きじゃんそんなの」「さすがアレクサ非常識」「Be my Valentineとかストレートで刺さるわー」「赤文字とかアレクサ可愛いとこあるよね」「アレクサかわいい」「お姉さま素敵」「アレクサはかわいいにゃー」「勿忘草の花言葉、真実の愛もあるわよね」「おー」
「はぁ……」
ため息が漏れます。
『みなさん、アレクサのこと大好きなのですよ』
クロからの思念です。
『……そういう問題でもない気もしますが』
クリスがわたくしの手を握ります。
「ねえアレクサ!」
「なんですの?」
「これ、どうするの?学校の人じゃないよね。領地の人?」
「んー、まあそうですわね。どうすると言っても贈れるものではないですし、わたくしがこっそり食べようかと思っていましたわ」
「「「「ぶーー!(Booooooo!)」」」」
みなさんから非難の声があがります。
「勿体ないよ!」
「じゃあどうしますの?」
みなさんが考え始めます。
「アレクサ、あなたのばかみたいな魔力で何とかしなさい。あなた空間系魔術も使えるんでしょう?」
イーリーさんがわたくしの出しっぱなしにしていた魔術書を指さします。
「ばかみたいとは失礼ですの。ただ、それでも届きませんわ。にい……レオのいるところまで100km以上ありますもの」
クリスが右手でわたくしの左手を取ります。クリスは左手でイーリーさんの右手を握りました。
「わたしたちの魔力さ、アレクサには遠く及ばないけど。足せばアレクサ分くらいにはなるわよ?」
クリスの右手から魔力が流れてきます。イーリーさんは隣にいたミーアさんの手を握っています。
「お姉さま!私の魔力も使ってください!」
ナタリーがわたくしの右手を取ります。逆の手にはサリアの手をつかんで。
みなさんの魔力がわたくしに流れ込んできます。
ちょっと、簡易の儀式魔術じゃないですの!こんなの制御しきれませんわよ!
「魔力が暴走しますのよー!」
『〔神域展開〕』
クロの入った金魚鉢を中心に、キッチン全体の空気が変わっていきます。え、神域?
「ちょっとクロ?」
『祈りを聞くのも神の仕事でしょう』
空気が浄化され、周囲の魔素がわたくしの意のままに動くようになります。
『ちょっとした奇蹟をおこすのもね』
手をつないで作られた円環、つまり人による魔法円から魔力が完璧な制御で私とチョコレートに流れ、わたくしの口が自然と、
「〈物質転移〉」
術式の発動ワードを唱えました。
渦巻く魔力が吸い込まれるように凝縮し、……魔力の経路が東に向かって走り、机の上のチョコレートが消失しました。
一瞬の沈黙、そして誰ともなく歓声が上がります。
わたくしもクリスとナタリーに抱きつかれながら笑っていました。
……その後?ああ、寮長のミセス・ロビンソンに全員でとっても怒られましたわ。
そりゃあ、消灯時間全員で破って、無断で儀式魔術行使ですもの、当たり前ですの。
でもね、ミセスはこの寮内で何が起きてるのか全てを存じているかた。
終わるまで、見逃してくれたんですのよね。ふふ。
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わたしは、王都の一角、夜闇の中、燭台のか細い灯りを手に石造りの廊下を進む。窓には鉄格子、突き当たりの金属が芯に仕込まれた重い木製の扉を抜けて室内へ。
部屋の奥、ベッドに向かって敬礼する。
「レオナルド団長、副長イアンより報告いたします。第六騎士団全員点呼完了いたしました」
いつも通り返事は無い。戦いでも訓練でも無いとき、彼は常に眠りについている。一切の娯楽を、社会性を喪っているかのように。
書類仕事もしないので、副官のわたしが全て代行しているのだが。この報告とて、騎士団の義務として行われているのであって、何の意味もなしていない。
ふと、彼の眠るベッドの上に目が留まる。
「……小箱?」
リボンで飾られた箱が、団長の眠る布団の上にちょこんと乗っていた。
「恋人達の日の贈り物……か?」
普通に考えれば、メイドの誰かが置いていったのだろうが、……いやありえんだろう!
この夜中にこんなとこまで忍び込んで、寝ている団長の上に小箱を置く?寝ている竜の巣に忍び込んで、宝を取るようなものだな!
リボンをほどき、慎重に箱を開ける。箱の中には青と黄色の花が敷き詰められ、中央には棒状の黒いチョコレート。
チョコレートと花の甘い香りが混じり合って鼻腔を擽る。
それとハート型の手紙が……。
そう思った刹那、わたしの腕が巨大な手に掴まれる。万力で挟まれたかのように、指1本動かす事ができない。
「ぐっ……」
布団から突き出たもう1本の腕がいつになく繊細な動きでわたしの手から小箱を摘まみ獲る。
「お、おはようございます団長」
爛々と輝く真紅の瞳がこちらを見上げていた。




