第34話 なかなおり
前回第2部終了と書きましたが、今回が第2部エピローグですね。次が3部プロローグなイメージで。
「〈騎士帽子〉解除ですの」
(……ろじゃー、あうと)
わたくしの右手に巻き付き馬上槍のように長く伸びた髪の長さが戻り、左手に絡んで五角形の盾のような形状となった髪が解けていきます。頭頂部で立っている毛も力を失ったかのように前に倒れていきます。
「やはり、クロ。さきほどから何か言っておりませんの?」
クロが浮かび上がり、わたくしの正面に漂いました。
『いえ、特には?勝利おめでとうございます』
「ふふ、ありがとうございますの」
ふむ、何でしょう。どうも戦闘中、何か声が聞こえていたのですよね。
尻餅をついているドロシアに向かって言いました。
「ふふふ、良い戦いでしたの」
ドロシアはわたくしを見上げて言います。
「ええ、そうね。……アレクサは余裕ね」
「いえ、結構ぎりぎりの戦いだったと思うのですが」
ドロシアは視線を落とし、ため息をつきます。
「いい眺めだって言ってるのよ」
わたくしは首を傾げます。
「裸でも余裕。剃ってるの?生えてないの?」
……あっ、制服が燃え落ちて!わたくしはあわてて手で前を隠します。
「は、生えてますのよ!じゃなくて〈髪操作〉!」
髪の毛を再度伸ばし、糸巻に糸を巻き付けるようにぐるぐると全身に巻き付けました。太腿のあたりまでが髪に覆われます。
クロを睨みます。
『……先ほど言った通り、〈耐火〉術式は得意ではありませんので。
我々そもそも海の生き物ですし、あと衣服を着る習慣はありませんから。衣服まで守り切れませんでした。申し訳ございません』
まあそれは仕方ないのですけども。
サイモン学長が傍に転移してきました。
「〈布作成〉」
わたくしの上に大きな白い布が現れて、わたくしを覆います。
「やあ、素晴らしい決闘だった。……肝が冷えたがね」
大きな布をがさがさと捲り、顔だけ出して羽織ります。
「最後の魔術は何だね」
「謹慎中に開発した〈創作術式:騎士帽子〉の大技、ドリルロールですの」
学長はため息をつきます。
「効果は?」
「引力と回転ですの」
「円盤理論かよ。ド級の禁呪じゃない」
ドロシアが立ち上がりながら言います。
「大丈夫ですのよ」
「どこが」
「円盤理論は、無限の回転になるのが禁呪の所以ですのよ。わたくしの髪の長さは有限ですので、疑似再現にしかなりませんの」
二人がため息をつきます。
「その通りだが……とはいえ生身でそれを実用化しようとするかね」
「つまり周囲のエネルギーを吸い込んで先端から放出するってこと?」
「ですわね。だから実際のところエネルギー攻撃に対するカウンター術式ですの。普通に使えばただの槍とそんなに変わりませんし」
ふむ、とサイモン学長はひげをしごきながら考える姿勢です。
「……あい分かった。まあ、とりあえず2人とも、後日術式の提出を」
「わたしもですか?」
「後日ですの?」
学長は変なものでも見るような目でわたくしたちを眺めます。
「当たり前だろう、都市焼却規模の紅蓮魔術を対単体にして、付加効果付けただろうに。
それと、2人ともこれからすぐに保健室に行きなさい。ドロシア嬢は魔力枯渇、アレクサンドラ嬢は腹に銃弾を受けていただろうに忘れているのか?
……保健委員!」
とまあ、そんな訳で授業を早退して保健室に連れていかれましたの。
銃弾に関しては〈摘出〉術式がうまくいっていたのか問題はなかったのですが、魔力過多症から1日寝たとはいえ、すぐに魔術決闘でしたからね。疲労やら魔術回路の不調があるとのこと。
ドロシアは単純に魔力枯渇ですわね。
保健の先生はどちらも寝てれば治るとのことで、わたくしたちを保健室のベッドに寝かせ、そのままランチに行かれてしまいました。
薬品のにおいがする保健室で、わたくしとドロシアは並んで横になっています。
遠くから昼休みの喧騒が聞こえます。……お腹すいてきましたわね。
枕元のサイドテーブルにはクロの金魚鉢、ドロシアの火蜥蜴は厩舎へと連れていかれ、ここにはおりませんの。
クロをよく見ていると、金魚鉢の砂を口に運んでいるのですが、それと同時にわたくしからの余剰魔力を取り入れているのだということがわかりますの。
「クロ、ありがとうございますの」
『……何か?』
「いえ、余剰魔力をそうして食べていただいていたのですね」
クロが短い触腕を横に振ります。
『ああ、以前も言いましたが、わたしの力とするためでもあるので。お気になさらず』
「ははは」
ドロシアの笑い声です。
「ほんとになまこと話してるのね」
「ええ」
わたくしは枕の上、首を逆に傾けてドロシアの方を見ます。
「わたくしの使い魔のクロは、すてきななまこさんですのよ?」
クロが机の上から浮かび上がり、ドロシアに見える位置で〈精神感応〉をつなぎます。
『こんにちは、ドロシア嬢。先ほどは良き戦いでした。わたしはクロ、以後よろしくお願いいたしますね』
「ええ、あなた自分で〈念動〉や〈精神感応〉使ってるのね」
クロから肯定の意が返り、はあっと、ドロシアがため息をつきます。
「さっきの戦いでの水の術式とかもこのクロでしょう。実質、アレクサンドラに後衛魔術師付きじゃない」
そりゃ勝てないわーと呟くのが聞こえました。
「……クロ、それにアレクサンドラ」
ドロシアが真剣な声を出します。
『いかがいたしました?』
「去年、わたしはクロのことを侮辱したわ。その事への謝罪を」
わたくしはクロに頷きます。
『謝罪を受け入れます』
「わたしがあなたに負けたことで……寮内の派閥対立は解消されていくと思うわ」
確かに、ディーン寮内の4・5年生で高位貴族の令嬢はドロシアとクリスしかいませんか。6年はもう卒業ですし、3年以下で派閥形成は難しいでしょうね。
クリスは元々中立かわたくし寄りですものね。ドロシアが表だって対立出来なくなれば対立は解消ですか。確かに。
「ドロシア、そこまで読んで対立してましたの?」
「別にあなたのためではないし、わたしが勝つのが本来なら最良だったの。勘違いしないで」
これはツンデレさんというヤツですわね!
「でもこう言わせていただきますわ。ありがとう、ドロシア」
『わたしからも、ありがとうございます』
ドロシアの頬が赤く染まります。
彼女は追い払うように手を振ったので、クロは机の上に戻り、わたくしも仰向けに天井を見上げました。
「しかし、あの杖にしろ銃にしろ、キャベンディッシュ家の家宝でしょう。よく御当主が決闘に持ち出すことを許しましたわね」
「…………」
……え、ちょっと。
「ひょっとして無断で持ち出しましたの!」
わたくしがベッドから身を起こしてドロシアに問いかけると、ドロシアはぷいとそっぽを向きました。
「置手紙は残したわ」
「手紙って」
わたくしがしばらく見つめていると、ドロシアはあきらめたようにベッドに寝たままこちらを向き、わたくしと目を合わせました。
「わたしがいつあれを持ち出したと思う?」
「……年末に実家に帰られた時ですか?」
ドロシアが頷きます。顔に悔しさを滲ませながら。
「そうよ。キャベンディッシュ家は火炎魔術の大家、王国きっての武門の名家なんて言われながらこの様よ。大切な武装を持ち出されたことに1月近くたっても気づかない」
「それは……」
確かに武装に1月も触れないなんてことはポートラッシュではあり得ませんわよね。
「この国で実際に戦いに身を置いているのはポートラッシュだけ、戦いに備えて牙を研いでいるのはせいぜい北方のハイランダーくらいよ。ライブラの王家も、貴族も、イングランドは怠慢だわ。
戦いを貴方たちに任せているのにそれを軽視し、碌な援助もしない。宮廷闘争と社交に明け暮れて、危機感というものがないわ」
「ドロシア……あなた、わたくしたちのために怒って下さいますの」
「ふん、アレクサンドラ。わたしはあなたのことが気に食わないけど、それでも戦いを任せて陰で貴方たちを辺境者とバカにしているイングランド貴族よりは全然マシだと思ってるわ」
「……ありがとうございますの」
ドロシアは寝返りを打ち、わたくしに背をむけました。
「王は……」
「はい?」
「王はそうではなかった。ちゃんとあなたたちの重要性を理解し、辺境と血縁を結ぼうとしたわ」
「……ですわね」
「でもルシウスはそれをダメにしようとしている」
「ええ」
「そして、イングランドの貴族派閥はそれを歓迎する動きよ」
確かにイングランドの貴族が宮廷闘争に明け暮れるというならそうなのかもしれませんわね。ポートラッシュに力が行くことを阻害する、あるいは王家の力を削ぐことも視野に入れているのかもしれません。
「……なるほど」
「アレクサンドラ、最悪、王朝の首を挿げ替えるつもりで動きなさい。ルシウスに慈悲をかける必要もないわ」
「さすがにそこまでは……」
「心構えの話よ。……わたしは寝るわ」
とドロシアはそこまで言うと、すぐに寝息が聞こえてきました。
「……ありがとう、ドロシア」
わたくしも寝返りをうつと再び天井を見上げます。
ふむ、色々考えるべき事はあるようですが、今は疲労が……、おやすみ、ドロシア、クロ……。
ろじゃー、あうと
軍事、あるいは無線用語。
Roger Out.で、了解、交信終了。の意。
一般的にはラジャーとして知られてますが、それは米語発音であり、イギリス発音だとロジャーになります。




