第36話 おニューのようふく
保健室で目を覚ました後、体調を取り戻してから寮に戻りました。服は寝間着をお借りしています。まだ明るいのに学校を寝間着で歩いているのも変な気分ですの。
先輩方から「今日もやらかしたって?」と言われるのは仕方ありませんが、後輩たちから「あの火柱と閃光、ドロシア先輩とアレクサ先輩なんですか、すごーい」とキラキラした瞳で見つめられるのがいたたまれませんの。ドロシアと二人で天を仰いでしまいましたわ。
料理中のミーアさんがひょいと顔を出します。
「あ、アレクサお帰りにゃ。部屋の中にトランク運び込んでおいたにゃ」
「……トランク?」
わたくしは首を傾げます。
「ほら、謹慎の直前に、お父さんから荷物預かったにゃ」
「あー、ありましたわね!」
色々あって忘れていましたのよ。
「〈封印〉はかかってたけど、生ものあるとまずいので、ミセスがその上から〈保存〉の術式かけてくれてるにゃ。お菓子とかあっても腐ってはいないはずにゃ」
「ありがとうございます。ミセスにもそうお伝えください」
わたくしが頭を下げると、ミーアさんは気さくに手と尻尾を振って調理に戻られました。
さて、部屋に入ると、確かに部屋の真ん中に古びた大きなトランクがありますの。
ドラゴンで空を飛んでいるときに落ちないよう、厳重に紐で梱包され、魔法でも〈封印〉されたトランク。
わたくしは鼻歌を歌いながら、梱包を解いていきます。
『楽しそうですね』
クロの思念です。
「ふふふ、プレゼントみたいでわくわくしてしまいますの」
梱包を解き終えて、トランクに手を当て、〈封印〉に予め登録されていたわたくしの魔力を流します。
――ガチャリ。
『む、中からかなりの魔力が』
「ですわね……ああこれは、大丈夫、安全ですのよ」
中からじゃらじゃらと赤黒い破片がたくさん……。
「竜鱗ですの」
『鱗ですか。ああ、これはザナッド君の魔力を感じますね』
クロが〈念動〉で何枚かの鱗を宙に浮かせます。よく見るといろいろな色や、魔力を感じますわね。この色が明るいのはヨーギーのかしら。
「けっこう……たくさん入っていますのね。ん、手紙が」
ふむふむ、火竜の鱗だと。本当はドレスを仕立ててやりたかったが、アイルランドでは仕立てられないので竜鱗を換金して仕立てて貰え、他のことで必要なら、そちらに回しても構わない。なるほど、ありがたいですわね。
あと、礼装の新調が完成したので送る、サイズ調整の付与はなされていると。それは嬉しいですの……この袋ですかね。
ガサガサと袋を開けます。ん、2セットありますわね。おお、白と迷彩柄ですの。
『新しい服ですか』
「そうですわね、戦うときや儀礼の時に着ますのよ」
『その竜鱗と同じ魔力を感じますね』
ふむ?ああ、服に織り込んでいますのね。布自体も魔物素材でしょうに、さらに丈夫にしていますか。ふふー、いいですわね。
「せっかくだからちょっと着てみましょうか」
わたくしは白の方を畳んで仕舞うと、ベッドの上に迷彩柄の方を並べていきます。
寝間着を脱いで……。
――コココン。ガチャリ。
「アレクサお姉さま……はうっ!」
ナタリーですの。なぜこの子はわたくしが返事をする前に入ってくるのかしら。
こうして着替えているときもあるというのに。
「ナタリー、慌ててなんですの」
「い、いえ。お着換えしてるかな、ではなく何かお手伝いできることがないかと思って!」
……ふむ。
「まあ元気になりましたし、特に問題はありませんわ」
「分かりました。……お姉さま、新しい洋服ですか!」
ナタリーがわたくしのベッドに並べられた服を見て言います。
「わたくしの魔術礼装、というかポートラッシュ領軍の女性士官服だけど、それが届いたのよ」
「着るんですか!見ててもいいですか!」
ぐいぐい来ますのね。わたくしはゆるく頷きます。
さて、迷彩柄の野戦用軍服?野戦用魔術礼装?ですの。
オリーブ色のタンクトップ、オリーブとカーキ色の迷彩の上下、下はズボンですわね。それと軍用ブーツにベルト、コンバットナイフ、ベレー帽ですわね。
……帽子を被ります。
アホ毛がひょいと立ってベレー帽を叩き落としました。
「…………」
(……ぼうし、や)
「……お姉さま。いま御髪が……」
ため息が出ます。
「髪の毛が反抗的ですのよ」
「あ、はい」
帽子はあきらめて服を着ます。タンクトップから順に着込んで……。お、ボタンは竜の角を削ったものですわ。ザナッドの右の角が欠けてたし、それを利用したのかしら。
「ぶかぶかですね」
ナタリーが鼻を押さえながら話しかけてきます。
「わたくしまだ成長期ですしね。サイズの調節機能がついてるみたいですの」
よくある付与術式ですが結構お高いものですのに、奮発しましたわね。というか、服の耐久度上昇を中心に結構色々な術式組みこんでありますの。ふふふー。
ブーツを履きます。前のブーツは3年前に全力戦闘したら一発で破損しましたからね。今回のはかなり気合入ったつくりですわね。
そして手紙に書かれていたキーワードを唱えると、わたくしにぴたりとサイズが合いました。
これで腰にコンバットナイフを装着してと。
「完成ですの」
「凛々しい!素敵です!」
ナタリーが拍手します。
「ふふ。ええと、鏡……」
『〈水鏡〉』
クロが2mくらいある大きな鏡を作ってくれます。おお。
鏡の中には軍服をきっちり着込んだわたくしがいます。まあ、帽子……。今のわたくしの頭髪の強度はそこらの兜より高いですしいいですかね。
「ありがとうございますの、クロ」
〈水鏡〉が消えます。
「アレクサお姉さま、わたしを軍隊式に罵倒してもらえませんか?」
……突然何を言っているのでしょうか、この子は。
胡乱なものを見る目でナタリーを見ます。
「何か新しい扉が開けそうなんです!」
「その扉は開く必要があるのかしら」
「はい、お姉さま!」
はぁ、とわたくしはため息をつき、息を吸います。
「アレクサお姉さまではない、上官にはマムと呼べ。復唱!イエスマム!」
「イエスマム!」
『イエスマム』
(……いえすまむ)
「声が小さい!」
「イエスマム!!」
『イエスマム!』
(いえすまむ)
「良し、気を付け!」
ナタリーが直立不動の体勢を取ります。クロがぴたりと動きを止めて、わたくしのアホ毛もぴんと立ちましたの。
「それが貴様の気を付けか!」
「イエスマム!」
「そんななよなよした気を付けがあるか!」
「申し訳ありません、マム!」
「わたくしが気を付けと言ったら、下の口がバシっと音を立てるまで締めるんだ!気を付け!」
ナタリーが再度、直立不動の体勢を取ります。わたしはナタリーの周囲をゆっくりと1周半しました。ナタリーの背後を取り、尻をはたきます。
「尻の穴にも力を入れろ!」
「イエスマム!」
「杭でぶち抜かれそうになっても、止めるくらいの気概を込めろ!気を付け!」
ナタリーが三度、直立不動の姿勢をとります。わたくしはナタリーの周りをさらに半周して正面に立ちます。
「よし、いい気を付けだ。これで貴様は蛆虫から、気を付けのできる蛆虫まで進化したぞ」
「ありがとうございます、マム!」
「では、ナタリー新兵。夕食の時間だ。食堂まで駆け足!」
「イエスマム!」
ナタリーは走って廊下に飛び出しました。
……とまあ、こんな感じで特に大きな事件はなく、日々は過ぎて行きましたわ。
魔術決闘訓練は、わたくしとドロシアの戦いの後、結局その日にほかの人の決闘はできなかったそうですの。ええ、結界を壊してしまいましたので。
どちらにせよ、翌週は座学の予定だったので、その日は青空教室で授業を行ったとのこと。翌週に残りの試合は回され、わたくしとドロシアは見学でしたわ。みなさんにご迷惑をおかけしてしまいましたの。
ルシウスとジャスミンたちの様子は相変わらず。わたくしはライブラに住む王や王妃にお手紙を何度かお出ししましたが、お返事はありませんの。……どこかで握り潰されて届いていない気がいたしますね。
制服は新調しましたが、結局ドレスは買いませんでしたわ。本当なら恋人たちの日のためにドレスでも買うべきなのかもしれませんが、そもそもわたくしが謹慎していたのもあって、仕立てるには日数も不足してしまいましたしね。
さて、そんな訳で暦は1月から2月へと移り、いよいよ恋人たちの日が近づいてきましたの。




