第135話:くらいまっくす4・反撃の痛打
地面となっている水盆の中央が開き、ドーナツ状になりましたの。
――ふむ?
眼下には立ち上がり竜剣を掴むレオナルドとその横のクロの姿。
そして地面より立ち上るレオナルドの魔力!
……もー、無理しちゃうんですからもー。
わたくしはそれを感じるや否や、天に向かって駆け出します。走りつつも、頬が緩んでしまいますの。
ゼウスを正面に迎えつつもレオナルドの魔力を感じ、その高まりが最高潮になった瞬間にわたくしは横へ跳び、射線を通します。
ふふん、見なくとも合わせられますのよ。
暴風を纏う高熱の閃光が、一瞬前までわたくしのいたところを通過して追い抜きゼウスに激突。
それは神の手前で大気の障壁へとぶつかり、幾度も風の爆発を引き起こしながら彼へと迫りますの。
「ぬうぉぉ!」
ゼウスが拳を振りかぶる。
狙うは地上のレオナルドとクロ。
彼らはわたくしを信じて全力を攻撃に回している。つまり、ここを受け止めるのはわたくしの仕事……!
音を置き去りにする速度の巨大な拳の前にわたくしは躍り出ますの。まともに受ければ死あるのみ。
魔力を高め、わたくしの脚が蒼く輝く。
「〈聖ジョージの槍〉!」
屠竜の技たる蹴りで迎撃。その蹴りで神の拳を穿ち逸らす。轟音と衝撃。
弾いた腕がわたくしの身体を掠め、それだけで強大な魔獣に衝突したよりも激しく吹き飛ばされますの。
水の触手を変形させて網のようにして吹き飛んだ身体を受け止めて着地。わたくしはレオナルドに手を振ります。
彼は笑みを浮かべて仰向けに倒れました。
穴の空いていた水盆がまた円に戻り、彼の姿がぼやけますの。
くらりと身体が揺れます。んっ、脳が揺れて意識が。大丈夫、飛んでませんのよ。
「ふふ、ゼウス。どうですの」
ゼウスの胴には燃える炎が纏わり付き、彼の拳、小指のあたりは抉れています。しかし瞬きする間に炎は消え、傷は消えました。
わたくしの額からもたらりと血が流れましたが、傷はもう治癒していますの。
「お主もレオナルドも見事な技ではある。だがさしたる傷ではないな」
「ですが風の鎧はレオナルドが吹き飛ばしましたわ」
「その程度で勝ちが近づいたと思うか?」
風の揺らぎ。跳び避けます。
先ほどまで立っていた場所に大きく亀裂。
さらに前転、そのまま走り、さらに跳躍。
わたくしがいる位置を風の刃が切り刻んでいきますの。
逃げているうちに竜巻に取り囲まれ……。
「〈瞬間転移〉」
ゼウスの肩のあたりに転移。神の身体の上を駆けつつ何発か拳を入れますが、体表から放電。
空中に水球を作成してそこに跳びよけて回避。
「〈どりるろーる〉!」
(いえすまむ!)
宙に浮かぶ水球の上でわたくしの右腕に髪が巻き付き、拳を突き出すと同時に伸長。巻き髪は黄金の槍となって突き出されます。
ゼウスは左手でそれを払う。槍は手を傷つけたものの、手はそのまま足場となる水球まで破壊しました。
天地逆さまに落下。
(やーん)
「〈瞬間転移〉」
わたくしは空中で向きを変えつつ転移。
水盆の上へなんとか着地します。
そこに間髪入れず落雷の追撃。水の触手が受け止め、拳が振り下ろされたのを転移で回避し……。
拳の着弾点から稲妻が走ります。ああ、先ほど体表から放電されてましたしね。
ゼウスの連擊を回避、防御します。ううむ、攻めに転じる隙がない。
時折放たれる不可視の風の刃が躱しきれずに鮮血が舞い、白の魔術礼装が血に染まります。無論、些細な傷はすぐに再生しますが……。
しばし守勢に回らされていると、ゼウスが話し掛けてきました。
「認めよう。お主は確かに優れた拳士にして魔術師よ。……だがその程度でこのゼウスに敵うと思うたか?」
彼が攻撃をおさめたのでわたくしも立ち止まり、首を横に振ります。
「レオナルドを倒したことにより、お主は契約を破棄させるほどの力を示した。だが契約を反故にするほどの力にはまるで及ばぬ」
「……この戦いを始める前、わたくしの使い魔にして神であるクロと話をしてましたのよ」
「ほう?」
「クロは言いましたわ。『仮にも主神クラスの神が人間相手に最初から全力でかかることはない』と」
わたくしがクロの言葉を伝えると、ゼウスが笑みを見せます。
「然り。人間とて蟻相手に全力で戦うことはあるまい?」
「ええ、そうでしょう。
故にあなたを倒すためには、まずはあなたに全力を出させるくらいでなくては。あなたが人類の小娘相手に神器を振るって、そこで初めて戦闘になったと言える。
雷霆ケラウノス、アダマスの鎌、イージスの盾。ゼウスを象徴する武具を出させるのがまずはわたくしの目的ですの」
「イージスは娘に貸したままだがな。だがどちらにせよ、今のお主に斯様な神器を振るう価値は無い」
娘……女神アテナですのね。
「ゼウス、わたくしはあなたをぶち切れさせますわ。
神が余裕をかなぐり捨て、『くたばれクソ女』と言いながら武装を抜き、火のついた雄鶏のように狂乱させてやりますの」
「ふん。今のお主の力では到底あり得ぬがな。それともまだ力を隠していると言うのか?」
わたくしは先ほど傷から垂れた血を拭います。
「まあ見てなさいな。戦いはこれからですのよ」
水盆の中央でわたくしは気息を整えます。魔力を、呼吸を、肉体の昂ぶりを鎮めますの。
そうしてわたくしは格闘家の演舞のように、実戦ではあり得ない理想的な所作で右の拳を前に突き出します。
それは最大限まで威力の乗った拳の一撃。無論その拳は虚空を叩く筈ですが、そうではない。
「〈達人の一撃〉!」
ちょうど肘を伸ばしきったところで拳の先に柔らかい感触、衝撃を全てそこに残して拳を引きます。
ええ、あれです。以前オーガのグライアスに使用した、あらゆる障害、距離を無視して殿方の木の実を殴る術式ですの。
スコットランドでは禁呪じゃないですのよ!まだ!
そして当然先ほどのレオナルドとの戦いに使うわけにはいかなかったので、ここが使いどきでしたの!
刹那、ゼウスの表情に恐怖が浮かび、空中にて崩れ落ち、股間を押さえて苦悶の声を上げます。
苦悶の声は天を轟かせて雷鳴となり、汗腺がぶわりと開いて流す汗は豪雨となって地面を叩きました。
豪雨の中、わたくしは拳を構えて呟きます。
「神よ、木の実を割られた経験はありますの?」
雨が少し弱まります。
「か、神に対し、何たる不遜を」
ふむ、復活が早い。さすが主神ですわ。
わたくしはそれには答えず、左の拳を下から上へ、いわゆるアッパーと呼ばれる軌道で繰り出します。
「〈達人の一撃〉!」
ええ、この魔術、同一対象に2度まで使えますからね。
……右と左の木の実に。
先程に勝る豪雨が降り注ぎますの。
「……っ……[絶対防御]!」
ゼウスは股間を再生させ、さらに神術で防御を行いました。
〈魔力視覚〉で見ると、股間が太陽の如く輝いてますの。
『あれはあらゆる魔術的、物理的な防御の結界術ですね。……人類相手に使うには過剰な力ですよ』
クロの思念が届き、わたくしに告げます。明らかに強力な神術。人類が使うような魔術ではどうやっても解除できないでしょう。
実はわたくしはもう、ゼウスの股間にアクセスできませんので、向こうが股間に大量の魔力使ってくれたなら儲けですわね。
「許さん、許さんぞアレクサンドラ……」
うむ。おこですの。
「くたばれクソ女!」
ふんっ
ξつ˚⊿˚)ξ=つ ★
〈達人の一撃〉!
ξつ˚⊿˚)ξ= つ★
ずっとゼウスのおきんたまを殴りたかった。
ξ(*´˘`*)ξ❤満足。




