第14話 冬至祭・下
さて、楽器も片付けられ、いよいよ冬至祭のパーティーの最後、贈り物を渡す時間ですの。
「じゃあいよいよ贈り物の時間です!」
ベリンダさんが宣言しました。
「例年通り、学年が下からなんですが」
が?
「モイラがアレクサの後に出すのは嫌だと言ってきたので、アレクサは後回しです」
「なんですのそれー!」
部屋が笑いに包まれます。
眼鏡にポニーテイルのモイラさんがすっと立ち上がって、わたくしに言います。
「アレクサンドラ、あなた1週間前に部屋で魔術使ったでしょう」
モイラさんは顔をしかめると胸の下で腕を組んでため息をつきます。ちょっと色っぽい仕草ですの。
「ええ」
「わたし、その時、校舎にいたんだけど、そこまで魔力が感じられたの。何があったのか帰ってきてベリンダに尋ねたら、アレクサンドラが冬至祭の贈り物用に付与魔法使ったって言うじゃない。
わたし、そんな大魔法使われたものの後に出す勇気はないわ」
わたしが反論しようとすると、ベリンダさんが続けます。
「という話をイーリーもしてきたからアレクサが生徒で最後ね」
イーリーさんの方を見ます。
「絶対、モイラさんやイーリーさんのものも素敵だと思いますのに」
「そりゃそうよ。当然、素敵なものだわ。でも、あれの後はないわ。
あなたがそのなまこを呼んだ時の魔力と、なんか贈り物作った魔力、正直自信なくすわよ」
むぅ。
「はい、時間も押してるし反論はなし。どちらにしろその後ろにはミセスが控えてるんだから気にしない」
あー、そうねー。という雰囲気が2年生以上の間に広がりました。うん、些細なことですよね。
「じゃあケイトからよろしく、はい拍手!」
みなさん拍手します。ベリンダさんが2年生のケイトを前に呼び出しました。
赤と白の三角帽子をかぶったケイトが緊張した様子で小さな箱を渡してきます。
「ありがとう」
手渡しされたときににっこりと笑ってあげると、ケイトもにっこりと笑いながら贈り物を配りに回りました。
ケイトからは虹色のインクというマジックアイテムが。ただの黒いインクに見えますが、魔力を通すと色の変えられる品物ですの。まだ2年生なのに作れるとは優秀ですのね。
3年生のセシリアからは羽根ペンが、ケイトがインクを用意していると聞いて、それに合わせたとのことでした。ちょうど領地でグリフィンが狩られたとのことで、それを加工したとのことですの。
モイラさんは猪のぬいぐるみ、デフォルメされて可愛いんですが、〈録音〉の術式がかけられていて、声を残すことができますの。先ほどみなさんで歌っていた『きよしこの夜』がこっそり録音されていましたのよ。
イーリーさんからはきれいな硝子玉、これ宝珠じゃないですの!巻物は数度使うと込められた術式が失われてしまいますが、宝珠は使い続けられるんですのよね。作るの大変ですのに……。流石ですの。
中には〈光〉を込めたとのことで、ランプの代わりに使い続けられるとのことでした。
みなさん本当に素敵なものばかりで、開けるたびに歓声が上がりましたの。
さてわたくしの番ですの。
大きな箱のリボンをするりと外し、中からラッピングした袋を取り出して配りました。
全員にいきわたると、みなさんいそいそと袋の中から中身を取り出します。
中には手のひらサイズの水色の袋。開けたので花の香りが部屋に満ちていきます。
「匂い袋ですね、お姉さま!」
「あ、この匂い落ち着く……」
「よくあるラベンダーベースじゃないのね?」
みなさんが口々に感想を告げますの。
「わたくし、ラベンダーは好きではあるのですが、あまり匂いが強すぎるとちょっと苦手ですの。ラベンダーも入っていますが、シロツメクサをベースに薬草を、一部は精油にして混ぜましたわ」
「薬草は何を入れたの?」
「伝統的なものだけですわ、パセリにセージにローズマリーにタイムですの。
一応簡易ではありますが魔除けの効果もありますのよ」
「感触的に木片も入ってるわね」
「ホワイトシダーのウッドチップですわね」
「ふふふ」
ミセスが笑みを浮かべました。
「どうされました?」
ベリンダさんが尋ねます。
「レディ・アイルランドに相応しい贈り物だと思ったのさ」
そう言うとミセスは匂い袋を掲げました。
「シロツメクサなんだろう?」
わたくしは笑みを浮かべます。
「ええ、そうですわ」
「どういうこと?」
クリスが尋ねます。
「実はその匂い袋の中に、香りとは関係ないものが入ってますの」
クリスが開けていい?と視線で尋ねてきましたので、わたくしは頷きました。
紐を引っ張り、中を覗くと一番上に入っていた葉っぱを取り出します。
「シロツメクサの三つ葉ね」
「そう、三つ葉ですの。アイルランドの象徴である花であり葉なんですのよ。ポートラッシュ家の紋章にも使われてますの」
みなさん、へーという顔を浮かべます。
「そういえばアレクサ」
クリスが言います。
「素敵な匂い袋だけどさ。前にサプライズあるっていってたじゃん。それって何?」
わたくしはクリスに全員分の匂い袋を入れていた大きな箱を渡します。
「クリス、ちょっと匂い袋の中身をこの箱に開けてくださる?」
「ん?いいわよ」
クリスは箱の上で袋をひっくり返します。
「三つ葉だけ中にもどして袋をとじますの」
クリスがポプリの中から三つ葉を取り出して空の袋に入れて、袋の口を紐で縛ります。
「で、袋を開ける」
クリスが袋をあけて……驚いて固まってますね。ふふふ、サプライズ成功ですの。
「なにこれー!」
「どうしたんだい、クリス?」
クリスはおもむろに手を袋の中に入れると、中からドライポプリをとりだしました。
「空にしたのにまた入ってる……」
みなさん驚きの表情を浮かべます。
「え、手品?魔術?なにこれ」
「魔術ですわよ。〈空間接続〉ですの」
モイラさんが天を仰ぎます。
「ほら、やっぱりアレクサ最後にして正解じゃないか」
「空間系術式の付与?しかも50個?え、アレクサ本当に人間?」
イーリーさんがひどいですの。
「えーとですね、流石に普通にやったらわたくしでも無理なので、凄い限定を厳しくかけて消費魔力を限界まで削減しているんですの」
指折り数えていきます。
「わたくしの大瓶の中の、植物で、重量が軽いものを、この小さな袋サイズまでのもので、年に一回まで、あと一方通行で、移動先はこの三つ葉のもとで、葉が人の目に触れてないときだけ、という限定ですの。
だから三つ葉は捨てないでくださいまし」
クリスが尋ねます。
「葉っぱ枯れちゃわない?」
「全力で〈保存〉の術式かけたので」
「アレクサの全力だとどうなるのよ」
「火事にあっても燃えませんわ」
みなさん沈痛な面持ちになりましたの。あれー?
「さて、では最後にミセス・ロビンソン。お願いします」
と気を取り直したようにベリンダさんが言うと、ミセスはゆっくりと頷き、軽く手を振ります。
「〈騒霊〉よろしくね」
すると緑のリボンで口を閉じられた赤い袋が全員の元にと飛んできます。軽くて柔らかい袋ですわね。するするとリボンを解きます。
「あ、可愛いー」
「綺麗」
「え、これ……」
中身を見た人からの声が聞こえます。
出てきたのは純白のハンカチーフでした。絹の光沢があり、滑らかな手触りですの。
広げてみると40cm四方の正方形のキャンバス中央部分には2匹の蝶が沢山の色糸で刺繍され、虹色に輝いています。左下には花が、右下にはわたくしの名前が『Alexandra F. P.』と刺繍されていました。縁は絵画を額に収めるかのようにレースで飾り付けられ、小品ではありますが壁にかけて一日中眺めていたいほどのものですわ。
「素敵ですわ……」
レースや刺繍が糸の宝石と呼ばれるのが頷けるような作品ですの。
「……ありえないわ。これ、絹じゃない」
イーリーさんが呆然と呟きました。みんながハンカチーフの出来栄えに黄色い歓声を上げていた中、その声は妙に大きく響きます。
イーリーさんは6年生で付与魔術を専攻されておられますし、さすがに魔術素材などには詳しいようですわね。
みんなはおしゃべりをやめ、イーリーさんの次の言葉を待ちました。
「……だって絹にこんなに〈魔力付与〉できるはずないよ」
イーリーさんは震えるようにゆっくりとミセス・ロビンソンを見上げます。
ミセスはにこにこと笑いながらゆっくり頷きました。
「ふふふ、あててごらん」
確かに手元のハンカチーフからは魔力を感じます。わたくしには絹のようにしか見えませんが、魔術素材なのでしょう。
「……絹糸紡ぎ蜘蛛の縦糸。それもおそらく上位種」
息を飲む音が聞こえました。イーリーさんは髪をかき上げながら考えます。
「それに付与した魔術が……2つ以上。1つは防御系統。もう1つは移動系統?」
「イーリー。あなたがよく勉強していて嬉しいわ。正解よ。」
イーリーさんをはじめ、何人かの生徒が崩れ落ちます。わたくしも額に手を当て、天を仰ぎます。
「ミセス・ロビンソン。やりすぎです!この50枚のハンカチで男爵領1つくらい買い取れますよ!」
監督官のベリンダさんの叫び声を聞いて、意味が分かっていなかった生徒たちやミーアさんも崩れ落ちます。
「気にしなくていいのよ。お金かかってないしね」
「……先ほどのアレクサの袋も大概でしたが、絹糸紡ぎ蜘蛛の糸がただで手に入るというあたり、流石はミセスと言う他ありませんね」
ベリンダさんがちらりとこちらを見ます。む、飛び火してきましたの。
「絹糸紡ぎ蜘蛛の上位種と言えば、冒険者の間では討伐難度の高さもさることながら、そもそも出会うことが難しく、運よく主のいない巣を見つけられれば一攫千金という話だったと思いますわ。
ミセス・ロビンソンもお友達に絹糸紡ぎ蜘蛛さんがおられるのですか?」
せっかくなのでわたくしも尋ねてみます。
「そうね、そんなものかしら。わたしがあなたたちと同じ年の頃に召喚した小さい蜘蛛は、長い時を経て大きくなって、立派な糸を紡ぐようになったのよ。見たいかい?」
ミセスはゆっくりと指を立てて、使い魔を召喚する術式を使うように円を描きます。お茶目な言動も可愛いお婆ちゃんですの。
「わたくしは凄く拝見したいのですが、今はやめておきましょう。つかえてしまって可哀相ですわ」
隣にいたクリスが首を傾げて問うような眼をこちらに向けてきます。
「体高が少なくとも3mはある蜘蛛さんですの。天井につかえて身動きが取れませんわ」
「「「その前に私たちが腰を抜かすわ!」」」
おう、みなさん息が合いますの。
「……さておき、お金に関してはかかってないし、名入れをしているから売りづらいんじゃないかねぇ。名前の刺繍を起点に〈魔力付与〉をしているから、それ解くと魔力が霧散しちゃうんだよ。付与しているのも別に強力な術式って訳ではないよ」
「〈魔力付与〉した術式は何ですか?」
「1つは〈布保護〉だね。少しだけど防御効果があって、ほつれ防止と抗菌効果もあるよ。あまり使い手のいない術式だけど、付与魔術師目指しているならとっておくと損はないね。もう1つは実際に見てもらいたいねぇ」
ミセス・ロビンソンはそういってにこにこと笑います。
「みんなでハンカチを広げて名前の刺繍をなぞりながら、『おいで』といってごらん」
わたくしたちは手にハンカチーフを取ると、膝の上にそれを広げて視線を交わしました。
「「「おいで」」」
するとハンカチーフの上の刺繍の蝶が羽ばたき始めました!さらに布から刺繍が飛び出して宙を舞い始めます。
虹色の蝶が、鱗粉をまき散らすように魔力による光の軌跡を描いてわたくしたちの周りを飛び回ります。
「わたしのオリジナル術式、〈動く刺繍〉さね。何の役にも立ちはしないが……きれいなものだろう?」
50匹の蝶が輝きながらホールを乱舞し、わたくしたちは感嘆の声を上げるだけでした。外は雪がしんしんと降り積もり、部屋の中では暖炉とツリーの光に照らされた虹色の蝶が飛び回る。その夜の光景、それは素晴らしい思い出となりましたのよ。
夜、もう深夜ですわね。わたくしたちは部屋に戻りました。シャンパンと興奮で頬を染め、両手いっぱいに贈り物を抱えて。
部屋に戻るとまだ開けてない箱が積まれています。ポートラッシュから届いた贈り物が3つ、お父様からのものと、執事のエドガー名義で使用人一同からが2つ。2つあるのは男性使用人からと女性からで分かれているからでしょう。
それと、婚約者からですわね。
そう、わたくし実は婚約者がいるんですの。
同級生であり、王家の第二王子でもあるルシウス殿下で、将来はポートラッシュに婿入りしてくることとなっていますのよ。ポートラッシュは王国の西の守りの要ですからね。王家も姻戚を結びたいのでしょう。
ごりごりの政略結婚ではありますが、特に不満はありません。幼いころから決まっていましたことですし、何度も顔を合わせていますしね。
ルシウスからの贈り物を開けます。包装紙を破った中からは王家御用達の有名な文房具屋の刻印の押された、品の良い小さな箱。そっと開けると中には黄金の小さい栞が入っていました。
「まぁ」
窓際で雪明かりに照らしてみます。三日月のシルエットの中に透かして彫られた抱き合う男女と、大樹に凭れる老人の絵、栞には飾り紐が結ばれており、太陽のデザインのチャームが取り付けられていました。
「『夜明けの“月”の恋歌(Love Song of “the Moon” at Dawn)』ですか」
変わらぬ愛をうたう、10年以上前に書かれた有名な恋歌をモチーフにした栞ですの。婚約者に送るのに相応しい品ですわね。
そう、だからこそ……。
「……ああ、嫌な予感がするわ――……Ah, I have a bad feeling」
めりゆる(I Wish You A Merry Yuletide)!
ξ˚⊿˚)ξ <めりゆるですの!
クリスマスネタということで、マジカルでハッピーなだけの話にしようと思っていました!それなのにこのラストはいかがなものかと思う何か。
ξ˚⊿˚)ξ <不穏ですのー!
一応、ここまで+次話の閑話で第一部と考えてます。
第一部は「なまこの召喚となまこのいる日常」編という感じでしょうか。
まあオープニングみたいなものですよね(5万字)。
まだ校庭と寮の中しか舞台になってないという(5万字)。
ばかなんじゃないだろうか、このさくしゃ。
年明けからは第二部という形で話を動かしていこうかと思ってますので、今後ともよろしくお願いいたします。
という訳で!第一部終わるので、記念に皆さん感想とかブックマークとか評価とかレビューしてくれていいのよ!
ξ˚⊿˚)ξ <露骨にねだりにきましたわ!
はいアレクサも!
ξ˚⊿˚)ξ <……よろしくお願いしますのー。




