第23話 うぉーにん!ひゅーじもんすたーいずあぷろーちんぐ!
今日は久しぶりになまこを食せて幸せな筆者である。
もにゅもにゅもにゅ。
クリスがうざいですの。
「ねー、アーレークーサー、誰よー。誰が好きなのよー。教えなさいよー」
授業が終わってから延々わたくしにまとわりついてきますの。
「お姉さまー。わたしにも教えてくださいよー」
聞こえる声で言うからナタリーまでついてきますし。
夕食後、早々に部屋に退散したのですが、部屋にまでくっついてきましたの。
寮の扉に鍵はついていませんからね。
「ほら、もう消灯時間になりますのよ。出て行ってくださいまし」
ベッドに腰かける2人からはぜったいひかないぞという意思が見てとれます。
「……だいたい、伝えたところでどうなるというのです。わたくしはルシウスと結ばれる気はちゃんとありますのよ?」
クリスが手を上げます。
「結婚と恋愛は別!」
ナタリーが手を上げます。
「お姉さまと恋バナしたいです!」
わたくしはため息をつきます。
「想いを募らせてどうするというのです。ルシウスと結ばれるのが苦しくなるのは嫌ですのよ?」
二人とも、うっと言葉に詰まります。しかし、すかさずクリスは手を上げました。
「なんですの、クリス」
「はい、先生!今日の昼のルシウスとの話だと、恋人たちの日に結論が出るはずです!」
「先生ではありませんが、まあそうですわね」
流石に、そこで引き延ばすような真似はなさらないでしょう。
「ぶっちゃけて聞くけど、そこで婚約が破棄になる可能性はありそうですか!」
わたくしは少し考えます。
「冷静に考えていただければ、ありえませんわ」
ナタリーが手を上げます。
「はい、ナタリー」
「アレクサお姉さま先生!それはなぜでしょうか?」
もはや呼び方がなんだかわかりませんの。
「この婚約、陛下からの打診ですのよ?それを向こうから断ったら王のメンツが潰されるどころの騒ぎではありませんわ。
あと、ルシウスはポートラッシュに婿入りする形での話でしたのよ。この話無くなったら、どこへ行きますの?ジャスミンって少なくとも上位の貴族家ではないですわよね?」
クリスが頬に指をあてて答えます。
「フォンテーンとかいう北方の男爵家だったかな。わたしも良く知らないんだけどね」
「えー、流石に男爵と王子じゃ釣り合わなくないですか?」
とナタリー。
「だから冷静に考えていただければあり得ないと言っているんですのよ、ナタリー。
ただまあ、今日の様子ですとねぇ」
クリスが手を上げます。
「アレクサ、婚約が継続されることとなったらあなたの秘めた想いに干渉はしないわ。恋人たちの日まで、この件を騒ぐこともしない。でも、破棄されることになったらあなたの想い人を教えてくれる?」
真摯な眼差しですの。
「……まあ、それくらいなら……?」
というと、クリスはにやりと笑って立ち上がり、
「はい、言質取ったー!出るわよ、ナタリー!」
「は、はい!お、おやすみなさい、お姉様!」
といって、ナタリーと共に部屋から出ていきました。
『一本取られましたね』
クロの声です。
「もう、……もう!」
それからの日々は表向き平穏に過ぎていきました。
言い換えれば進展が無いということにもなりますけど。
寮の誰かが見に行ってくれるのですが、ルシウスは相変わらずジャスミンといちゃついているらしく……。どうする気なのでしょうか、本当に。
そして1週間が経ち、再び魔術戦闘訓練の時間を迎えます。
わたくしが軽く腕の筋肉をストレッチしながら準備していると、どうにも男子生徒たちの視線を感じますの。
んー。怯えですかねぇ?
お、テッドとグライアスですのね。手を振ります。
グライアスが頭を下げます。……ふむ。
とことこと近づいて話しかけます。
「グライアス、おひさしぶりですの、ふふ、テッドも頑張っていますわね」
「グァゥ」
「あ、やあ。アレクサ」
「1週間前より魂絆が太くなっていますの。ちゃんとお話できましたのね」
テッドは照れたように頬を指で掻きながら答えます。
「先週、アレクサとクロに負けて思ったんだ。グライアスを恐れていても仕方ないんだと。
僕が恐れていたよりもっと怖いものが世界には存在し、彼はそれに立ち向かう仲間となるべき存在なんだと。
だからありがとう、アレクサ」
わたくしはうんうんと頷き、ん……?
「それだとわたくしが怖いように聞こえるのですが?」
ぶんぶんとテッドとグライアスが手を振ります。……まあいいですわ。
「おはよう諸君」
チャールズ先生ですの。
いつも通りせかせかと歩き、壇上に登ります。
決闘に臨む際の注意を述べられ、対戦相手の発表ですわ。
「ではスイスドローの2回戦だ。……第一コート、アレクサンドラとパメラ!」
「はい!」
「ひぇっ!」
パメラさん……フェンダー寮の方ですわよね。
んー、痩せ型で、あまり運動は得意そうには見えませんの。使い魔は狼さんですか。大切に扱われているのか、野生のものより毛皮がふかふかですのね。魂絆もしっかりしていますし、良いパートナーなのでしょう。
先生の方をちらりと見ます。
「クリスティからのアドバイスでな。アレクサは女性を当てた方が手加減するから、酷いことにはならんだろうと」
むう。クリスめ。余計な助言を。クリスの方を見ると、目を逸らされます。
コートへと向かいながらクロと軽く打ち合わせ。
『クロ、開始早々にわたくしが狼さんの動きを止めますので、防御魔法をお願いしてよろしいでしょうか?』
『了解です、アレクサ』
「我が名はアレクサンドラ・フラウ・ポートラッシュ。使い魔クロを従え決闘に臨む」
「我が名はパメラ・マルール。使い魔ルーガルを従え決闘に臨む」
2人で作法通りに名乗りを上げます。
「始め!」
先生が高らかに宣言されます。
『〈魔力鎧〉』
クロからの補助魔術が体を覆います。パメラさんはバックステップして一歩下がりますの。
狼を前に、本人は後ろにですか。まあ、基本的なフォーメーションですわよね。
「〈拘束〉!」
足元から蔦が絡みついてきます。ふむ、植物系の拘束術式ですのね。
物理的拘束ですから一度絡みつくと解呪できないというメリットはありますが、ちょっと発動がゆっくりで避けやすいようにも感じますわね。
蔦がわたくしの太腿あたりまでを覆いました。ちょっとくすぐったいですの。
「行って、ルーガル!」
狼さんがこちらへと意識を向けます。
「はぁっ!」
そのタイミングで魔力を放出、魔術にはせず指向性だけ持たせて狼さんに向けて放ちます。
キャンと悲鳴を上げて狼さんの動きが止まり、すごすごと後退して行きますの。
ルーガルはパメラさんのさらに後ろへ。
「ちょっと、ルーガル!もう、〈石弾〉!」
土属性の射撃術式が胸元目がけて飛んできますの。
防御魔法を重ねて拳に。
「シィッ!」
撃ち抜きます。ん、下半身が縛られているので踏み込みが甘いですが、それでも石を砕くくらいは余裕ですの。
下半身をかためているなら、膝あたりを狙えばいいですのに……ああ、本来は狼さんが下半身を攻撃するから射線を開けていたんですのね。
立て続けに石弾が飛んできますが、全て撃ち落とします。
「ちょっと、なんで素手で撃ち落とせるのよ!……こうなったら!」
パメラさんが文句を言ってから、詠唱と両手で魔術印を描き始めます。土属性か植物属性の大魔術ですのね。
使えるのは素晴らしいですが、狼さんをこちらにけしかけられていない状態で長時間詠唱は悪手でしょうに。
「クロ、何か投げるものを」
わたくしの真横までクロが浮いて移動してきますの。
『はい、〈眷属召喚:キンコ〉』
クロの入っている金魚鉢の底に召喚円が発生し、そこから丸々とした黄色いナマコが落ちてきます。
……びっくりするほど丸いですのね。ラグビーボール?
それを右手ですくい。振りかぶって。
「そおぃ」
投げました。キンコさんはきれいな放物線を描き、パメラさんの顔面に。
べちゃり。
「ひぃい」
悲鳴と共に詠唱が中断されましたの。
「クロ、おかわりですの」
『〈眷属召喚:キンコ〉』
「そおぃ」
わたくしは次弾を投擲し、パメラさんの悲鳴を聞きつつ脚を拘束している蔦を引きちぎり、そのままパメラさんの前まで歩み寄ります。
その間、パメラさんから石弾が飛んできますが全て拳で撃ち落としました。
目の前のパメラさんに杖を突き付けます。
「こ、降参よ!」
わたくしは、にっこりと笑みを浮かべて頷きました。
これで2連勝ですの。
さて、今日は戦闘後にサイモン学長に連れて行かれることもなかったので、みなさんの戦いを見ることができますわ。
んー、ドロシアは純粋に火力と連射性に優れていますわね。女子では一歩抜きんでているでしょう。ルシウスの取り巻きたちもなかなかでしょうか。えーっと、キースともう一人なんとかさん。
ルシウス自身も勝ち進んでいますわ。ええ、優秀ではあるのですのよねぇ。
さて、授業も終わりましたの。
一応、機会があるのであればルシウスともお話しなくてはなりませんかね。
わたくしがルシウスの元に近づこうとしたその時でした。
雷が落ちたような轟音と、空に走る光。そして硝子が砕けるような音。ああ、初めて見ましたが、学校全体に張られていた魔術障壁が破られたのですわね。
僅かに地面も振動し、そして感じる巨大で攻撃的な魔力。
さらに咆哮!これは竜種のものですわね!
ん?これは……。
みなさん、うずくまったり、悲鳴をあげたりします。
チャールズ先生が落ち着くよう叫びました。
みなさん、あわてて防御の姿勢を取りますの。
そうですね、殿下の取り巻きはもっと急いで殿下を守りにいかねば。ディーン寮の面々は咄嗟に円陣を組んでいますわね、優秀ですの。
「アレクサ!」
クリスが叫びます。後背と左右を友に預け、小脇にフラッフィーを抱え、正面に杖を構えておりますの。
「はい、クリス?」
「これは何?」
「なぜわたくしに聞きますの?」
「あなただけ落ち着いているからに決まってるでしょう!」
わたくしは周囲を見渡します。
「……成程、確かに」
「納得してないで答えなさーい!」
わたくしは〈光〉の術式を使用、色を桃色に変化させて真上に向けて放ちます。20mほどの高さで〈閃光〉の術式を使用。
光がはじけ、桃色の光、ポートラッシュ領軍における、わたくしの識別用信号色が周囲を染め上げます。
「ええ、お父様ですの」
なまこの豆知識ー。
キンコ
金のなまこなのでキンコ。中国語だと光参。
砂金の精霊が姿を変化させてキンコになったんだってさ。びみょーな伝承ですね。
生殖腺がライトイエローなので金を取り込んでその色になったのだとかそんな話。
色は黄色から茶色。20cmくらいで丸々としたフォルム。体の縦方向に5本のラインがキレイに入ってるものもいる。樹手目に属し、立派な触腕が10本。
顔面に突然投げつけられたらまず間違いなく悲鳴をあげると思う。パメラさんマジ合掌。




