第131話:すとれーと・とぅ・ゆあ・はーと
ガヴァンお祖父様は『我らが人類守護神に抗するために編み出した技を汝に伝えよう』と言われました。
そして、ハイランダーの集落、あの山の上で、わたくしとハミシュはその技を学んだのです。
お祖父様は尋ねられました。
「人類守護神について何を知っている?」
「まずは西暦時代の占術に使われたタロットの大アルカナをモチーフとした22柱の神々ということですわ」
クロを見て言います。
「つまり古代神のように遥か昔から存在する訳ではない。新しい神ですの」
「ではその中でゼウスやYHVHなどの神と人類守護神の違いは?」
「前者は人類の想念が形を取って神になったものだ。
後者はその大半が神の力を継承した人間ということだろう」
ハミシュが答え、わたくしも続けます。
「有名なのは『夜明けの“月”の恋歌』の二章でしたか。当代の“月”であった老爺が宿屋の娘に月の紋章を継ぐ一節」
わたくしはその一節を諳んじます。
「あなたの肩に “月”の紋章 / 汝が我の 呪い継ぐもの
娘と老爺の科白、次代へと“月”の地位が継承される部分ですの」
お祖父様は頷かれました。
「然り。かつてハイランドに“審判”は2度侵攻したというが、その能力は同じなれど姿は異なっていたという。
つまり、元々神であるわけではない。人の中にある神の要素、人類守護神の場合であれば紋章ということになるが、それが神を定義している。
故に我らが構築したのは、生き物の身体に入った神力を放逐する術式だ」
おお!つまりクロに使えばなまこさんから神の精神が抜ける?
クロをちらりと見ると嫌々をするように首を振られましたの。
「なるほど、それをレオ義兄様に使えば、彼に宿るゼウスを追い出せると」
「うむ。そういった理論の術式である。我らはこの術式に〈フラガラッハ〉と名付けた」
「古代ケルトの神話の武具の名ですか」
お祖父様は頷かれました。
フラガラッハはケルトの光神、“長き腕の”ルーの武器であり、英語名がアンサラー、報復者の意味を持つ名ですの。
なるほど、神に報復する術式という意味を込めてますのね。
とまあそんな感じで術式を学び始めたんですが、まあそもそもわたくし弱体系も呪文操作系の反魔術もほぼ経験ないですしね。とても苦労しましたの。
「戦闘中に実用できるレベルになりませんの!」
魔力こそ足りますが詠唱時間やら抵抗される可能性やら……。
いや、この術式もう義兄様にしか使わないですわ!
対象をレオナルドに限定、接触制限で一番キツイ心臓の上限定にしましょう。術式、詠唱、身振り……。さらに誓約の言葉を重ねて……。
………………━━
わたくしは詠唱を開始します。
「――我が手の中にあるは明日への種」
レオナルドを見つめ、右の拳を彼に向かって突き出し、握り締めました。右手の中に魔力を込め、わたくしの魔力と反魔術系統の魔力が反発して火花を散らします。
「おいおい、呑気に詠唱なんて見逃してやれんぞ!」
殺気。レオナルドが身を沈め、襲いかかります。無論その通りでしょう。決闘のさなかに詠唱など隙でしかありません。ですがこの術式は無詠唱にできるほど平易ではない。
逃げ回れば時間は稼げる。ですがそれでは拳を叩きつけられない、神にわたくしの力を示せないですの。
前へ!
「――我が大罪を免れるというのであれば願おう、神にも咎められることなく汝を愛することを」
〈絶縁体〉術式を並行して起動、まあ気休めにしかならないでしょうけど!
レオナルドの体躯を生かした遠間からの攻撃、横薙ぎの斬撃、身を低くして潜り回避。即座の斬り返しは飛んで避けるしかなく、前へ跳躍。レオナルドの身体にぶつかるような軌道。
彼が左手で掴みかかろうとするその手の小指を蹴り跳ね除け、……拮抗!?
左手の小指で飛び蹴りを受け止められる形となり、足が掴まれて振り払われる。
頭を両手で抱え、脳震盪だけは起こさぬように……!
(だいじょぶ!)
巻き髪がぶわりと広がりました。
衝撃。
地面の岩がひび割れました。意識はある!
掴まれた足首から異音、掴まれた右足首の骨が折れますが、太腿の筋肉だけで身体をずらします。
今身体があったところを鋼の刀身が通過、わたくしは掴まれたまま左足でレオナルドの指を叩きますがびくともしません。
「スティング!」
(いえすまむ!)
髪が太い針のように変化し、レオナルドの指を、手を穿ちます。
「違いますの!」
(……!)
レオナルドの皮は破れども、肉までは貫けていない!
彼の右手が再び跳ね上げられ……。
ざくり。
髪が刃に変化、わたくしの右足首から先を斬り落とします。
支えを失い地面に落下したわたくしは左脚一本で後退。斬撃を躱しますの。
すかさず詠唱を進めます。
「――我が為すべきただ一つのことは、ただ汝がため自身に誓うこと」
「迷わず足を犠牲とするとはな!」
笑みを浮かべて足の入ったブーツを此方に投げつけます。砲丸のように飛んできたそれを髪が受け止めました。
「おや、返してくれるとはお優しい」
スティングはわたくしの右足の先にそれを当てると、くるくると包帯のように巻きついて固定。
数秒もすると接合されました。うむ。
「……汝、本当に人類か?」
にやりと笑みを見せます。クロより下賜された再生能力にわたくしの治癒魔術、神を驚かすくらいはできたみたいですわね!
「……次に斬り落とした部位は焼き尽くそうぞ」
「――我は誠実を尽くす、ただ汝が為だけに」
空気が変質しました。海中にいるかの如き空気の重さ、神威が顕現します。
『“泳がぬ海の王”クロは、アレクサの誓約を聞き遂げたり!』
『“海神”ネプチューンは、汝が誓約を聞き遂げたり!』
おっと、何か神が増えましたのよ!
『上位の神に声がけさせていただきました』
流石クロですの!
レオナルドの中のゼウスが驚愕を顕わにします。
「術式の詠唱に誓約を重ねただと……!汝の一生を縛る誓約をこの一瞬の術式の使用のために行ったというのか!」
「それだけの覚悟を以てこの場に立っていますの」
空気中の威圧感、神力が凝縮されて光の玉となり、それはわたくしの身体へと収まりました。
身体が熱い。その誓約によって得られる筈だった力を今燃やします。
わたくしは右の拳を天に掲げました。
「――我が拳は天を貫く一本の矢」
右の拳が蒼く光を放ち始めます。
さて、行きますのよ。
輝く右の拳を顔の横に構え、左前の半身になって前へ。
レオナルドの剣が振られます。無数の斬閃がわたくしの前進を止めようとしますが、それを回避しつつ一部は左手で受けていきます。
誓約の魔力が身体に満ち、先程までは避けるしかなかった剣を、手で捌けるようにはなっていますの。
無論、左手の袖や手袋はすぐにぼろぼろになり、剣は肉を抉って血が飛び散りますが、傷はすぐに再生していきます。
「――そは太古からの恋人たちが編み上げた業なり」
間合いが剣の間合いから拳の間合いへ。
レオナルドの拳が振られ、それがわたくしの頭を掠めて、ぐらりと身が揺れましたが、わたくしの射程圏内に入りましたのよ!
これがわたくしの〈フラガラッハ〉アレンジ……!
「〈真っ直ぐに汝の心臓へ〉!」
わたくしの右の拳がレオナルドの胸の中央付近、心臓の直上を叩きました。
その衝撃は彼の筋肉に弾かれます。ですが蒼の魔力は浸透し……。
「ごほっ」
レオナルドが光を吐き出しました。彼の呼吸から、眼球から、全身の皮膚から光が漏れ出していきます。
「……何をした?」
光は神力。レオナルドの体内から風の魔力を伴った神の力が追いやられていきますの。
「神の力を体内から放逐する術式ですわ。さあ、レオナルドの体内から立ち去りなさい、ゼウス!」




