第16話 あれくささんからおてがみついた
ポートラッシュ家は、代々肉体強化系術式に適性の高い家系であり、当主自ら己にあらゆる強化術式を重ね掛けし、魔の軍勢に切り込んでいく戦いをする。
当代当主はアイルランド島の最大戦力と謳われる、ブライアン・シェイマス・ポートラッシュ、アイルランド辺境伯。
彼の戦闘教義は電撃戦、指令は単純にして唯一、
「進軍、殲滅」
そのため辺境伯配下の兵士は、その兵科に関係なく、とにかくよく走る。
辺境伯が軍の先頭にいるのである。重装の近衛だろうが走らなければ伯を守れない。戦場が前へ前へと移動するので、後方火力担当も衛生兵もとにかく走る。
そして次代のアイルランド辺境伯、アレクサンドラ嬢は幼いころから魔力の素養が高く、また体術の素養もあった。そして彼女は魔法や体を動かすことが大好きだった。
軍事教練所に入り浸っては棒を振り回し、野山に分け入っては草花を摘みながら動物を追い回していた。
アレクサンドラが10歳の時、ものは試しと辺境伯は教練所で10人ずつの軍を2つ作って、紅白戦を行わせた。
紅軍の大将はアレクサンドラ、白軍の大将は若手の騎士バーティス。両軍は教練所の中央、20m離れて対峙した。
みながきっちりと鎧を身に纏う中、アレクサンドラの鎧は見るからにぶかぶかだった。当たり前である、彼女のサイズの鎧など存在しないのだから。
参加していない軍人たちが教練所を囲んで見守る中、辺境伯が高らかに「始め!」と叫ぶ。
騎士バーティスに油断はあった。と言うよりも、アレクサンドラを除く全ての参加者、観客に油断はあった。
……そして、幼き暴君は、それを許さなかった。
「ごーあへーっ!きるぇむおー!」
可愛らしく、気の抜ける掛け声とともに、彼女は一歩踏み込み、次の一歩で全員が彼女を見失った。
視認すら難しい速度に加速したアレクサンドラは、膨大な余剰魔力により発生した光の帯をたなびかせ、流星のようにバーティスに衝突すると、ボウリングのピンのように彼とその後ろにいた3人を弾き飛ばし、自身が着ていた鎧もまた衝撃で弾け飛んだ。
そして彼女は流星よりもたちの悪いことに、突進の向きを変えた。次の一歩を踏みしめると、冗談のように地面が爆発し、右手にいた3人を弾き飛ばした。次の一歩で地面が再び爆発し、左手にいた3人を弾き飛ばした。
10人を3度の体当たりだけで吹き飛ばしたアレクサンドラだったが、そこで終わらず、勢い余ってそのまま教練所の壁にぶち当たり壁を崩落させた。観戦していた軍人、15人が巻き込まれて怪我をした。
紅軍も無傷ではなかった。吹き飛んできたアレクサンドラの鎧の破片が当たって2人が怪我を負い、吹き飛んできた白軍の兵の下敷きになって1人が怪我をした。
10秒も経たない間の惨劇だった。
死者0、重傷11、軽傷17。ちなみにアレクサンドラにはかすり傷1つなかった。
誰も何も言えない間に、アレクサンドラが瓦礫の中から立ち上がった。着ていた鎧も服もほぼ弾け飛び、幼い裸身に襤褸布と埃のみを纏わせて。沈黙の中、彼女は周囲を見回しながら訓練所の中央まで歩くと、父である辺境伯を見上げてこういった。
「勝った」
爆発的な歓声が上がった。ポートラッシュの全ての軍人が、次代のアイルランド伯に女を置くことを、歓喜を持って認めた瞬間だった。
アレクサンドラがそこまでの速度と威力を持った突撃ができた理由、もちろん魔術によるものである。
だが、誰も詠唱を聞いておらず、それ故にいきなりこの威力の突撃が来ると考えていなかったことに油断があったと言える。
からくりは遅延魔術による魔術の登録と待機、合言葉による魔術の一斉解凍である。〈筋力強化〉や〈超加速〉、〈魔力鎧〉などの術式を待機状態にして、Go Aheadの掛け声と共にそれらの術式が一斉に発動するようにしたとのことだった。
戦闘魔術師ならよく使う技術であるが、アレクサンドラはまだ10歳である。しかも待機させていた数は15個。並みの魔術師ではその半分も扱えない数であった。
さて、そんなアレクサンドラであるが、軍人以外の住民にも敬愛されている。9歳の時に本土の王族であるルシウス第二王子との婚約が発表されたときはポートラッシュの住民は大いに嘆いたし、12歳でサウスフォードに留学させることとなったときは暴動がおきかけた。
ではなぜ辺境伯はアレクサンドラをサウスフォードに行かせたのか?それはブライアン辺境伯には大いに懸念があったのだ。
そう、アレクサンドラをこのまま育てていても、戦いしか得意にならないと。
ルシウス殿下がポートラッシュに婿入りすることが決まってから、アレクサンドラには礼儀作法の教師が付くこととなった。
彼女は持ち前の聡明さで、礼儀作法もぐんぐん身に着けていった。だが、それを実践する場がポートラッシュにはなかったのだ。
アレクサンドラが母を幼くして失い、軍人たち男社会の中で育っていたのが問題であった。彼女が町の女たちと話す内容と言えば、
「ねえ、わたしが護衛するからベリーでも摘みにいかない?」
とか、
「宿屋のおばちゃん、捕まえてきた鳥あげるからシチュー食べさせてよ」
といった具合であった。
そこで、辺境伯は一人娘を遠い地に送ることに決めたのだった。
さて、時は移って大同盟暦119年1月2日、昨年末にアレクサンドラが書いた手紙がアイルランド島北部、バリーキャッスルの港に届く。
直ちに早馬が用意された。伝令は騎士オトゥール卿とその愛馬ブラックタキオン号。
オトゥールはポートラッシュ家の軍人の中で最も小柄であり、直接的な武力では下位に属する人物であるが、尊敬を受ける人物であり、重用される人物であった。
自己のみしか強化できないことが多い強化系術師の中で珍しく、他人への強化が得手であること、調教術師としての才があること、そして自身の体の軽さを生かせる伝令と言う仕事に就いているためだ。
調教術師としての技術と愛を一身に受けたブラックタキオン号は見惚れるほどの体格と美しさを備えた青毛の馬で、それにオトゥールは軽く跳躍して跨ると、自身には〈軽量化〉、騎馬には強化魔法を重ね掛けしながら、ポートラッシュへと駆けた。
彼我の距離は直線で20km強、道なりには30km、彼はそれをわずか20分で踏破した。
「伝令!伝令!」
汗だくの巨大な馬に乗り、魔術の連続使用で魔力を枯渇しかけて血の気の引いたオトゥール卿が、折しも軍事教練所で新年の訓示を行っていたブライアンと、ポートラッシュ家の軍人たちの元へと駆けこんできた。
この急ぎよう、東部で魔の氾濫かと緊張の走る一同であったが、オトゥールが馬上でカバンから、薄紅色の封筒を取り出して掲げると歓声が上がった。
「辺境伯!お嬢から手紙です!」
彼は馬から飛び降り、ふらつく足でブライアンの元へと駆け寄ると、手紙を差し出した。
筋骨隆々としたブライアン辺境伯は並んで立つと大人と子供のようにしか見えないオトゥールの肩を右手でがしっと掴み、左手で手紙を受け取った。
「でかした。感謝するぞ、オトゥール。体を休めると良い」
と告げるとその身柄を、控えていた執事のエドガーに渡す。
流れるように右手の爪に〈鋭さ〉の術式をかけ、綺麗に封筒を開けると、ブライアン、アイルランド辺境伯はその厳つい顔に満面の笑みを浮かべて手紙を読み始めた。
『……わたくしの使い魔――クロと名付けましたわ――は、わたくしの両手におさまるくらいの黒い棒状のもので、さわっていると硬くなったり、先端から白いねばねばしたものをだしたり、やわらかくなったりしますの。とっても素敵ですのよ』
辺境伯は卒倒した。
久しぶりに三人称視点。
ようじょアレクサが書きたかった。
ξ˚⊿˚)ξ <きるぇむおー!




