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なまこ×どりる  作者: ただのぎょー
第2章 119年1月~魔術決闘訓練
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第30話 ひとりぼっちのよる

「アレクサンドラ嬢。言い分はあるかね」



 校長室にて、サイモン学長がわたくしに尋ねられます。

 わたくしは胸を張って答えました。



「わたくしが、ジャスミン嬢を突き飛ばしたことは事実として認めます。ですが、階段から突き落とすという意図はありませんでしたの」


「嘘をつくな!」



 ルシウス殿下が叫びます。うるさいですの。



「それを決めるのはルシウス君、君ではない」



 サイモン学長は秘書のエミリーさんの方を見ます。



「〈嘘感知(Sense Lie)〉への反応はありませんわ」



 ルシウス殿下がまたがなりたて、サイモン学長は大きくため息をつかれました。



「アレクサンドラ・フラウ・ポートラッシュ。汝に自室謹慎6日間の罰を与える」


「甘すぎる!」


「ルシウス君、それ以上の厳罰を求めるなら、正式にライブラの司法院へと持ち込んでくれたまえ、サウスフォード、というかセーラム市全域でも秘書エミリーより情報伝達系術式に熟達した司法系の有資格者はおらんのでな」



 ちっと舌打ちの音が響きます。



「では、寮母ミーア」



 壁際に控えていたミーアさんが一歩前に出ます。



「はいですにゃ」


「警備員とともに、アレクサンドラ嬢を寮へ。貴女とロビンソン寮長の監督下で、彼女を144時間、自室から出さないこと」


「拝命いたしましたにゃ」



 ミーアさんは深々と頭を下げました。



「では簡易法廷を閉廷とする。解散」



 ルシウス殿下の方を見ます。彼はわたくしに一瞥もくれずに部屋を出ていかれました。





 夕暮れの並木道を二人で歩きます。前後には少し離れて警備員の人たち。

 枯葉が足に当たり、かさかさと音を立てます。



 ……6日間。

 1週間ではなく6日間にしたのは、校長の優しさですわね。わたくしが魔術決闘での全勝を狙っていることに、配慮していただけたのでしょう。



「アレクサ」



 ミーアさんが警備員の人に聞こえないよう、小声で声をかけます。



「ごめんにゃー……、授業に行くよう促さなきゃ良かったにゃ……」



 わたくしは慌てて首を振ります。



「そんな、ミーアさんのせいではありませんの。これはたまたま今日になっただけの話ですわ。どこかで必ずジャスミンとの衝突は起きましたわ。彼女はこういった機会を狙っていたのですから」



 話はこれっきりで、寮に戻ります。



 みなさんが心配そうな表情を浮かべ、玄関に集まってますの。



「みなさま、ご心配おかけして申し訳ありませんの」



 監督官のベリンダさんが代表して尋ねます。



「どうだった?」


「自室謹慎6日間ですの」



 ナタリーが泣き崩れ、天を仰ぐもの、眉をひそめるものなど、ため息をつくものなど反応はさまざまですの。

 クリスがわざと大きな声を出します。



「思ったより軽い罰で安心したわ!」



 そうですわね、そちらで意見を統一した方がよいでしょう。



「ええ、本当に。わたくしは6日間、部屋にこもるだけですの。ミーアさん、クロは……使い魔はどうすればよいのですか?」


「自室にはおけませんにゃ」



 クリスがクロの入った金魚鉢を掲げます。



「わたしが預かっていても良いですか?」



 ミーアさんがこちらをちらと見たので、頷きます。



「構いませんにゃ。それをアレクサにこっそり渡すなどすると罰せられるので、注意してくださいにゃ」



 ポートラッシュの全ての寮の部屋で内側から鍵はかけられませんの。でも、鍵穴はあります。部屋の外側からのみ掛けられる鍵穴が。

 使われていない部屋と、そしてこうして謹慎の時にのみ使われる鍵ですの。



 ミーアさんが部屋から鍵束を持ち出し、じゃらじゃらと腰に下げておられます。



 わたくしが部屋の内側に入りました。ミーアさんは睫毛を伏せ、悲しそうな面持ちでこちらを見つめています。



「では、アレクサ。これから6日間の自室謹慎といたしますにゃ」



 わたくしは頷きました。今、わたくしの部屋の鍵が初めてかけられます。



――がちゃり。



 鍵がかけられた瞬間、この部屋の壁の内側、床下に書かれている魔法円が閉じられました。一瞬だけ壁や床が円形に光ります。クロとの魂絆が切断されたのを感じましたの。



「〈光〉」



 手の先に小さな明かりが灯りました。魔術自体は使用できますので、外部との魔力を遮断するタイプの結界ですか。



「ここまで大掛かりな付与を寮の全ての部屋に準備してあるのですか……。創設者のディーン卿が用意したのか、ミセスが作ったのかは分かりませんが、大魔術師は伊達じゃないですのね」



 その後は特に何もなく、一度ミーアさんが食事を持ってきただけですの。お盆の上にパンとスープと水差しのみの簡素な食事。

 もそもそとパンをスープで流し込んで、シャワーして、特に勉強もする気になれず、ぼーっと魔導書に目を通し、就寝ですの。



「おやすみなさい」



 ……その声に思念が返ってこないことを悲しみつつ、布団を被ります。





 …………。

 ………………あ?



 わたくしの意識が覚醒しました。



 目を開けても真っ暗です。



 時刻は深夜を過ぎているでしょう。ですが明け方には程遠い。

 なぜ、目が覚めましたの?



 頬から目元に、そして枕へと汗が流れます。



「あ……」



 ま、ずい、ですの。



 わたくしは暗闇の中、身を起こそうとしました。腹筋に力を入れようとしても体が持ち上がらず、まず布団を剥ぎますの。体が、頭が重く、体の芯に高い熱を感じます。大量の汗をかいていて、布団を剥いだことにより外気に触れたところから熱が奪われていくのがわかります。



 逆に布団からはみ出していた手や顔の表面は汗で冷えて恐ろしく冷たいですの。



 苦労して体を半回転させてうつ伏せになります。がくがくと震える手をベッドにつき、上半身を持ち上げました。四つん這いの体勢になり、荒い息をつきます。



「はぁっ……、はぁっ……!」



 顎を汗が伝うのがわかります。



「……〈光〉」



 最小限の魔力で使ったつもりですが、過剰な魔力が流れ、部屋中が真っ白に染まりました。

 あまりの眩しさに目を閉じますが、瞼の裏にも眩しさを感じますの。しばらくじっとして、光の強さに目が慣れるのを待ちます。



 震える手で寝間着を脱ぎます。汗をぐっしょり吸った布地がわたくしの肌に張り付くようですが、なんとか時間をかけて脱いでパンツのみになりましたの。



 真っ白に輝く、熱持たぬ光に照らされて、わたくしの首筋から顎をつたい、布団に汗が落ちていくのが見えます。髪が顔の横を力なく垂れ、布団の上で黄金の渦を巻いています。



 水分を……とらないと。

 わたくしはそのまま這ってベッドの端に腰かけ、ゆっくりと立ち上がると、素足のまま移動します。



 ふらふら、ふらふら。

 ほら、あんよが上手、あんよが上手……。



 歪む視界のなか、やっとの思いで机に移動します。



 わたくしは夕食についていた水差しを持ち上げ、コップに……手が震えてだめですの。

 水差しに直接口をつけてあおります。口の端から首筋、胸へと水が流れていきます。



「はぁっ」



 冷えた水が、火照った身体の真ん中を流れていきます。ちょっとは、マシに、なりましたか。



「久しぶりに……キましたわね」



 魔力過多症ですの。



「ここ数年……なかったのに……なぜ?」



 体内の魔力が過剰に余る状態が続くことで、身体的な不調、高熱やめまいなどがおこる症状です。



 今日の夕方はジャスミンの件で魔力放出ができていませんが、それでも一日だけですの。一週間程度なら余裕で持つと思ってましたし、そもそも魔力過多の症状、サウスフォードに来てから発症してなかったのですが……。



 水差しを持って風呂場へ行きます。



「……〈(Create)作成( Water)〉」



コップ一杯程度の水を作るつもりで魔力をこめましたが、一瞬で浴槽いっぱいの水ができ、一部はあふれていきますの。



 水差しに水をいっぱいにし、ベッドの脇にもどりました。水差しを枕元に置き、パンツを脱ぎ棄て、再びふらふらと風呂場に戻ります。



「〈加熱(Heat)〉」



 浴槽の水が一瞬で熱湯となったので、半分を排水し、もう一度〈水作成〉で温めのお湯を作り直します。

 足元をすべらせないよう、慎重に浴槽をまたいで中に入りますの。



「ふー……」



 湯船の中、下腹部を押さえて目を閉じます。手の下からは熱さが伝わり、水の中に溶けていくような気分ですの。



 ちょっと魔法を使い、眼を閉じているのでだいぶ楽になりましたが……。

 困りましたわね。わたくしこれではまともに眠ることもできませんの。



 昔、そう幼いころはお母様が魔力を吸い出してくれていたことをおぼろげに思い起こします。お母様が死んでからはお父様や義兄様が。

 義兄様は魔術は使えませんが魔力は扱えたので、夜わたくしが苦しんでいると朝まで手を握ってくれていたのでした。



「にいさま……」



 いけませんわ、今のは弱気な感じでしたの。

 でも、なぜ症状が?というか、なぜサウスフォードでは発症してなかったですの?いえ、そもそもなぜお父様はこの病気持ちのわたくしをサウスフォードに通うことを許しましたの……?特にここ数か月はとても調子が良くて、魔力増加訓練を自発的に行っていたくらいなんですが、なぜ今になってこう悪化した感じで急に発症しましたの?

 いろいろな疑問がぽんぽんと浮かび上がります。



 わたくしは浴槽の中にずりおちるように身を沈め、ぼーっと思考します。

 ふとひらめきました。



「ミセスの〈騒霊〉さんとクロへの魔力供給に決まってますの」



 あの〈騒霊〉さん、ミセスが意識していなくても常時稼働しています。魔力供給が個人で持つはずがないですの。寮生から自動的に魔力を徴収するようになっているのでしょう。〈騒霊〉さんがわたくしにだけサービスが良いという話。わたくしの供給量が明らかに多いということなのでしょう。



 そしてクロ。ここ数か月調子がいいなんて、彼のおかげに決まってますの。余剰分をきれいに持って行ってくれていたのでしょう。わたくしが魔力増加したら、きっかりその分持っていく量を増やしていてくれたはずですの。



「ああ、みなさんに支えられて……」



 涙がでてきます。



「だいじょうぶ、これはお風呂の水ですのよ……わたくしはだいじょうぶですの……」



 無意味に呟きます。震える手で頬を叩きます。



「よし、やる気が出てきましたの」



 空元気でもこう言っておきましょう。



「6日間、軽く仮眠とりつつ徹夜することは確定として、何で魔力使うかですわよね」



 今、わたくしが魔力を最小限で使おうとしても大量に流れてしまう以上、不得手な魔術は論外です。

 とは言え、わたくしの得意魔術が肉体強化、治癒、空間ですのよね。肉体強化と治癒は魔力をわたくしに使ってしまうので、循環してしまい魔力の放出には向いていません。空間魔術謹慎中に使うとか脱走考えてるようにしか見えませんしダメですの。

 魔力過多症で危険度が低い魔力を部屋の中で使う方法……。かなり辛いですわね。



「何か魔力供給するものがあれば良かったんですけども。宝石か竜鱗でもあれば魔力を込めるのですが……」



 ふと、水面に浮かぶ髪が目につきます。……試してみましょうか。

 昔のぎゃざやってるやつだったら、マナバーンと言えばわかるんじゃないかな。アレクサは毎ターンマナが自動的に発生するレベルの魔法使いなので、使わないと体調不良を起こします。


 そして唐突な風呂回でした(病人)。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔力はありすぎても困りもんなんですね、そして髪の毛! わくわく!
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