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なまこ×どりる  作者: ただのぎょー
第2章 119年1月~魔術決闘訓練
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第26話 Namako & Dragon

 さて、先ほどはあのように言ったが、火竜は決して侮れる存在ではない。



 ましてザナッドと呼ばれたあの竜は若い竜であるものの、使い魔として主たるアレクサの父からの魔力供給を受けているのだろう。同年代の竜に比してその魔力は明らかに高い。

 体格の良さ、体躯の傷を見ても多くの戦いの場を踏んだに違いあるまい。



 こちらに無関心に地面に寝そべる竜。

 その体躯は今のわたしの何倍なのか。数える気にもならぬ。



 その炎、牙、爪。いや、そんな攻撃的なものでなくとも、体のどこかが触れただけでこの肉体は消し飛ぶだろう。



『……だが、それがなんだというのだ?』



 アレクサの魔力がわたしの憑依するニセクロナマコ君の内側に渦巻くのを感じる。

 そして、わたしの神としての器にアレクサの祈りが注がれるのを感じる。



 アレクサの方に意識を向ける。

 結界の外に立つ彼女。不安そうに口元の前で5本の指先を合わせている。風に吹かれて揺れる巻き髪はウミユリのように彼女をいつになく儚い存在にみせた。



「クロ……」



 アレクサが、彼女が与えてくれたわたしの名を呟く。



 わたしの身を案じ、わたしの勝利を信じ、願う気持ち。……ああ、これが人の、巫女の祈りか。



 想いによって神と言う存在は成立できる。そして祈りが神の力の源である。



『負ける気がしないな。たとえ古龍を相手取ったとしても』





「***!」



 結界の外に立つ、魔力量の高い老境の人間が叫ぶ。

 ああ、アレクサからの魔力供給が途絶えたから〈超加速〉が切れたのか。



 まあ決闘開始と言ったのであろう。



『〈加速〉』



 ザナッドなる若き火竜が首を持ち上げ、首を左右に振る。



 ……そもそも敵がどこにいるか認識できていないのでは?大きさの比としては、人が芋虫や蟻と戦えと言われているに等しいだろう。



 こちらが先制で攻撃しても良いが、決闘だからな。正々堂々と戦い、アレクサに名誉を捧げねばならぬ。



『ここだ、君の前の地面の上だよ。ザナッド君』



 思念を送ると、竜の首が天を覆うようにわたしの上方に位置し、影を落とす。

 わたしの体よりも大きい黄色い瞳がわたしの姿をとらえた。



 ふむ、やっと互いを認識したか。では決闘といこう。



 ザナッドは口を少し開けると鋭い牙の隙間から〔火炎の息〕をはく。



『〈魔術壁(Magic Wall)〉、〔領域展開〕』



 魔力でできた薄い膜のようなものが両者の間に現れ、炎を一瞬だけ受け止めると、炙られて溶け落ちる。

 だがその一瞬の間にわたしの体から滲むように海水が溢れていき、そこに炎が当たった。



 それだけである。



 単純な話だが、彼はわたしを舐めてかかっているのだ。まあ、それこそ芋虫に全力で殴り掛かる人がいないように。わたしを神と知覚していなければ当然の反応ではあろうけどね。



 炎にほんの数秒当たっただけで、海は沸騰しないのだよ。



 わたしの体からは海が溢れ出し続けている。



 今の一発目から〔溶岩の息〕を撃てばこの肉体は破壊されたかもしれない。〔竜の吐息〕で魔力を込めた息であれば神の存在にもダメージを与えられたかもしれない。



 だがもう遅い。



 ザナッドはわたしが健在であることに困惑したような素振りを見せる。

 不測の事態に困惑するあたりがまだ若いなあ。その間にも我が領土たる海は広がっていくぞ?



 ザナッドは大きく息を吸い咆哮した。〔竜の咆哮〕。轟音に魔力を乗せた、生物を畏怖させ、魂を削る咆哮。



 結界の外にいる人間が怯え、木々が揺れ、小動物が逃げ惑うのが知覚できる。アレクサや彼女の父は……平然としているな。



 クロナマコ君は聴覚が無いんだよ。海水の揺らぎとして知覚したくらいか。問題なし。そして本来、幽霊などの精神体には〔竜の咆哮〕は効果的なのだが、神であるわたしを恐怖させるには、ザナッド君では絶望が足りない。せめて数万年は孤独を感じていて欲しいものだ。そうすれば咆哮にも深みが出るのだけど。



 さて、一方のわたしが憑依するクロナマコ君。正直言って大規模な魔力行使には向いていない。人間程度のサイズならともかく、竜に対して術を使ったとしても弾かれるのが関の山だろう。



 ではどうするか?一匹では無理なら、大勢でかかれば良いのだ。術者を増やして、儀式化してしまえばいい。



『我、クロは“泳がぬ海の王”なり。王というあざなを以って権能を行使する。〔王は臣下を召集す〕』



 わたしの体の下に10cmほどの茶色や緑色をした、円盤状の生き物が現れる。中央部が盛り上がった円盤の背には五弁の花、極東の神が好む桜のような模様が刻まれている。



 ウニの仲間、タコノマクラ(Clypeaster Japonicus)君だ。



 彼らを何枚も呼び出してはクッションを積み上げるように重ね、その上にニセクロナマコ君の体を置く。これがわたしの玉座。



 その前に傅くように5体のピンク色のナマコ。センジュナマコ(Sea Pig)君たちだ。その名の通りピンク色の体をしており、体の下方向には10本の脚。背中には4本の長い触手。全員が口のある方をこちらに向け、わたしに敬意を向ける。



『君たちの体を貸してもらいたい。異論は?』


『…………』



 よし。わたしは意識を分散し、クロナマコ君の中にありながら、同時に彼らに憑依する。



 彼らの背中に生える長い触手を操り、五芒星(Pentagram)を海中に描く。



 そう、五芒星。我が眷属たる棘皮動物は、全ての動物の中でも極めて特異な五放射相称を有する。ヒトデの姿を見よ。タコノマクラの背中の模様を見よ。一目瞭然であろう。



 それが何を意味するか。そう、我らは存在そのものが魔術に適性があるのだ。

 確かに口が無い故に詠唱はできない。複雑な身振りもできない。だが、その体そのものが魔術印として使える動物は他にはいないのだよ。



『〔王は魔術師を召集す〕』



 虚空より25体のヒトデがわたしから見て右手に、25体のクモヒトデがわたしから見て左手に出現する。



 ヒトデの形は五芒星そのもの。クモヒトデの形、中心の小さな五角形から長い脚を五本伸ばすその姿は(The)神の(Elder)(Sign)そのものだ。



 ザナッドが右前脚を高く上げ、その強大な手を、鋭い爪を我々に叩きつけようとする。



『我、クロは“水底の守護者”なり。字に含まれる底という言葉もまた我が権能の及ぶ範囲、汝が運勢は底である。〔運命改竄〕』



 ザナッドが踏み出した左前脚、その下の地面は海水によりぬかるみ、泥となっている。右前脚を振りかぶった際、軸足となった左前脚に体重がかかると、足が滑り、ザナッドはそこで転倒した。



 地面が、結界全体が衝撃で揺れる。



 神の権能は1つであり続けることは少ない。それは神の長き生によって、あるいは人の想いによってねじ曲がったり増えたりするものである。



 分かるだろう?世界の太陽神は多くが光の神を兼ね、光の神は善や秩序の守護者となる。あるいは夢の神で祭司たるクトゥルフは、水の神でもあるのだ。



 わたしとて、ただ棘皮動物の神をやっているだけではないのだよ。ある程度は海そのものも操る事が出来るし、派生概念として運命にも介入できるのだ。



『〔王は兵士を召集す〕』



 125体のウニが正面に、センジュナマコ君の背後に出現する。



『多重発動〈念動〉。全員、目を狙え』



 ウニたちが棘を緩やかに振る。それを敬礼の代わりとして飛び立ち、竜の瞳を目指して飛んでゆく。



 ザナッドは目のまわりを飛び回る刺の塊を嫌って、首を、前脚を、翼を振り、ウニを叩き落そうとする。



 そしてその間にも海水は結界の端まで達し、今度は水位を増してきている。そう、我が領土が広がり続け、彼の領土は減っていくのだ。



 さて、総勢50体のヒトデ君たちに魔力を通し、センジュナマコ君たちの触手でさらに魔法円を描く。



『〔王は民を召集す〕』



 625体のウミユリがもはや海底と化した地面から生えてくる。あたかも水中花のようなその生き物は、決して植物ではなく我が眷属、それも棘皮動物の祖たる動物である。



 彼らを1辺につき125体の巨大な五芒星状に配置し、五芒星の中央の五角形の中にはわたし。これで巨大な魔術回路(Circuit)の完成である。



 回路全体に魔力を流す。わたしが憑依しているクロナマコ君一体では保持できない規模の魔力と神力を、この場の700体を超える棘皮動物たちで分担するのだ。



 飛び回ってくれていたウニを退去させる。ザナッドがこちらを見た。竜の表情に詳しくはないが、それでも彼の顔には驚愕か恐怖の感情が浮かんだのだと思う。



 ザナッドは大きく息を吸い込み、〔竜の吐息〕を吐く。



『多重発動〈魔術壁〉』



 わたしとヒトデ、クモヒトデによる51層の魔力の障壁が〔竜の吐息〕を受け止め、そして海水が炎の勢いを消し、神に傷を与えることのできるほどの炎も、結局こちらに届くことはなかった。



 ザナッドは逃げようとしたのか翼を広げるが、もはや体の大半は海の中にあり、そもそも結界が張られていては逃げられまい。



 ここまで準備できればもう生殺与奪はわたしの手の中にある。



 ザナッドを星辰の封印の中に閉じ込め、2万5000年くらい眠りにつかせることもできるが……アレクサの父上の使い魔を封印する訳にもいかないし、……どうしようか。



 えーっと、ああ、あれだ。あれにしよう。



『汝の魂に神託(Oracle)を刻もう。汝、今後の生において、敵意を以って棘皮動物を害すこと能わず。この言葉を受け入れるや否や?』



 ザナッドはぐぇーと悲壮な鳴き声を上げてそれを受け入れた。



 彼の胸に五芒星の刻印が刻まれる。



『よし』



 わたしは領域を解除し、眷属を、海をひかせた。

 ザナッドが首を垂れる。



『わたしの勝利だ。この名誉を我が主、アレクサンドラに捧ごう』

棘皮動物沢山出せて嬉しい。


タコノマクラ

名前が可愛い。ふっくらした円盤状デザイン。

ウニの仲間。


センジュナマコ

いや、キミエイリアンでしょ?ってデザイン。

キモカワイイ。

ピンク色の全身。足が10本~あり、背中に長い触手が頭側と尻側に2本ずつあるんだが、何に使うのか良く分かってない。

とりあえず魔法円とか空中に描くのに今回は使用。


唐突なクトゥルフ要素。

まあ、この世界観なら「存在する」。

別に今後登場する訳ではないです。


旧神の印はラブクラフトのデザインの方(ダーレス版ではない)。クモヒトデって足伸ばしてれば形がそのものだよね。

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[一言] ナマコ強し…!! (;'∀') すげぇ ☆彡☆彡☆彡
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