第33話 どりるろーる
わたくしの命令にアホ毛が揺れると、左の巻髪が大きく広がりながら伸びていき、一枚の長い布のように変化しますの。それが折りたたまれて、1mほどの五角形の板状に展開されます。
その板の中央に手をやると、毛の先端がわたくしの手に絡みつき固定されます。
『〈水盾〉』
さらにクロがわたくしの髪を覆うように水を纏わりつかせますの。いいですわね。
〈火球〉と[炎の息]を盾で受け止めます。表面で火の粉が散り、問題なく受け止めましたの。
「変な術式をっ……〈火球〉!」
ドロシアが右手に持つ杖の先端から再び火の玉が飛んできますが、それも盾で止めます。連射された〈火球〉が何発もわたくしの顔めがけて目掛けて打ち出され、時折[炎の息]が飛んできますの。
クロは髪に纏わりつかせている水の温度が高くなると〈水盾〉をかけなおしてくれます。ふむ、安定して来ましたわね。そろそろ攻めますか。
「Go Ahead!」
自己強化魔法を重ねがけして、盾を叩きつけるようにして〈火球〉を打ち払い、一直線にドロシアの元へ。
一秒とかからず彼女の正面へ突進。速度に反応できていない彼女のお腹に右手を叩き込んで……、
『違う、アレクサ!』
拳が空を切ります。目測を誤りましたの?そんな筈は!
掻き消えるようにドロシアの姿が薄れていきます。
「〈蜃気楼〉!」
火霊系術式の幻影魔法!
「ご明答」
すぐ横から声が聞こえます。そちらに足を踏み出し……、
――ミシリ。
ん?
足元の地面に罅が入り、その下からオレンジ色の光が漏れ出します。
「〈溶岩地雷〉!」
ドロシアの言葉と共に地面から爆発するように溶岩が溢れますの。もう!仕込んでいましたのね!
「〈空中歩行〉!」
地面を踏む寸前、足元の空気を踏み場に跳躍。そのまま爆発の勢いに逆らわず回転しながら吹き飛ぶと、天地逆さに空を踏み、近付こうとするも追撃の〈火球〉を避け、結局は最初の位置に着地します。
「ふー、危ないところでしたの」
『アレクサ、〈魔力視覚〉の類の術式を使ってください。彼女は自分の位置を欺き、地面などにも魔力の罠を仕込んでいますよ』
「ありがとうございますの。〈魔力視覚〉」
ドロシアが声を掛けます。
「あら、アレクサ、飛んだり跳ねたりと、はしたないですわね」
「むむむ」
「スカートのプリーツを翻すどころか、中まで見せるのは淑女としてどうなのかしら?」
「ショートスパッツ履いているからいいんですの!」
「履いてなかったわよ」
「嘘!?」
わたくしは思わず下半身に目をやります。
「〈熱閃〉」
ドロシアの手から高熱の閃光が放たれ、直撃しました。クロのかけてくれた〈水纏い〉が蒸発します。
「ええ、嘘よ」
「……ひどいですの」
「決闘中に気を散らすほうが悪いのではなくて?」
「そのとおりですの!」
わたくしは先程の爆発のときに掴んだ小石を全力で地面に投擲します。着弾と同時に火柱が立ち上がりました。
地中から火蜥蜴のウルカヌスが接近していましたの。火柱は蜥蜴の形に変化し、ドロシアの隣に戻りました。
ドロシアから再び〈火球〉の連撃ですの。
『〈水纏い〉、〈水盾〉』
クロの援護を受けながら左手の髪の盾で炎を受け止め、いなし、払い続けます。先ほどから正確なコントロールで顔を狙われ続けていますの。
『クロ、耐火術式もう1枚重ねられます?被弾覚悟で突っ込もうと思いますの』
『相手の位置はしっかり分かっていますか?』
『大丈夫ですの』
今も視覚的にはドロシアは10m前方ほぼ正面にいるように見えますが、実は〈蜃気楼〉の術式で1mほど横にずれた位置にいるのが〈魔力視覚〉で分かりますの。
『あまり得意な術式ではありませんが……、〈耐火〉』
先程から周囲はかなりの温度になっているのですが、熱さが和らぎました。いいですわね。
では再び行きましょう。
「Go Ahe……」
ばぁん。
腹部に衝撃が走ります。乾いた音が運動場に響きました。
ばぁん、ばぁん。
さらに何度も連続して衝撃と音が。
「……〈矢避け〉」
さらに続けて音が響きますが、それは魔術で方向をそらしますの。
眼前の火炎を髪で打ち払うと、杖を左手に持ち替え、右手をこちらに向けるドロシアが目に入ります。
手には回転式拳銃、銃口からは煙がたなびいていますの。
……あー、銃は想定外でしたわね?
「ドロシア!」
誰かの叫び声と悲鳴があがります。
「おだまりなさい!この程度でこの女がくたばるはずありませんの!」
そうですわね。よろめきつつ左手で腹を抑えますが、ぬるりとした鮮血で手が紅に染まります。
ドロシアはそう言いつつ回転式弾倉から弾を排出すると、別の弾を込めますの。
ばぁん。
弾が〈矢避け〉の術式を貫いて、わたくしの右の太腿を貫通しました。わたくしは転倒します。
「あぐっ……魔術無効化弾……」
実用に足る銃なんて博物館に飾るべきものに、一発で家が買えるほどの弾まで持ち出してきて!
「〈火球〉!」
ドロシアが左手に持ち替えられた杖から〈火球〉を飛ばしてきます。
クロがふわっと、わたくしとドロシアの間に立ちふさがりましたの。
『[領域展開]。わたしが時間を稼ぎましょう』
クロのいる金魚鉢から勢いよく海が溢れていき、ドロシアの〈火球〉やウルカヌスの[炎の息]を遮ります。
「……〈摘出〉」
金属片が腹の中から押し出され手の中に収まりました。……傷口が勝手に治っていく?
『クロ、傷口が治っていくのですが、心当たりは?』
『以前、[能力下賜]で再生能力を与えましたが』
それテッドと戦ったときの話、2週間前ですわよね!
『……効果時間はクロが眠るまでと言っておりませんでしたか?』
『なまこは寝ませんよ?』
なにそれー!わたくしは地面に手を付き、身を起こします。
「ちっ、さすがにしぶといわね」
ドロシアは銃をマントの下に収めると、両手と杖を天に掲げ、波打つように揺らしはじめました。
「――紅蓮の空!燃え盛る都市!」
まずいですの、高位の紅蓮魔術ですわ。
「っていうか学校全部、いやセーラムの町全部燃やす気ですの!?」
ドロシアはそれに答えず、鮫のような笑みを浮かべました。
「やめろ、ドロシア!」
チャールズ先生も叫びますが、ドロシアは詠唱を続けます。
「――我が炎は高く熱く燃え盛る!」
チャールズ先生は舌打ちすると結界に魔力を込めはじめました。
『クロ、わたくしは構わないので、全体に水の結界を!』
『む、しかし……!』
「――全てがくそくらえよ、もう二度とここには戻らない」
『問答の時間はありませんの!』
『承知。……[深淵]』
「――誰が愚弄しようとも、最後には物言わぬ屍となる」
決闘の舞台全体が海に包まれます。
「――警告してももう遅い、大地は揺れ、身動きは取れぬ」
わたくしは詠唱を阻害すべく前に出ようとしますが、そこに襲い掛かる炎。使い魔のウルカヌスが炎を吐きかけてきましたの。
突っ切るにはお腹の痛みが邪魔をします。……ああ、もう!連携練っていますのね!
「――誰一人助からぬ、逃げる時間など与えぬ」
くっそ、ご機嫌にもフル詠唱じゃないですの!
「――そう、わたしがこう宣言すれば!焼尽せよと!」
ドロシアの詠唱が完成しました。結界を超えて空が紅く染まり、地面が不気味な振動を始めます。
「……創作術式、〈汝の命を奪う〉」
……はっ?
都市1つを燃やし尽くす規模の火炎術式が解放される直前、それらが全てドロシアの右手に凝縮します。
ドロシアの右の掌の上に、紫色の炎が宿りました。圧倒的な死の気配、不吉な色ですの。
「……都市焼却規模術式を、対人用にまで制御しましたの?」
「……あんたみたいな、自分の魔力も制御しきれない魔力バカとは違うのよ」
ドロシアの額から汗が滴り落ちます。
「まあ、ウルカヌスが使い魔になってから、火霊系の制御力が跳ね上がったのが大きいのよね」
……なるほど。
「で、どうするの。今のわたしの〈焼尽せよ〉ならサウスフォードを燃やし尽くすくらいできた。でもアレクサンドラは燃え残る気がしたのよ。でもこれはその熱量を一点に集めた術式。なんだって塵一つ残さず燃やせますわよ」
「確かにそう感じますの」
「降参する?」
「冗談」
「じゃあ死ね」
ドロシアが右手をこちらに振りました。紫色の炎がわたくしの前の地面に着弾すると直径2mほどの円を描きます。
「〈魔力鎧〉!」
わたくしが術式を起動した瞬間、火柱が立ち上がりました。
超高温の炎に炙られ、クロの海が蒸発し、〈魔力鎧〉が溶け落ちていくのを感じます。
アホ毛が伸びてクロの金魚鉢に絡みつき、こちらに引き寄せてくれましたの。それを左手で盾の内側に抱き抱え、〈魔力鎧〉が溶け落ちる端から魔力を再供給して熱を遮ります。
クロの水槽からは海が生まれ続けていますが、それも一瞬で蒸発していきますの。
防御の付与がかかっている制服すら焼け始めましたの。盾や胸元から遠いところから。靴が、スカートの裾が、制服の背中が。
さらに〈魔力鎧〉の出力を上げます。なるほど、全魔力を防御に回さざるを得ない状況に追い込み、打開の一手が打てないようにして焼き尽くす気ですのね。
『アレクサ、どうします?』
クロの思念です。まだ余裕そうですの。
ふむ。この炎、熱量の高さも素晴らしいですが、いくつか呪いも仕込まれているんですのよね。例えば転移系術式で逃げられないよう、転移封じが掛けられているとか、特に移動阻害系が多いですの。つまり……。
『正面からぶち破りますの。5秒間、防御に魔力を大きく回していただけますか』
『かしこまりました』
クロから溢れる水量が増し、また〈耐火〉術式の出力が上がり、炎が遠ざかったような気分になりますの。
ではいきましょう。
「ドリルロール!」
キーワードと共に右の巻髪の魔力を解放します。
「全力で行きますのよ!」
アホ毛が揺れます。
(……いえすまむー)
『クロ、何か言いましたか?』
『いえ?』
ふむ?わたくしは右手を横に上げると、巻髪が腕に纏わりつきながら伸びていき、長さ2mほどの黄金の突撃槍の形状を取りますの。
「起動!」
髪の根本から先端に向かって、蓄えてきた魔力を開放していきます。込める魔力は引力と回転。古代の魔術師の構築した理論、円盤理論によれば、無限に何でも吸い込むことが可能です。
右手の槍に、全てが吸い込まれていきます。空気が、水が、地面が、炎が、魔力が。
炎が晴れていき、唖然とした表情のドロシアの顔が見えるようになりましたの。
右手には抉れた地面と紫の炎を纏い回転する突撃槍。
わたくしはにやりと笑って槍をドロシアの頭上に向けます。
「解放」
槍の先端から閃光が放たれ、何かが砕けるような轟音が3度連続して響きました。クロの張った結界と、運動場に張られた結界と、学校全体の結界が貫かれた音ですの。
「わたくしの勝ちでよろしいですの?」
ドロシアがぺたりと地面に尻餅をつき、頷きました。わたくしは右手の槍を高々と掲げます。
チャールズ先生がため息をつき、手を上げました。
「そこまで、勝者、アレクサンドラ・フラウ・ポートラッシュ!!」
ξ˚⊿˚)ξ <第一話の後書きに、どりるは髪型のことで削岩する予定はないと書いてありましたが、嘘ですの。
やー、ヒドい作者もいたもんだね?
ξ˚⊿˚)ξ <あなたのことですのよ!
という訳で、魔術決闘も山場を書いたので第2部終了ってイメージかな。
ξ˚⊿˚)ξ <事実上の決勝的なものですの?
そうだね。後は婚約破棄と、義兄様登場が3部のイメージ?魔術決闘の後の模範試合は4部になるのかな?
ξ˚⊿˚)ξ <わーい、義兄様!というか作者!なぜ疑問系ですの!
ノープロットだからね……。
ξ˚⊿˚)ξ <ですわね……。
とまあ、そういう訳で、2部終了なので感想とかブックマークとか評価とかレビューとか欲しいなあ。
ξ˚⊿˚)ξ <ねだりにきましたのね。
実際のとこ、1部とかほのぼの系な感じが2部はバトル展開と、割と意図的に変えてますしね。読者視点からどうなのかとか割と気になるのです。
ξ˚⊿˚)ξ <確かに。
という訳で!感想とかブックマークとか評価とかレビューとかお願いします!
ξ˚⊿˚)ξ <お願いしますのー。
 




