第137話:くらいまっくす6・なまこ×どりる
ゼウスの全身より放たれる無数の稲妻。それは雷鳴を響かせつつ束となり、彼の神の右手に収束していきます。巨大な槍を形取りました。
「……これがケラウノス」
以前レオナルドの精神世界でもこの槍は目にしましたが、存在感がまるで違いますの。
精神世界で感じたのは魔力としての存在のみ。
この現実世界に存在するケラウノスは、ただ有るだけでも大気を焼き、轟かせ、地を揺らします。そして何よりそれをわたくしに向けられているという殺気、威圧感!
わたくしは右手を真横に伸ばして息を整えます。
「いきますのよ!」
『神々の王、ゼウスに目に物見せてやりましょう』
クロにニヤリと笑い、わたくしの声とクロの思念が重なります。
『「ナマコネクト!」』
わたくしは右手にクロを握り締めます。
硬化したなまこの身体に食い込んだわたくしの指、そこからクロの魔力回路とわたくしの魔力回路を直結させます。
魔力的に一体化した状態で、全魔力を右手に集中。先ほど出した光の柱も魔力に分解して再吸収し右手へ。
水盆も触手も全てを魔力に戻して地面へ。ダンネット・ヘッドの岩の上に立ちますの。
わたくしの魔力、右手が蒼く染まります。
蹴り技、〈聖ジョージの槍〉はわたくしの魔力を脚に集中させ、蹴った後にも障害が残る技でしたの。今集めている魔力はそれ以上。かつてより遙かに魔力が増えているのもありますし、この日のために魔力を溜めてきた分を全て右腕に。
本来なら即座に右腕が破裂してしまうほどの魔力。それをクロが制御します。
わたくしの魔力の過剰分を全て吸い取り、神力に変換。クロ自身の神力と融合させていきます。
クロの身体が蒼く輝き、両端から海が、神力が溢れてわたくしの右腕の周りに渦を巻きますの。
「大した魔力に神力だな。だがまるで足りぬぞ!」
ゼウスの右手の雷霆が圧縮されていきます。雷が無数に放たれては槍へと戻り、その場で鍛造されているかのように。
ゼウスが持っていてなお巨大な丸太のように見えた槍が細く、鋭く形成されていきますの。
わたくしは叫び返します。
「まだこれからよ!……スティィング!」
(いえすまむ!)
「汝に与えた名の意味を謳いますの!」
(……!)
アホ毛がぶるりと揺れて、真っ直ぐに立ちました。
「汝、天地を貫く槍となれ!――You’ll be the spears that STING heaven and earth!」
(ぼくらはてんちをつらぬくやりとなる!――うぃーるびーざすぴあーず!ざっとすてぃんぐへぶんあんどあーす!)
「〈ドリルロール〉よ!天を貫く螺旋を描け!」
(いえすまむ!)
縦ロールが解け、うねりました。
右手に巻き付くと、クロの両端から噴き出る海を吸収、蒼く染まり、槍を形成します。
髪に蓄え続けた魔力も溢れ、蒼と黄金の魔力が入り混じりますの。
「不遜!矮小なる人間の身で天を貫くとは良くぞ申した!やってみるが良い!人間アレクサンドラ!
我が雷霆は大地を溶かし!世界を燃やし尽くさん!」
ゼウス全身の筋肉が躍動。雷霆の槍が天高く振り上げられます。
「この大地もろとも滅びるがいい!」
ゼウスが叫び、
「わたくしのドリルは!いえ、わたくしたちのドリルは!天に風穴を開けるドリル!」
わたくしが叫びます。
「焼尽せしめよ!ケラウノス!!」
ゼウスが雷霆の槍を投げおろし、
「貫き通せっ!〈なまこ×どりる〉!!」
わたくしは槍と化した右手を天に突き上げます。
地に落ちる黄金の槍、天に向かう蒼金の槍。
その穂先同士は天地の狭間で衝突。
意識が飛びそうな轟音と閃光。世界の全てをなぎ払わんとする衝撃波。
超高熱と莫大な海が衝突し、水蒸気が発生、爆発を起こしてはその刹那の後には全てが吹き飛ばされます。
……生きてる!
「……拮抗するだと!」
むう、……ですが出力負けしていますわ。
押されて、雷槍がじりじりとこちらへ迫ってきますの。
「……ぐうっ!」
「滅せよ!」
その時、わたくしの身体が後ろから抱きしめられました。
跪いたレオナルドがわたくしにそっと手を回したのです。
「!……どう……しました?」
術式の制御を乱さぬよう、歯を食いしばりつつ尋ねます。
轟音の中、耳元で語られる彼の言葉は大きな声ではありませんが、なぜか耳に通ります。
「アレクサンドラ。わたしはあらゆる神々に誓おう。貴女を愛し続けると。
ただ、それに対してわたしが捧げられるものなどない。わたしの全ては、この肉体も精神も、過去も未来も。全てアレクサンドラのものだから」
「レオナルド……」
これは……婚姻の誓い!
わたくしの耳の脇で彼がにやりと笑う気配がします。
「神々よ、この戦いを照覧していないはずがあるまいな。
見ているならば答えたまえ、わたしが願うのはほんの少しの彼女への後押し。
捧げられるのはただひとつ。『真の愛が勝つ姿』だ」
…………!
レオナルドの身体に、無数の神の気配が宿りました。
「アレクサンドラ、全ては君のもの。〈魔力譲渡〉」
レオナルドの顔が近づき、彼の唇がわたくしの唇の端に。
そこより魔力が、神力が流れ込みます。
「レオナルド!あなたの愛を受け取りますわ!」
青みを帯びた金の槍がケラウノスを押し返していく、じりじりと螺旋は伸びて天へ。
しかしゼウスも叫びます。
「神々の王として我、ゼウスが命ずる!世界よ!我が力に平伏せよ!」
ゼウスの神力が増し、ケラウノスが威力を増します。
そうして槍は再び天地の中央にて拮抗しました。
「はぁ……はぁ……よくぞ人の身でここまでの力を」
「はぁ……はぁ……はは……あはははは!」
ああ、まさか互いの全力で拮抗できるところまで持ってこれるとは!
「何がおかしい!」
「わたくしの術式の名前を聞いていましたかゼウス!」
「なんだと……?」
わたくしは天に向かって歯を見せて笑います。
ずるり、と蒼金の槍が右回りに動き始めました。
「この術式の名は〈なまこ×どりる〉!
わたくしの右手は槍にあらず!それは回転する螺旋、ドリルですのよ!
このドリルの術式は!回転っ!そして引力ですの!喰らい尽くせ!」
ドリルが高速で回転します。
衝突する穂先で雷が無数の火花に。それはわたくしの髪へ。
ケラウノスの発する膨大な熱量がドリルに吸収されていきますの。
膨大なる稲妻のエネルギー、いえそれだけではない。稲妻が、空気が、水が、地面が、魔力が、神力が。万物が吸い込まれては螺旋の中に組み込まれ、黄金を纏います。
「ばかな!」
クロからの思念。
『ケラウノスを支配下に置きました』
スティングからの思念。
(いけるよ、まむ!)
ゼウスの驚嘆。
「ばかなっ!」
わたくしは放電し回転する黄金のドリルを天に構えます。
「ゼウスよ覚悟!…………〈なまこ×どりる〉!解放っ!!」
『承知!』(いえすまむ!)
黄金のドリルがぶわりと膨らみ、その先端から黄金の螺旋が放たれます。
視界全てが黄金に染まる。
逆流する大瀑布の如き奔流はゼウスを飲み込み、天を穿ちました。




