第35話 ないとめあ
ξ゜⊿゜)ξ <第3章プロローグですの!
最近はレビューを頂き、ファンアートも頂き、PVやブクマ、評価も頂き……。
感謝御礼です。この話が書き続けられているのはひとえに読者の皆様の応援あってのことなので、日々感謝の気持ちでいっぱいです。
今後ともよろしくお願いいたします!
ξ゜⊿゜)ξ <よろしくお願いいたしますの!
少女が庭を駆けていく。草花の咲き乱れる美しき庭を。幼き少女の手には花の冠、向かう先には四阿。そこに置かれた瀟洒な白いベンチに腰掛け、微笑む母の元へ。
――ああ。
「かーさま!かーさま!」
走って声を上げ、息を切らして。
――また。
「かーさま、お花のかんむりつくったの!」
子供は母の膝にとびつき、抱きしめた。母は読んでいた革張りの魔術書を、木漏れ日が斑に陰をつくる机の上に置くと、少女を膝の上に抱き上げた。
「すごいわね、アリー。みせてごらん?」
――この夢ですの。
「あのね、レオにーさまとね、お花でかんむりつくったのよ!はい!」
母の長く伸ばした金髪に、白と緑の冠を乗せる少女。
「まあ、素敵ね、ありがとう!」
微笑み、少女の頭を撫で、頬摺りする母、そして少女の後ろに控える少年。
「レオもありがとう、アリーを手伝ってくれて」
レオと呼ばれた少年は、優しく微笑み頷く。
少年は少女よりはずっと大きく、10代前半程度の外見、だがその腰には剣をつるし、従騎士の折り目正しい服装に物腰。きれいに梳られた金髪に翠の輝石のような瞳。
“翠の従騎士”レオナルドと言えば、アイルランドで知らぬ女はいないと言われる紅顔の美少年であり、将来を理想の騎士になるだろうと嘱望されるほど、武芸の冴えの片鱗も見せていた。
「アリーはどう?迷惑かけてない?」
「かけてないよ!」
「ええ、大人しく一生懸命に花冠を作っておいででした」
その変声期をまだ迎えてない声は甘く、優しく、新緑の庭に溶けていった。
――これが平和だったベルファスト、かつての住居の最後の思い出。そしてお母様と、この姿の義兄様の最後の記憶。この直後、魔の軍勢が突如ベルファストを急襲しましたの。この時お父様はライブラの王城に呼び出されており不在、お母様は留守居の兵士と家人をかき集めて魔の軍勢に立ち向かい……わたくしと義兄様は……。
夢の場面は変わる。戦場となった屋敷で、レオナルドはアレクサの腕をとって立ち向かう魔と切り結びながら逃げる。逃げ込んだのは霊廟。アイルランド辺境伯家の先祖の墓が立ち並ぶところ。
レオナルドは背負う少女を一番奥の祭壇の陰に座らせた。
「レオにーさま、かーさまは?」
稚い少女の問いかけに見えて、そうではないということをレオナルドは理解していた。
彼女はまだ6歳だが、これは母の不在を悲しむ声ではなく、戦況を聞いているのだと。
「アレクサ、母上はわたしたちを逃すために屋敷の玄関を城門に見立て、籠城戦を行っておられます」
「そう、それでもおそとにはにげられないのかしら」
アレクサは小首を傾げる。
「小鬼をはじめとする飛行型の魔物が多く、隠れて逃げられる可能性が低すぎます」
「そうね、むかえうてるへいをよぶにしても、ラーンまではほくじょうしないといけないわ」
ここ、ベルファストからラーンの港までは30km弱、2人で逃げるのは無謀である。
「ここで、母上が軍勢を追い返すか、父上の救援が来るのを待つしかありません」
「そうね、でもどちらにせよそのまえにとびらはやぶられるわ」
レオナルドは膝をつき宣誓する。
「我が命に代えても、アレクサ、あなたをお守りします」
その言葉は、アレクサとレオの間で行われる、『姫様と騎士ごっこ』の中でよく使われる言葉だった。
アレクサはその言葉を受けて手の甲を差し出し、レオに口づけを許すのが常だったが、今回アレクサは頭を横に振った。
「だめよ、レオにーさま。にーさまのいのちがうしなわれたら、わたしをまもることはできないわ」
厚い土に囲まれた霊廟の外から、戦闘の音が聞こえる、いや、それは近づいてきているのだ。
「レオにーさま」
アレクサは両手を出して、抱っこをねだるような姿勢をとる。
困惑しつつもレオナルドは彼女を抱きしめた。
「わたしの魔力を全部あげるわ。〈とらんすふぁーめんたるぱわー〉」
アレクサの身体から炎のように魔力が立ち上り、それは何も燃やすことなく、レオナルドの体に浸透していく。
「わたしを、まもってね。わたしのきしさま」
そう言うと、眠そうに目を擦るアレクサ。
レオナルドは、自らの体内を流れる魔力量に驚愕する。この膨大な魔力量が、アレクサの小さな体に蓄積されていたのかと。
「アレクサ、ありがとうございます。……ただ、それでも尋常な手段ではあなたを護りきれない」
そう、敵の動く音は近づいている。そして、戦いの音はおさまりつつあったのだ。
「そう」
アレクサの蒼の瞳から、涙が一条流れ落ちた。
「この魔力、誓約として捧げさせて頂いても構いませんか?」
「まかせるわ」
レオナルドは、アレクサを抱き上げて祭壇脇の墓石の上に彼女を移動させると、祭壇の前に額ずいた。
「天よ!地よ!海よ!そしてアイルランドを守り続けた父祖の霊よ!我に力を与えたまえ!我が背の幼き少女を守るための力を与えたまえ!
この少女、アレクサを、汝らの娘!アレクサンドラ・フラウ・ベルファストを護る為の力を!我、レオナルドに与えたまえ!」
そこまで叫ぶと、レオナルドは振り返り、アレクサを見た。
最期にその姿を目に焼き付けようとするかのように。
アレクサもまた、レオナルドの瞳を見つめた。その翠の瞳を。そしてそれはアレクサがその翠の瞳を見た最後となった。レオナルドの口が動き、声にならない声を紡ぎ、アレクサに背を向ける。
「我は捧ぐ、『全て』を!アレクサを護るための機能、それ以外の全てを捧ぐことをここに誓約す!
この誓い破るとき、天よ落ち我を打ち砕け!地よ裂け我を飲み込め!海よ逆巻き我を押し流せ!」
3つの輝けるものが祭壇にたちのぼり、それはくるくると宙に舞うと、レオナルドの胸に入っていった。
レオナルドの身体が、電流を流されたかのように、その意思とは無関係に跳ねる。
「あぁぁ……!ぁぁあアアッ!」
レオナルドの高い声が低い音の叫び声へと変化した。レオナルドの腕が鞭のようにしなり、祭壇を叩く。石の祭壇は轟音を立てて崩れ落ち、その腕は服が内側から破れ、その太さを数倍にしていた。筋肉が急速に肥大化し、皮膚が裂け、血煙が舞う。
首が太くなり、滑らかだった背中はごつごつとした岩のように。骨が伸び、肉が育ち、皮が破れる。異音と共にレオナルドの背丈も、髪も伸びていき、数年分の成長を数秒に圧縮され、完成した戦士がそこにいた。
身の丈は50cm以上伸び、その体格は巌のよう。全身を血に染め、意味をなさなくなった服を身にまとい、毅然と立つ男がそこにいた。
その時、轟音とともに霊廟の扉が破られる。ついに魔物がここをかぎつけたのだ。
先頭で入ってきたのは巨大な獅子の体躯に老爺の顔、蝙蝠の翼と蠍の尾を持つ魔物、マンティコアと呼ばれる強大な魔獣だった。
「みぃつけたぞぅ」
老爺の顔が醜悪に歪み、アレクサが小さく悲鳴を上げる。
刹那、魔獣もアレクサもレオナルドを見失った。レオナルドの姿が消え、地を蹴る音が、空気の動きが後から感じられた。
レオナルドの右手には抜身の剣、宝剣が白く輝く刀身を見せており、左手には魔獣の首が握られていた。
マンティコアの体躯が倒れると、その後ろからはまた別の魔獣たちが。しかしレオナルドが手にした剣が霞むと魔獣の身体は切断され、左手に持った首が投げつけられては別の魔獣の息が絶えた。
…………。
……………………。
わたくしはむくりと起き上がります。
「それから三日三晩、義兄様はわたくしを背に魔物の軍勢を一人で屠り続けた」
『おはようございます。……アレクサ?』
「宝剣は折れ、敵の魔騎士が持っていた魔剣を奪い、戦った。部屋は血の海となり、わたくしのいた墓石を除く全てが紅に沈んだ。……おはようございます、クロ」
そして三日目の夜にお父様が竜に乗って助けに来てくださいましたが、レオ義兄さまの心は失われていました。
理想の騎士となるであろう従騎士の姿はそこになく、ただわたくしの敵を屠るだけの狂戦士が残されました。
眼の端に浮かぶ涙を拭います。
『どうなさいました、心が乱れていますが』
「少し、悪い夢を……」
いや、そうではないですの。この夢が、この夢こそが……、わたくしがかつてのレオ義兄さまを取り戻すという意志の顕れ。
「いえ、良い夢見でしたの。……クロ」
『なんでしょう』
わたくしは息を大きく吸い、一息に言います。
「神に全てを捧げる誓約を為したものがいるとしますの。その捧げた全てまたは一部を取り返すことは可能ですの?」
朝の日差しが昇り始めた部屋の中、沈黙が流れます。髪がふわっと浮き上がり、巻き髪を作りました。頭上で一房の髪がゆらりと揺蕩います。
『人には無理でしょう、神から取り返すことができるとしたら、それは人の業ではなく、神の領域です』
「クロ、あなたは神だわ。あなたがいたなら?」
『可能性は低く、危険を伴うでしょう。しかし不可能ではないかもしれませんね』
「上等、やはりあなたは最高の使い魔ですの」
やはり、良い夢見だったのかもしれませんわ。
「クロ、いつかその手段について尋ねますわ。手助けしてくださるかしら?」
『仰せのままに、我が主』
わたくしは着替え、朝の支度を始めました。
注、この時期までアイルランド辺境伯の住居はベルファストであり、家名はベルファストだった。
この後、ポートラッシュに屋敷を構えることになったため、家名を変更している。




