第19話 おーがず・ばとる
戦いの始まりを告げる、先生の声が校庭に響きます。
「〈魔法鎧〉」
『〔能力下賜:再生〕』
決闘開始と同時に魔術を発動、またクロもわたくしの知らない魔法を使用いたしました。……おー、結構わたくしの魔力持ってきましたのね?
テッドは……?
ふむ、オーガさん、グライアスといいましたか。その制御に手間取っているようですね、こちらにけしかけようと指示を出していますが、従っていませんの。
余裕ができましたわね。クロに話しかけます。
『クロ、〔能力下賜〕による再生速度はどの程度ですか?』
『アレクサの魔力をかなり使わせていただきましたので。……そうですね、上半身喪失で再生まで5分くらいでしょうか』
……まって。え、それで死なないのおかしいですのよー?
『……効果時間は?』
『わたしが眠るまでですかね。再生にはわたしかアレクサの魔力を使いますが』
ちょ、え?……ずるくない?
『アレクサが思う存分打ち合えるかなと思いまして』
『クロ、貴方最高ですの』
これは……、テンション上がってしまいますわね!
「おい、グライアス!敵はむこうだ!」
「グルゥ?」
「あの女!右を見ろ!」
「グワーァ」
テッドがオーガさんに話しかけていますけども、オーガさんは大きくあくび。お前には従わないと、反抗的な新兵みたいですわね。
いえ、貫禄はオーガさんのが上ですから、ぽっと出の貴族の士官が歴戦の傭兵に命令して馬鹿にされているような感じですか。
んー。待っているのも面倒ですの。
「〈鎮痛〉」
痛みを抑える術式をわたくしにかけてっと。
「えいっ」
わたくしは杖を投げつけます。
杖は回転しながら綺麗な放物線を描き、グライアスの額にぶつかりました。
グライアスの顔がこちらを向きます。
わたくしは手の甲で、顔のサイドにある縦ロールを肩の後ろへと弾いて送り、ゆっくりと顔の前で手招きします。
「かかってきなさいの。びびりちゃん――Come On. Scaredy-Cat」
もちろん、オーガに言葉など通じはしませんわ。ただ、言葉に魔力と意思を込め、身振りも加えれば、大体伝わりますのよ。特にこういった挑発はね。
グライアスは額に青筋を浮かべ、大きく息を吸います。
「グォオオオオオオー!」
そして大海を飲み込めそうなほど口を大きく開け、咆哮します。
びりびりと大気が震え、周りの観戦しているみなさまも、2番コートで戦っている人も決闘の手を止め、しゃがみこんだり動きを止めたりしてしまいます。
わたくしは笑って見せますの。
「声が小さいですのー!」
魔力を声に乗せて叫びます。
「グォオオオオオオオオー!」
「聞こえませんのー!」
「グォオオオオオオオオオオオー!」
「うるせえ!いいからかかってきなさいのー!」
「グァォオオ!」
グライアスはその巨体からは思いもせぬほどの瞬発力で地面を蹴り、膨張した筋肉を限界まで捩じりながら右の拳を振り上げ、斜め上から振り下ろします。
武の技術も魔術もない、ただの力に任せた振り下ろし。ですがその速度は十分、圧力は脅威、威力は絶大。
勿論、所詮はテレフォンパンチというものです。一流の戦士なら気圧されることなく掻い潜って反撃するでしょう。
「でも、今日は足を止めての打ち合いの気分……〈錨〉」
移動系に属する呪文で、移動を封じる代わりに衝撃で吹き飛ばなくなるというだけの術式を使います。
わたくしは左手を掲げ、受け流すのではなく腕で受け止めます。
衝撃。轟音。振動。
〈魔力鎧〉で軽減されてなお、それを貫いての激しい衝撃。左腕の骨が粉々に折れ、肩が外れ、肋骨が折れます。脚が〈錨〉により動かないため、衝撃が逃しきれず、股関節の脱臼、右の足の甲の骨も罅が入った感覚。
〈鎮痛〉の術式をかけてなお、神経が痛みを警報として伝えてきますが、それを抑え込んで時間を数えます。
罅で1秒、単純骨折や脱臼が2秒、粉砕骨折で4秒。
クロ、これは革命的ですわね!
わたくしは歯を見せて笑います。
「はっ、どうしました。一発おいたしただけで満足ですの?びびりちゃん」
頭上のグライアスの顔には、完璧な手ごたえなのに倒れない生き物への困惑が浮かんでいましたが、わたくしの挑発に乗り、再度雄たけびをあげて殴りかかってきます。右フック、左フック、連打連打連打……!
わたくしの皮膚が破れ、肉が裂け、骨が砕け、上半身が血の赤に染まっていき……そしてその端から治っていきます。
グライアスは両手を組んで大きく振り上げ、全力で振り下ろします。スレッジハンマーですの。
流石に頭を打たせる気にはならず、両腕を交差して、魔力を腕と体幹に集中し、硬化。
破城槌で城門を叩くような轟音。…………そして静寂。
誰も彼もが動きを止めています。
わたくしはゆっくりと左手の甲でわたくしの顔より大きいグライアスの拳を払い、右手の甲で垂れてきた鼻血をぬぐいます。
「……だいぶ、すっきりした顔になりましたわね」
わたくしの瞳に映るのは、全身汗だくになって肩で息をするオーガ。テッドの命令を無視していた時の反抗的な表情などは欠片もありません。
「ねぇ、グライアス。遠き地に呼び出され、主からは恐れられ、狭い敷地に閉じ込められて。……ストレスたまっていたんでしょう?」
「グァゥ」
「ちょっとは発散できました?まあ、たまにはこうして遊んで差し上げてもよろしくてよ?」
「グァゥ」
わたくしは指をつきつけます。
「た・だ・し!あなたの主と連携を身につけてからになさい。あなたの膂力はたいしたものですが、それだけでは魔術師には勝てませんのよ!」
「グ……?」
まあ、わたくしはまだ一撃も加えていませんからね。首を傾げるのもわかります。
〈錨〉を解除、一歩前に出てわたくしの拳が届く間合いに。
目の前にある、汗で光る腹筋に向けて左のジャブ2連、右のストレート。さらに一歩、肘打ちからのアッパー……。顎が遠すぎますわね。かすめただけですの。
快音が4度響きます。ここでやっと反応したグライアスがわたくしを掴もうとしてきたので、バックステップ、さらに手の小指を殴りつけて弾きます。
まあ、今の攻防で5発入れましたが、ダメージはありませんわね。最後のは指をタンスにぶつけた程度に痛いかもしれませんが、その程度です。
強化術式を使わねば、いくらわたくしが鍛えているとはいえこの程度ですの。それこそルシウスの件へのストレス発散にしかなっていませんわ。
「ねえ、非力でしょう?」
グライアスは右手を振って、痛みを散らし、そして顔面ににやにやと笑みを浮かべます。警戒に値しないと思ったのでしょう。
わたくしは拳に魔力を込めます。
「今から使う術式はわたくしのオリジナルですのよ。アイルランドでは使ったその日のうちにお父様が領令を出して禁呪指定しましたが、ここはアイルランドではないですからね。
構えよ。……耐えて見せますの」
言葉に込めた圧か、右拳の魔力を感じたか。グライアスは両腕を前に突き出し、初めて防御の姿勢を取ります。……まあ、実のところ構えても無駄なのですけどね。
「〈達人の一撃〉!」
明らかに届かない位置での正拳突き。ちょうど肘を伸ばしきったところで拳の先に柔らかい感触、衝撃を全てそこに残して拳を引きます。
きょとんとしたような表情のグライアス。数秒遅れて顔に恐怖と苦悶の表情を浮かべ、泡を吹き、手を下腹部に当ててうつぶせに倒れます。
あ、意識がありますの。呼吸が浅いですわね。
とことこと近寄って、ばしばしと腰を叩きます。
「はいはい、〈鎮痛〉、〈治癒〉、〈治癒〉、〈治癒〉。いたくなーい、いたくなーい」
グライアスは悶え続けています。
ああ、そう言えばテッドはどうしましたの。
彼のいた方を見ると、そこには人間大の白い塊。
もぞもぞと蠢いています。その上にはいつの間に移動していたのか、クロの姿があります。
「……なんですの、これ」
『戦う前に、足止めを頼まれていたので。キュビエ器官をアレクサの魔力で増大させて固めておきました』
『あ、はい。結構なお手前で』
周囲を見渡します。
半分は何があったか分かっておらず、半分は青ざめた表情をしていますの。
前者が女で、後者が男ですね。
チャールズ先生の方を見ます。先生も戦慄を顔に浮かべ、こちらを見ています。
「まだ続けますの?」
チャールズ先生は慌てて首を振り、手を上げました。
「そ、そこまで!勝者、アレクサンドラ・フラウ・ポートラッシュ!」
訓練時のアレクサちゃん、哲学がプロレス。
ξ˚⊿˚)ξ <相手の攻撃を受けきってから攻撃しますの!
そしてオリジナル術式が非人道的。
ξ˚⊿˚)ξ <幼い頃から大人に混じって訓練していると、ちょうど殴りやすい位置にありますの!
ひどい。
なまこの豆知識ー。
なまこはとりあえず単純な作りをしていて再生能力が高いぞ!
本来だと真っ二つにされた場合、2週間~1か月程度で再生する可能性がそれなりにある。なぜか何も主要器官がない下半身の方が蘇生率が高い。横に真っ二つだと蘇生するが、縦に切られると死ぬ。
アレクサの馬鹿魔力で強化してますので、本来のなまこが5分で蘇生したりはしません。




