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なまこ×どりる  作者: ただのぎょー
第2章 119年1月~魔術決闘訓練
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第29話 しー・のーず・なまこ

 隣の空席を見ながら呟きます。



「……アレクサが戻って来ないわ」



 今はムスタファ先生の歴史の授業中。魔術決闘の授業終了直前にアレクサの父親という人物、つまりはアイルランド辺境伯が竜に乗ってサウスフォードにやってきて、一時騒然となりました。



 昼食の時間帯、応接室でアレクサと辺境伯は話していたようですが、そこから出るとなぜか決闘することになったらしく……、さすがポートラッシュ領は違うわね。



 この授業中、校庭で決闘していたのよね。

 それも使い魔同士の決闘という形で。



 ……いや、意味わかんないでしょ。竜を使い魔にしている辺境伯もそりゃ大概だけどさ、それになまこで立ち向かうってどういう神経してるのよアレクサ。



 なんでわたしが授業に出ているのに知っているかって?



 使い魔のフラッフィーを偵察に出して、〈知覚共有〉で覗いていたからよ。

 でもねぇ……。



 前に座るスーザンがこちらにちらりと視線を送り、紙片を渡してきました。



『ネリーは意識を取り戻したみたい。そちら、フラッフィーとのリンクはどう? Su』



 決闘が始まって早々、辺境伯の竜が〔竜の咆哮〕を使ったのよ。それで偵察に行って貰っていたフラッフィーや、スーザンの使い魔のネリーが気絶しちゃって、魔術のリンクが途絶えちゃったのよね。



 ……授業終わったら回収に行かないと。



『分からないわ。まだ気を失ってるのかも。 Ch』



 わたしは紙片にペンを走らせ、スーザンに渡します。



 さっき、竜が飛んで行ったわ。決闘が終わって、辺境伯がここを立たれたみたい。

 窓からはちょっと見えただけだけど、外傷はなさそう。まあ、なまこじゃ竜を傷つけるなんて無理に決まっているわよね。



 まじめなアレクサなら、急いで授業中に戻ってくるかと思ったんだけど、先生たちに捕まっているのかしら。それともなまこのクロが傷ついて保健室かしら?



――りーん、ごーん。



 チャイムが鳴ったわ。



「ふむ、今日はこんなところにしておこう。アレクサンドラは結局間に合わなかったな。レポートを課すので、クリスティ、アレクサンドラに明日準備室に来るよう伝言を」



 ムスタファ先生がわたしに声を掛けます。



「はい、かしこまりました」


「では以上だ。解散」



 ムスタファ先生が授業の終わりを告げ、わたしは鞄にテキストを突っ込み立ち上がります。



「スーザン、わたしは急いでフラッフィーの回収に行くわ」


「ええ、いってらっしゃい。わたしはネリーをここに呼ぶから」



 スーザンは立ち上がると窓際に向かいました。

 こういうのは飛行能力のある使い魔が羨ましいところよね。



 わたしは廊下に向かいます。



 廊下を進み、階段に差し掛かったところで、階下から騒然とした雰囲気と、怒鳴り声が聞こえてきます。



「アレクサンドラ!ジャスミンを階段から突き落とすとはどういうことだ!」



 ……はぁ?



「ジャスミン嬢には謝罪させていただきます。真に申し訳ありませんでした。しかし、これは不幸な事故ですの」



 階段の上から見ると、床に倒れ、ルシウス王子に抱えられているジャスミンと、それに頭を下げるアレクサの様子が見えました。



「事故で階段の手すりを越えて突き落とすようなことにはならんだろう!害意があったことは明白だ!」


「我が名に誓って、害意はありませんでしたわ」



 わたしは急いで階段を下ります。



「はっ!害意が無いだと!おおかた、わたしとジャスミンの仲を不満に思っての凶行だろう!」



 今だ。わたしは最後の数段を飛び下り、口を挟みます。



「ルシウス殿下ご機嫌よう!殿下はアレクサンドラという婚約者がありながらジャスミンと良い仲だったのですね!」



 わたしは一息で言い切りました。ぜーぜーと息が切れます。



「何だというのだ?不敬な!どこの家のものだ!」



 息を整え、淑女の礼を取ります。



「キャリッジ侯爵家が次女、クリスティ・キャリッジと申します。殿下」


「王子たるわたしの許しなく、わたしの言葉を遮って話しかけるとは。随分礼儀のなってない令嬢だな?」



 ……学校で貴族の礼儀作法持ち出す方が礼儀なってねーってのよ。



「お待ちください!彼女はわたくしを庇ってくれているだけですの!」



 アレクサが口を挟みます。あー、それはダメ。



「ほう、さすが辺境伯令嬢の友人と言ったところか。礼儀のなってない山猿の友もまた山猿か」



 ほらね。



「なんだと……!」


「やめなさい、アレクサ!申し訳ありません、殿下。わたし、新聞部に属しておりますので、つい婚約者がいるのに良い仲なんていうスクープがあるかと勇んでしまいましたの」


「チィ……。そんなでたらめな記事を書いたら分かっているな?」



 わたしは再び頭を下げます。



「ええ、S.F. Timesは嘘の記事で名誉を棄損するようなことは致しませんわ」



 ジャスミンがルシウスの腕の中で、そっと制服の胸元を引きます。



「おお、気づいたかジャスミン!……具合はどうだ?大事ないか?」



 今気づいたってなら、なんで突き落とされたって分かってるのよ。あー、アレクサ完全に嵌められたのね?



ぱんっ!



 手を叩く大きな音、おっとサイモン学長じゃないの。



「これは何の騒ぎかね?」


「サイモン学長!」



 ルシウスが大きな声で、アレクサがジャスミンを階段から突き落としたという事について演説を始めます。



 わたしはこっそりアレクサの傍に寄りました。



「……してやられましたの」


「突き落としたの?」



 アレクサが僅かに首を傾げ、巻き髪がゆらりと揺れます。



「突き落としたと取られる動きをさせられたという感じでしょうか」



 ふむ?



「法廷で正式に争って勝てる内容?魔術痕跡を調査してもらうとか」


「……難しいですわね。ジャスミンは殺気を放って近づき、クロに手を伸ばしただけです。殺気は立証できませんので、不用意に近づいたので打ち払ったことは認められるでしょうが、階下まで突き落としたとなれば過剰防衛も甚だしいでしょう」



 ジャスミンはアレクサが警戒するレベルの殺気を放てるのか、おっかないわね。



「それより申し訳ありませんの。巻き込んでしまいましたわね」



 ふっとわたしは笑みを見せます。



「いいのよ、貸し1つだからね」



 実際、今の話って下手に話が進むと家族に迷惑が掛かりかねないのよね。

 まあ、でも第二王子派から睨まれることよりも、未来の辺境伯に好感持って貰う方が大切なのよ。



「ありがとうございますの。

 借りを作るついでに、クロをお願いしますの。最悪だとわたしが拘束されるか、クロが〈送還〉される可能性がありますので」


「まぁ、流石にそこまではないと思いたいけど……。分かったわ」



 アレクサの背後から黒い棒の沈んだ丸い水槽がこちらにゆっくりと漂ってきます。わたしはそれを受け取りました。



 ……あれ、このなまこも無傷に見えるわね。決闘は結局のところどうなったのかしら?



「クロ、わたくしの代わりに説明を。クリス、クロをよろしくお願いしますの」


「ええ」



 アレクサは、学長室へと連れていかれてしまいました。



 皆、集まっていた生徒たちもその場を離れ、わたしは校庭の隅で寝ていたフラッフィーを起こして寮に戻ります。



 校内を流れる川を渡った時でした。



『クリスティ嬢、少々宜しいでしょうか』



 ん?



 わたしは周囲を見渡します。遠くの方でクラブ活動をやっている生徒たち、道の前方にはフラッフィーがいるだけです。



『クリスティ嬢、わたしです。貴女の抱えるなまこです』



 は?



「えっと、クロでしたっけ。え?念話?」



 このなまこ〈精神感応〉使えるの!?



 驚きのあまり思わず水槽を取り落としましたが、水槽は地面に衝突する前に浮かび上がり、再びわたしの手の中に戻りました。



『おっと、危ない』



 え、ちょっと待って。



「ねえ、あなたアレクサが〈念動〉で動かしていたんじゃないの?」


『ええ、だいたいは自分で浮いていましたが』



 まじかよ。えー……。



「え、このことを知っているのは?」


『直接的に話したことがあるのは、ミセス・ロビンソンとミーア殿、サイモン学長とエミリー殿、あとはアレクサの父君ですか。教師の方々には伝達がいっているかと思います。後はナタリー嬢もですか』



 むう、ナタリーめ。後でとっちめないと。



「なぜ秘密にしていて、なぜばらしたの?」



 クロが少し考えこみます。先を行っていたフラッフィーが、わたしの足が止まっているのに気づき戻ってきました。



『魔術決闘訓練のせいです。手の内をさらさないためですが、女生徒で2連勝したのがアレクサとドロシア嬢だけですので、そろそろ女子には隠しておく必要性が薄れたというのはあるのでしょう。まあ、一応まだ秘密にしておいてくださいね?』



 わたしは頷きます。



「分かったわ」


『それと、今回の件について説明しておくようにアレクサから伝えられています』



 んー……なるほど。わたしも実際、ただのなまこと思っていたしねー。油断を誘うか……。ん?ってことは。



「ねえ、さっきの決闘の結果ってどうなったの?」


『ああ、火竜のザナッドとの決闘ですか?わたしの勝ちですよ』


「まじかよ」



 何の気負いもなく、当然であるように言われたんだけど。



「え、その話は広めたらまずい?」


『そうですね。アレクサの確認は取っていただきたいですが、魔術決闘訓練の最終戦が終わってからなら構わないのではないでしょうか?』


「分かったわ。後で決闘の様子を教えてね」


『ええ』



 よっしゃ、独占インタビューゲットよ。

S.F. Times

サウスフォードタイムズの略。

新聞部が発行する学内新聞。隔週で発行。

要は、りりあんかわらばん的な。

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― 新着の感想 ―
[良い点] わくわくしますね、新聞部の対応が学内の雰囲気にどういう影響を与えるか? 何にしてもアレクサ、大変だ。
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