第21話 ぜったいいつかなぐってやりますの!
結局、学長とのお話の後、授業中には戻れませんでしたの。
次の授業中に戻りましたが、年始の雑談などしていて、特に授業は進んでいない様子でしたの。その後は問題もなく普通に授業を終えて、昼休み。
わたくしは急いで寮に戻ります。
食堂でミーアさんが出迎えてくれます。ミーアさんの尻尾が揺れます。
「アレクサ、おかえりにゃー」
わたくしは鞄をいつもの席の上に置くと、ミーアさんの元に向かいます。
「ただいま戻りましたの、ミーアさん。ちょっとこの後用事がございまして、申し訳ありませんが、ランチを急いでいただけますか?」
「おや、珍しい。分かったにゃー」
ミーアさんがプレートにランチを用意してくださいます。
今日のランチはバケットサンドにサラダ、果物はリンゴとミルクが並んでいますの。ん、チキンとレタスのバケットサンドは当たりですわね!
「ありがとうございますの、ミーアさん。わたくし、ミーアさんのチキンサンド大好きですのよ」
「あはは、アレクサは肉食系にゃー」
わたくしは席にランチを持っていき、食べ始めます。
もぐもぐもぐ……。
寮の玄関の方が騒がしくなりました。みなさん、戻ってきたのでしょう。
「あれー?アレクサもう食べてるじゃん!」
クリスの声です。食堂の入り口から声をかけてきましたので、わたくしが片手を上げると、こちらに寄ってきます。
「なによう、普段は一緒に戻ってくるのに、授業終わって、気づいたらもういないし」
「ちょっとこの後わたくし所用がございまして」
席がだんだんと埋まっていきます。クリスもミーアさんの元へとランチを取りに行き、改めてわたくしの右隣へと座ります。
「なによ、アレクサ、声もかけずに戻るなんてひどいじゃない」
食堂内ががやがやとしてきましたの。
「ごめんなさいね、クリス。ちょっと急いでおりますの」
左隣の席にスーザンが座り、話しかけてきます。
「さっきサイモン学長に呼び出されてた話?」
わたくしは首を振り、最後のリンゴを食べ終えます。
「いえ、その件は解決したのですが、そのせいで時間が取れなかったというか……ごちそうさまですの」
ナプキンで口を拭います。
「じゃあなに?」
「ちょっとルシウス殿下と話してこようかと思いまして」
食堂のみなさんの動きがぴたりと止まります。
「……どうしましたの」
みなさん首を振ります。
「……?というわけで、行ってきますわ」
クリスが言います。
「あー……ついていった方がいい?向こうは取り巻きもいると思うけど」
わたくしは立ち上がります。
「大丈夫ですのよ。わたくしにはクロもいますしね。心細くはありませんわ。みなさんはゆっくり食事を楽しみになって」
〈念動〉で浮かび上がったクロを連れ、食堂を後にします。
「アレクサ!」
食堂を出るとき、クリスに呼び止められました。
「気を強く持って、あと王族には手を出さないこと」
わたくしは頷いてディーン寮を後にします。
ルシウス殿下は昨年から寮でランチをとらず、ほぼ学内の喫茶店でランチをとっていたとのこと。学内に生徒用の喫茶店は2つありますが、オープンテラスのあるところと言っておりましたから、喫茶ヴォックスですわね。
てくてくと木枯らしの吹き抜ける並木道を歩いていきます。
並木の葉は茶色く乾き、空は白く雲に覆われています。遠くからはブラスバンド部の練習する音が聞こえます。幅が1mほどの小川にかかる橋を渡るとヴォックスの建物が見えてきますの。
茶色い菱形のタイルで前面が覆われた瀟洒な箱型の建物、左手は生垣があり、内側は一段高く、オープンテラスとなっています。
は?この寒いのに、ルシウスたちオープンテラスで食事していますの?まあそちらに向かいますか。
オープンテラスに入りますの。何か不可視の薄い膜を通り抜けたかと思うと、暖かい空気に包まれます。
ああ、誰か結界術で空気を遮断して暖めていますのね。
オープンテラスは閑散としていますが、その中央の卓には4人の男女、卓上にはティースタンドにサンドイッチとマカロン、小さなケーキなどのスイーツが。
ルシウス殿下と、おそらくジャスミンと言う女性、それにルシウス殿下の同級生である、何とかという騎士団長の何とかという息子と、魔法師団副長の何とかという息子が座っていました。
腰に剣を差している騎士団長の息子の方がわたくしに気づき、ルシウス殿下に声をかけます。
ルシウス殿下の眉が顰められました。
「ごきげんよう、ルシウス」
わたくしは礼を取ります。
「アレクサか」
顔を上げ、ルシウスの隣に座る女生徒を見ます。彼女がジャスミンですのね。
背丈は低めで、少し濃い肌の色に、黒髪のロングヘアー。顔もすっきりと小さく、柔和でおとなしそうな顔立ちです。
クリスはわたくしの方が美人と言っていましたが、可愛い女の子だとは思いますわ。こういった顔立ちを好む男性も多いかと思いますの。
ほっそりとした肩から伸びるその手はルシウスの二の腕へと伸び、ルシウスの左腕を体の正面に巻き込んでいます。
ジャスミンは胸についている脂肪をルシウスの左腕に押しつけていますわね。
ジャスミンの視線がわたくしの視線と交わり、一旦視線が下がり、再び交わります。そしてルシウスから見えない左頬のみを歪めて嘲笑を表情に浮かべました。
くっそ、この女郎、敵ですわね。
「ルシウス、隣の女性をご紹介いただいても?」
「あ、ああ。ジャスミンだ」
「フェンダー寮の3年、ジャスミンと申します。アレクサンドラさん」
鈴のなるような可愛らしい声で自己紹介されます。ジャスミンが頭を下げると、抱きかかえたままのルシウスの左手によって、胸が潰れます。あ、しかもこいつ、わざとワンサイズ小さい制服着てやがりますわね!ボディラインを強調しにいってますの!
「ディーン寮4年のアレクサンドラ・フラウ・ポートラッシュですわ。初めましてジャスミン嬢」
わたくしが礼をすると、ルシウスが再び眉を顰めます。
「ところでアレクサ、その後ろの者たちはなんだ」
わたくしが後ろを振り返ると、すぐ後ろにはなまこのクロ。
そして少し離れたところに、三毛猫、黒猫、毛玉うさぎ、蛇、ふくろう、からす、とかげ、かえる、りす、ねずみ、二尾狐。
「……まったく、大した覗き屋どもですの」
ディーン寮の小型使い魔勢ぞろいってところでしょうか。〈知覚共有〉でこちらを見ているのでしょう。
三毛猫を捕まえます。首元には赤い鈴の首輪。
「ミーアさん?仕事しないとミセスに怒られますよ?」
三毛猫さんはわたくしの手の中でそっぽを向きます。
わざわざ〈変身〉の術式まで使って……というか、獣人の固有魔法ですかね、それを使って見に来るとは。
ふふふ、ミーアさんが逃げられないうちにもふもふしてやりますの。わたくしから逃げない小動物は希少ですからね。
迷惑そうな顔の三毛猫さんを少々堪能し、胸に抱きかかえて ルシウス殿下の方に向き直ります。
「わたくしの取り巻きですの。お気になさらず。
さて、ルシウス殿下。わたくしから殿下に話したいことは2つ。1つは新年の宴の件について、もう1つは今後どうするかについてですの」
「アレクサ!わたしもお前に言いたいことがある!」
ルシウス殿下がこちらに右手を突き付けてきます。
「……なんですの?」
「お前、ジャスミンに嫌がらせをしているだろう!」
……何言っていますの?
わたくしが首を傾げると、魔法師団副長の息子がこちらに話しかけてきます。
「最近、ジャスミン嬢の物が隠されたり、汚されたりしているという話だ」
「それにわたくしが関与しているとでも?」
男3人が頷きます。ジャスミンはルシウスの肩に頬を寄せました。
「わたくし、ジャスミンとは先ほど初対面の挨拶を交わしたばかりですが?」
ルシウス殿下が鷹揚に頷きます。
「だが、人を使って行わせることはできる」
「馬鹿馬鹿しいですの。ただの憶測では話になりませんわ。せめて証拠くらい集めてから言ってくださいまし」
「だが、アレクサ以外にジャスミンに嫌がらせをしようなどと考えるものがいるはずない」
わたくしは頭を振ります。
「他人の婚約者、それも王族に色目を使い、抱き着くような女性に警告しようと思う人は沢山いると思いますわ」
ジャスミンを睨みます。
「きゃ」
ジャスミンは可愛く悲鳴を上げると、ルシウスにきつく抱き着きます。可愛くないものがさらに変形しますの。
「ジャスミンを虐めるな!」
ルシウス殿下の声、わたくしも思わず呆れた声がでます。
「苦言を呈するのと虐めるのは全く異なりますの、殿下」
ルシウス殿下、こんなに愚かであったでしょうか?恋は人を変えるのかしら?チラリとジャスミンの方を眺めます。
「それに、その使い魔だ!」
殿下は続けてクロのほうを指します。
「そんなおぞましい形の使い魔、王族の配偶者として相応しくない!」
……なんだとてめえ。
『アレクサ!落ち着いて!』
クロの声が脳内に響きます。
『わたくしは、わたくしの、使い魔を、けなされて、黙っているほど、温厚ではありませんのよ』
『そのお気持ちは嬉しいです!が、挑発です!』
「…………〈魔力感知〉」
ルシウス殿下はじめ、ここにいる4人の体から、かなりの数の魔道具の反応。
『……クロ、ありがとうございます』
普段抑えている魔力を開放します。
腕の中のミーアさんが毛を逆立て、ジャスミンがこちらに警戒の視線を向け、ルシウス殿下が顔を引きつらせ、殿下の取り巻きが腰の剣や杖に手をやり、使い魔の動物たちが慌て、クロは反応を見せず、ジャスミンが怯えた様子でルシウス殿下の腕に胸をさらにおしつけて「きゃ、怖い」と呟きます。
ふむ。変形しやがって。
わたくしは剣に手をかけた者を正面からみつめます。
「なんとか騎士団長の息子のなんとかさん。腰の物を抜きますの?」
「なっ……わたしの名はキースだ!」
キースと名乗った男が抜刀の体勢に入ります。遅すぎますの。
「抜いても構いませんが……抜いたら命の保証はいたしませんわ」
「挑発するなアレクサ!キース、剣から手を離せ!」
ルシウス殿下が声を挙げ、キースは後ずさり、ルシウスの隣に立ち、剣から手を放します。
わたくしはゆっくりと右手を上げ、指を3本立てます。
「殿下、選択肢は3つです。
その女から手を引くか。わたくしと結ばれた上で、その女を妾とするか。わたくしとの婚約を破棄するかです」
「なっ、ジャスミンと別れたり、彼女を日陰の者とできる訳ないだろう!」
「ルシウス様……」
ジャスミンが体をくねらせてルシウスの名を甘く囁きます。いちいち変形させるんじゃありませんの!
「つまりわたくしとの婚約を破棄するということでよろしいですのね?では父に伝え、陛下に奏上させていただきますわ」
鼻の下を伸ばしていたルシウス殿下が慌てたようにこちらを制止します。
「待て、アレクサ!」
「……何か?」
「今伝えられてはジャスミンと別れさせられるだけだ。下手をするとジャスミンが暗殺される虞もある。さすがにそこまではお前も望みはすまい」
ルシウスの肘の下で変形しているそれを見ます。
……このめろう、ぶっころしてぇ。
「まぁ……そうで、す、わね」
「だからしばし待て、ちゃんとした結論を出そう」
ルシウスをじっと見つめます。冷たい風がわたくしの頬を撫でました。先ほどのわたくしの魔力放出で、張られていた結界が割れたのでしょう。
「……一月待ちましょう。恋人たちの日までに結論をお出しください。
そこでも彼女と共にいるようであれば、どのみち周囲も完全にこの婚約は破棄されると見做すでしょうし。
よろしいですね?」
「わ、わかった」
ルシウスが首を縦に振ります。
ジャスミンの方を見ると、ルシウス達には見えない角度でわたくしに挑発的に笑ってみせました。
ふん、わたくしも鼻で笑います。そして魔力を霧散させます。
「では失礼しますの」
踵を返し、ざくざくと木枯らしの吹き抜ける並木道を歩いて戻ります。後ろには小動物の群れがついてきますの。
途中、小川の橋の上。抱きかかえていた三毛猫が光り輝いて巨大化して、人型を取りました。
そこには〈変身〉を解除したミーアさんが立っています。
「アレクサ、辛かったにゃー」
ミーアさんがこちらに言ってきました。わたくしは首をすくめます。
「大丈夫ですのよ、ミーアさん」
すると、ミーアさんはわたくしの背に手を回し、抱きかかえてきます。
「ううん、よく我慢したにゃー、えらいにゃー」
わたくしの顔がミーアさんの胸に当たります。ミーアさんはもう片方の手でわたくしの頭を自分の体に押しつけるようにしてきましたの。
「ふぇぇ」
頭の上から泣き声が聞こえてきます。
「もう、ミーアさんが泣いてどうするんですの」
ミーアさんの鼓動が直接耳に伝わってきます。
「だってにゃー……」
涙がわたくしの頭へと落ちてきます。
「もう……」
数分後、わたくしたちは寮へと歩き始めました。
わたくしの髪とミーアさんの胸元を少し湿らせて。
ナタリー:お姉様はどうしました?
クリス:今、ミーアさんに抱きしめられてるわ。
ナタリー:!?
クリス:ミーアさんの胸に顔を埋めてるわね。
ナタリー:!!
寮の全員に実況されてる感。




