第27話 父の帰還
結界の向こう側、火竜のザナッドと向かい合うクロ。
その大きさの違いは一目瞭然で、校庭の中央にいるクロは豆粒のようですの。
「クロ……」
わたくしは、両手の指先を口の前で合わせ、祈りを込めて呟きます。
「始め!」
サイモン学長が声を上げられます。
ザナッドが大きく首をもたげます。牙の間に赤い輝き、それを吐息と共に放出いたしました。
〔火炎の息〕ですの。わたくしが先ほど魔力を渡しましたし、全力で〈魔力鎧〉を張れば耐えられる筈……!
しかし、そこからの展開はわたくしの、またお父様や先生方の想像を遥かに超えるものでしたの。
クロは薄い〈魔力壁〉でほんの僅かな時間を稼ぐと、〔領域展開〕で自らの周囲に湧き水のように海を噴出させ、炎を止めました。
なるほど、防御に専念せず、海を作り出して止めるという攻防一体の手段。火竜にとって不得手、海棲生物にとって得手となるフィールドを一手でも早く展開いたしましたのね!
だんだんと校庭を覆っていく海。ザナッドは対抗して〔竜の咆哮〕。魔力を伴った爆音に空気が揺れ、慣れてない先生方の何人かが体を竦めました。フラッフィーたち使い魔が恐慌状態になっていますの。ですがクロは揺るがず。
クロの周囲に召喚円の光が。クロの下には、クッションでしょうか?カラフルな円盤状の物が積み上がり、その上にクロが座しています。ふふ、可愛いですのね。
クロの前には5体のピンク色のなまこが。触手を振って……?全員で五芒星を描きますのね!
今度は沢山のヒトデさんたちが現れますの。
「……〈霊気視覚〉」
わたくしは神力や魔力の流れを見るための術式を使います。
なまこさんに憑依しているクロの霊体が、魔力が、ここにいる全てに分散しているのを感じます?まるで群体の生き物のよう。
ザナッドは爪を振り上げてクロを潰そうとしますが、クロの憑依するヒトデさんたちから魔力が放出されると、横倒しに倒れます。……何をしましたの?
さらに召喚円。今度は大量のウニが。それらが空に浮かび上がると……?ザナッドの眼球を狙って飛んでいきますの。いや、あれ100体以上いますわよね。それを同時にコントロールとか意味が分かりませんのよ?
その間にも海は広がり、校庭に張られた結界にまで達しました。今度は水かさを増していきますの。
そこに無数の召喚円が光ります。クロを中心として、地面に、いや、もう海底と言うべきなのでしょうね?
沢山の花が出現し、地面に巨大な星形を作ります。
「花の五芒星……。違う!?」
あれ、花ではありませんわね!長い花弁を海流に揺蕩わせているのではなく、自発的に動いていますわ!あれもクロの眷属?
その考えを証明するかのようにクロの意識が、魔力が花のような生き物全てに浸透していきます。
「一人で魔術儀式を行使できますの……」
それは美しい光景でした。
〈霊気視覚〉を使っているわたくしの目には、クロを中心として五芒星に植えられた花へと魔力が伝導していく様が見えますの。魔力はクロから隣の花へ、花から花へと移動して五芒星を巡り、星全体が海の中、淡く光り輝いているように見えます。
光が一段と強くなると、それはザナッドの体に。大規模な魔術が行使されたのは分かりますが、特に外見的なダメージはなさそうですの。
「ぐぇー」
ザナッドが悲鳴を上げて頭を垂れます。すると花やヒトデたちが姿を消し、海が水かさを減じて失われ、結界が掻き消えます。
決闘用の結界は術者が解除するか、どちらかが敗北を認めると解除されますの。この場合は、ザナッドが敗北を認めたということなのでしょう。
わたくしはクロへと駆け寄りました。校庭の地面は湿ってぬかるみ、磯の匂いがします。
「クロ!」
わたくしは地面のクロを掬い上げると、顔の前まで持ち上げます。ふむ、外傷はなしですの。
「クロの勝ちですの?」
クロからはいつも通りの泰然とした気配の思念が送られてきます。
『ええ、わたしの勝利ですとも。この勝利をアレクサ、我が主たる貴女に捧げさせて頂きたい』
わたくしの頬が紅潮するのが分かります。
「喜んで!わたくしのクロ!わたくしの誇り!」
わたくしはクロを一度抱きしめると、クロを天に掲げ、その場でくるくると回ります。
わたくしが溢れる喜びを全身で表現していると、お父様とサイモン学長が近づいてきます。
「あー、アリー?どうやら君の使い魔の勝ちということは分かるのだが、どういう決着だったのか教えて貰えるかい?」
わたくしは、ぴたりと回るのを止めてクロに尋ねます。
「クロ?最後の魔術について説明をお願いできますか」
『ふむ、神託の強制ですな。アレクサの言うところの誓約に近いですかね。それを強制させるのに魔力を使いました』
サイモン学長が頭を抱えます。
「誓約を他人に強制させるだと……。強烈な呪いの類ではないのか」
お父様が一歩詰め寄ります。
「アリー、その内容は?」
わたくしはクロを促します。
『死ぬまで敵意を以って棘皮動物を害さない、ですな。これにより、ザナッドはわたしと、わたしの召喚した棘皮動物たちに対して戦闘の継続ができなくなり、彼は敗北を認めたのです』
ザナッドの方を見ます。彼は敗北に悄然とした様子ですの。
「解除条件のない永続効果の呪いの強制……」
学長が膝をつかれます。
「棘皮動物……、今いた生き物たちとすると、そもそも戦うこともないであろうし、まあ、内容的には……まし、なのか?」
と呟くお父様、はっと顔を上げました。
「というか、アリー!なんなのだ、そのなまこの強さは!」
お父様が詰め寄ります。
「尋常な強さではないぞ、それは!」
わたくしは首を傾げます。
「それはほら、神様と言いましたし、ねえ?」
『はい』
クロと頷きあいます。
「……ちょっと待て、アリー。君は『なまこの神様みたいな存在』とさっき言っていたが、神とは言ってないぞ」
お父様が言います。ああ、なるほど。神様のような、神様ではない存在という意味にとられてしまったのですわね。
「お父様。意味が違いますの。クロは『棘皮動物の神様』ですのよ。ほら、『なまこの神様みたいな存在』でしょう?」
「……古代神の上位神格じゃねーか」
『その中での力は低いですけどね』
お父様が学長の隣に膝をつかれます。
車いすのミセス・ロビンソンがミーアさんに押されてやってきました。
「ミス・アレクサンドラは嘘をつかない良い子なのだけど、言葉が一言足りないのよねぇ」
ミセスは笑みを浮かべております。
「むう、気を付けますの」
「ふふふ、それとクロの勝利おめでとう」
「はい、ありがとうございます!」
わたくしは綺麗にお辞儀して見せます。
ミセスがゆるりと指を空中で回すと、地面のぬかるみが乾き固まり、虚空から白いテーブルセットが現れました。
「お座りなさいな、そちらで膝をついているお二人もね」
その後は授業のない先生方を交えてのお茶会になりましたの。今の決闘のお話についてと、主にアイルランドの戦況についてのお話をしましたわ。
ポートラッシュの領兵たちも、わたくしや義兄様が不在である中、被害少なく良く守ってはいるようですの。
お父様は突撃型戦術の使い手なのですが、戦場を攪乱させてからの守勢に回るのも得手とされているのですのよね。このあたりの戦術眼はわたくしには無いものですわ。
「さて、名残惜しいがもう立たねばならん」
お父様が机に手を置きます。
「今から飛ばせば夜半までにはポートラッシュに着けるだろう」
「残念ですの」
「まあ、アリーに会えて良かったよ」
お父様はわたくしを抱きしめます。
「ええ、わたくしも。道中の無事をお祈りしますわ。ポートラッシュの皆様にもよろしくお伝えください」
わたくしもお父様の胴をぎゅっと抱きしめて離れました。
「必ず伝えておこう。……クロ殿」
お父様はテーブルの上のクロに向き直りました。
『なんでしょう?』
「本日の非礼を改めて謝罪させていただきたい。そして我が娘、アレクサンドラをよろしく頼む」
お父様は頭を下げます。
『謝罪するまでもなく、わたしは非礼には感じておりませんよ。ですが我が主たるアレクサンドラに関しては、我が身、霊魂、神格の全てを以って、仕えていくことを誓いましょう』
「クロ……」
「かたじけない。サイモン学長、ロビンソン寮長、それにここにおられる皆さん。我が娘、アレクサンドラは歩く非常識といった存在である」
お父様がみなさんに伝えると、全員が頷きます。ちょっと!
「だがまあ、無垢で善なる性質の娘でもあるのだ。良く、導いてやってください」
「承った」
「ええ」
皆さんが再び頷かれますの。……もう!
お父様はザナッドの方へと歩んでいきます。途中、ふと足を止め、腰の魔力袋に手をやりました。
「ああ、あとお土産だ」
といってお父様は袋から茶色いトランクを1つ取り出すと、地面に置きました。
「後で開けなさい」
「ありがとう!」
わたくしはもう一度お父様に抱き着きました。
お父様はわたくしの頭をなでると、ザナッドに跨ります。
「ではな!色々と面倒もあるかと思うが、アリーの良いと感じた道を歩みなさい!わたしは、ポートラッシュの民は必ずやアリーを支持するだろう。……いくぞ、ザナッド!」
ザナッドが翼をゆっくりと羽ばたかせ、体がゆっくりと持ち上がっていきます。
わたくしは左手でスカートを押さえつつ、大きく右手を振りました。お父様はわたくしに一度手を振ると、正面を向き、北へと飛び立ちます。
竜の姿が小さくなり、校舎の向こうへと消えていきます。
「アレクサ、授業にいくにゃ?」
ミーアさんがわたくしに声をかけましたの。
「えーと、そうですわね。一応まだ時間はありますし、顔を出してこようかと思いますわ」
ミーアさんが手を出します。
「トランク、預かるかにゃ?」
「あ、そうですわね。ありがとうございます!」
わたくしは、ミーアさんにトランクを預け、急ぎ足で校舎に向かい、階段を上り……。教室に向かう途中……。
「こんにちは。アレクサンドラさん」
そこで、わたくしを待ち受けるジャスミンと対峙しましたの。
ラスト、ヒドい切り方である。
ξ˚⊿˚)ξ <どうなりますのー!?
前半は戦闘をアレクサ視点から。
運への介入とか、精神系は、外から見てると何かやられたことは分かるが、何をやられたのかは分からないという演出です。




