第17話 ランクB冒険者とランクF冒険者の実力差
みなさま、明けましておめでとうございます。
大同盟暦119年は静かに始まりました。ポートラッシュへ戻ることもなく、ライブラの社交界に出ることもなかったので。
人の気配の少ない寮でゆったりと過ごし、学校の課題を進め、クロとの魔力循環に努めます。昼の間は表に出て、体術の訓練と魔力の放出を行いますの。
ふふふ、魔力増加訓練はね、授業では禁止されていますけど、授業外で行うことは禁止されておりませんしね。
クロとの実戦を想定した訓練も日々行えましたし、有意義な時間を過ごすことができましたのよ。
さて、1月4日の昼、わたくしは寮から最も近い第三訓練場でクロと連携の訓練をしておりました。
目の前には高さ2mほどもある黒い小山が。陽光を乱反射させるそれは、山のようなウニ。
「クロ、さすがにやりすぎですわね」
『アレクサの魔力が扱えると楽ですのでつい』
クロとはすでに基本的な作戦についてお話ししています。基本的にはわたくしが守備と近距離攻撃、クロが補助と遠距離攻撃というだけですけどね。
今はクロがどのような攻撃手段があるのか、お互い何をすればサポートできるかを試しているところですの。
静かな冬の一日です。
校舎の方からはたまに微かに爆発音のようなものが聞こえます。どなたか、残った生徒が実験しているか、わたくしのように訓練をしているのでしょう。
そこに遠くからパカパカ、カラカラと馬車の音が。もう戻ってきた生徒がいる様子ですの。
馬車は正門からこちらの方に曲がったようで、木々の陰からその車体を覗かせます。おや、結構家格の高い馬車に見えますわね。
なんとはなしに眺めていると、馬車は訓練所の脇で止まり、勢いよく扉が開けられました。中からは女生徒が飛び出してきます。クリスティですね。
彼女らしい白いファーのついたベージュのコート、ウシャンカ(ロシア帽)を被って小脇にはフラッフィーという、「もこもこ3点セット!」と言いたくなるような装備に、彼女らしからぬ真剣な眼差しで急いでこちらに近づいてきます。
「あら、クリス、フラッフィー抱えて暖かそうですわね。明けましておめでとうございます。お早いお帰りですのね」
「へへへ、いいでしょ、おめでとう!じゃなくて、ちょっとアレクサ!なにやってんのよ!」
「何と言われましても」
周囲を見渡します。目の前にはウニの山。
「魔法戦闘訓練のために、クロとの連携訓練ですわ」
クリスはウニの山を見て、ドン引きしたような表情を見せましたが、また顔をきりっとさせてわたくしに向き直ります。
「そういう意味じゃなくて!なんで新年ライブラにいないのよ!」
んー。なるほど。脳内でクロに語り掛けます。
『クロ、ウニさんたちのお片付けをお任せしてもよろしいですか?』
『了解です、アレクサ。〈送還〉、〈送還〉……』
ウニの山が少しずつ減っていくのを横目に、クリスの手を取り、落ち着くようになだめます。
「クリス、なんとなく何があったか想像はつきますが、どのみちわたくしはそれに対して行動を起こせない状況でしたの。わたくしをエスコートする男性がいないのです」
「そんなっ……!」
クリスは否定しようとして気づいた様子ですの。
「先に確認させていただきますわね。わたくしの婚約者であるルシウス殿下が別の女性を伴って新年の祝賀会に参加されたということで合っていますわね?」
クリスは頷きます。
「ちなみにどなたです?」
「ジャスミンよ。フェンダー寮の3年生。去年からルシウスとその取り巻きの周りをうろちょろしてたでしょ」
「あー、なんとなく」
クリスはため息をつきます。
「そんなんだから取られるのよ。ちょっと立ち話もなんだし寮で話しましょ」
寮に戻り、わたくしが人のいない共用スペースの暖炉に火を入れている間に、クリスはミーアさんに挨拶をして荷物を部屋においてやってきました。
コートと帽子は脱いでいますが、フラッフィーを抱えているのは変わりませんの。
「ぷーぷー」
「はいはい、フラッフィーもあけましておめでとうございます」
フラッフィーの鳴き声に答えつつ、火箸で暖炉の薪の位置を調整します。
クロも手近な机の上に置きます。魔力循環はクロにお任せして、先ほど使った魔力の回復と、少しでも魂絆の強化に努めます。
クリスは椅子を引きずってわたくしの方に近づけ、ひそひそと話しかけます。
「ちょっと順を追って話しなさいよ。その後で新年の宴でなにがあったか話すわ」
「……そうですわね。10年前のアイルランドにおける大氾濫が発端ですの」
「そんなとこからなの?」
「当時は魔の動きが鈍く、お父様もこちらとアイルランドを行き来していたんですけどね。お父様がライブラにいるときに大氾濫がおきましてね。アイルランド南部から魔の軍勢が大量に溢れまして、領土と多くの領民が失われましたの。
わたくしと家族はベルファストにいましたわ。そこでの戦いで、お母様は帰らぬ人となり、義兄様はお父様がアイルランドに戻るまでの間、わたくしを守ってくださいましたが狂気に飲まれ、そして合流したわたくしたちはポートラッシュまで落ち延びたんですの」
クリスは沈痛な面持ちで、ぎゅっとフラッフィーを抱きかかえます。フラッフィーが苦しそうに「ぷー」と鳴きました。
「それは学校でも学んだことだわ。それがどう関わるの?」
「わたくしをエスコートする人物がいないということですの。お父様は以後、アイルランドから離れたことはありません。義兄様はライブラにおりますが、貴族たちの集まりに出せるような状態ではないですわ。お母様はハイランダーの末裔ですが、お父様もお母様を死なせてしまった負い目から、そちらとは縁遠くなってしまいましたの」
クリスがため息をつきます。
「それでルシウスが呼ばなかったから祝賀会に出られないことにつながるのね」
「特に今回は祝賀会のドレスをルシウス殿下がわたくしに贈ることになっていたので。冬至祭の贈り物にするのかと思っていましたが別のものでしたし、翌日どうするのか聞こうとしたら、もう寮を後にしたと言われてしまいまして」
クリスが露骨に眉をしかめます。
「えー、最低じゃない。贈り物はなんだったの?」
「金の栞でしたわ。とても良い細工の洒落たものでしたけど。……ちょっとルシウス殿下の趣味とは違うかなと。侍従とかに買わせたのではないかと邪推してしまいますわ」
はぁ、とわたくしもため息をつきます。
部屋の入り口をふと見ると、ティーポットとカップが浮いています。わたくしがそちらを見たのに気付いたのか、ソーサー、カップ、ポットの順に飛んできて、傍の机の上に並びます。
「おや、〈騒霊〉さん、給仕していただけるのですか?」
ポットが軽く上下します。
「え、何。ミセス・ロビンソンこれ聞いてるの?」
「いえ、これは〈騒霊〉さんのサービスですわよね?」
ポットが再び上下します。
「だそうですわよ?」
「待って、わたしミセスの魔法からお茶貰ったことないんだけど」
クリスがわたくしの袖を引きながら聞いてきます。
「ああ、〈騒霊〉さん、なぜかわたくしによくしてくれるんですよね。こういう人がいない時期とか、特にミセスに断りなくお茶入れてくれたりしますわよ?」
クリスがため息をつきます。
「意味が分からないわ」
「大丈夫ですのよ。わたくしもなぜなのかわかってませんので。ではお願いします」
ポットがくるくると高く舞い上がり、お茶を入れてくれます。ベルガモットの香り、今日はアールグレイですのね。
クッキーが飛んできて、ソーサーに1つずつ乗せられました。
「ありがとうございますの、〈騒霊〉さん」
「あ、ありがとう?」
ポットは軽く上下すると部屋から退出いたしました。お茶会になりましたわね。
「どこまで話しましたっけ。
そうそう、ルシウス殿下との婚約はわたくしが産まれてすぐ話が上がってるんですのよね。本決まりになったのは10歳頃でしたけども。年に何度か会ってお話ししたり、食事を楽しんだりしていたので、政略結婚ではありますが、特別に仲が悪いとかそういう感じではありませんの」
お茶を一口いただきます。鼻に抜ける香気が素敵ですの。クリスもお茶を一口、クッキーをちょっとかじって聞きます。
「愛しあってた?」
肩を竦めます。
「愛し合おうと努力していた程度ですかしらね。まあ、それでは不足だったのでしょうけども」
「アレクサを愛せないとか、意味分からないけどねー」
「そのジャスミンさんの方が良かったのでは?」
クリスが考えます。
「客観的に見てアレクサのが美人。魔力量も高いし、学力も上。辺境伯で継承者だから将来性も高いわね。性格は男と女だと見る点がどうしても変わっちゃうけど、アレクサ嫌う女性はまあ少ないでしょ。ジャスミンは寮での評判はあまり良くないみたいね」
ふーむ。わたくしも考えます。
「クリスのお話を聞いている限りだと、そのジャスミンさんがわたくしに勝っている点が無いように聞こえるのですが」
「……そうね」
「ではなぜ、ルシウス殿下はそちらになびいてしまったのでしょうか?」
クリスの眼が一瞬伏せられました。
「クリス、理由を知っているのですね?」
クリスはため息をつきます。
「アレクサはそういったところ聡いのよね。男心には疎いくせに」
肩を竦めます。
「目の前で話しているからですわ。心の動きは体の動きに出ますもの。
さあ、話を逸らしませんの。わたくしと貴女の仲ではありませんか。何を言われても決して怒ったりはしませんわ」
クリスはゆるゆると頷きます。
「わたしが何を言ったところでアレクサは怒ったりしないわ。それは分かってる。でも、貴女悲しむもの。それが辛いの」
わたくしはクリスの手を取ります。
「ありがとうございます、クリス。
でも、それを聞かなくてはこの先動けませんの」
「……分かったわ」
クリスはわたくしの目をまっすぐ見据えて言いました。
「……おっぱいよ」
「おっぱ……」
「ええ、おっぱいよ。完全に、おっぱいよ――Yes, Boobs. Absolutely, Boobs.」
悲しみに包まれました。
わたくしは呆然とし、いつしか胸に手を置いています。
「アレクサとジャスミンの間にはランクB冒険者とランクF冒険者くらいの実力差があるわ……いや、あれはG以下……?」
「ひっ」
「それにアレクサ、ランクB冒険者と言っても、ランクA間近って感じの実力でしょう。彼我の戦力差は圧倒的よ」
「な、ななななにを」
クリスが慈愛に満ちた眼差しでわたくしの胸を見つめます。
「アレクサ、ちょっと隙間があるんでしょう」
「なんでしってますのよー!?」
「ナタリーが言ってたわ。『ブラと胸との隙間に指を差し込んで、切ない表情をするアレクサお姉さま超萌える』って」
「ナタリィー!」
ウシャンカ
ロシア人が被ってそうな帽子と思えばまあ思い浮かぶやつ。作中にロシアという国がないのでロシア帽とは言いたくなかったから英語名からそのまま使う。
魔力量
アレクサちゃんは魔力量増やすことに貪欲。そのせいで制御力高める訓練を授業でやって、補習でもやらされてるけど追いつかない。
おぱーい
プロローグでアレクサを起伏の少ないと表現しています。
普段は全く気にしてないのですが、直接言われたり、比較されたりするとどうしてもね。悲しみのアトモスフィアに包まれます。
おぱーい。




