第127話:北の果て
夜中、もう明け方も近くなるという頃に使われる魔力も無くなり、わたくしの魔力も尽きましたの。
何とかなりましたかね……?
大瓶にかけていた手を外すとふらりとします。疲労と眠気が……。
「ガウ」
義兄様がわたくしの身体を支えてくださいました。
義兄様はそのままわたくしを抱きかかえると、既に燃え尽きてしまった焚き火の前に移動して座ります。
側にあった外套を取るとそれを羽織って、わたくしごと外套に包まりました。
義兄様に背後から抱き抱えられ、彼の顎の下からわたくしの頭だけが外套の外に出ているような形ですの。
「グルルルル……」
「ありがとうございますの、レオ義兄様」
むふー。暖かいですの。
義兄様もお疲れのはずなのに優しいですわ……ぐう……。
わたくしの意識はすぐに失われてしまいました。
『……おね……おねえさ……っ!……失礼しました……』
ん……?
寝ている最中、何か聞こえた気がしましたがすぐに離れていきましたの。
……ぐう。
朝、というかもうじき昼ですわね。目が覚めましたの。
「ふぁぅ……おはようございます、義兄様」
「ガウ」
もぞもぞと身体を動かします。むふー、筋肉暖かいですの。
「クロ、スティングもおはようございます」
金魚鉢のクロがもぞりと動き、アホ毛がふわりと揺れました。
ん、魔力が枯渇に近いですか。一晩寝てある程度魔力が回復したわたくしが少し魔力を送ります。
『おはようございます、アレクサ』(おはよ、まむ)
さて、どうしたものでしょう。
「義兄様、交代で休まれます?」
「グルゥ」
義兄様が首を横に振られます。
とりあえず余った薪に火を付けて、簡単に朝食……もう昼ですけども用意をしていると、脳裏に声が響きました。
『お姉様!』
「ああ、ナタリー。どうなりましたの?」
脳に響く声は元気そうですわね。
『お姉様の魔力のおかげでディーン寮のみんなは元気です!
怪我をしたのもいますけど、治療もすんでいて、みんなが感謝しています。今もみんなの魔力を借りて話しています。ありがとうございました!』
「それは良かったわ。今わたくしはハイランドだけど、急いで戻らなくても大丈夫かしら。どちらにしろかなり時間がかかってしまうんだけど」
『ん、お会いしたいのはやまやまなのですが、実は校舎の一部が半壊しているのと、他の寮では死者が出ているところもあります。
この後魔術塔や国の調査が入ると言うことなので学校の再開には時間がかかりそうです。
あ、〈転移門〉そのものは校長先生とかエリオットさん、魔術塔の人達が明け方頃に到着して封印に成功しましたよ』
ああ、それは良かったですの。
とまあ、話を聞いていると魔族がやはり色々と妨害かけていたみたいですわね。ライブラの方でも騒ぎを起こしていて救援が遅らされそうであるとか、大陸側でも別の門が作られていてそちらは被害が大きそうという噂が入っているとか。
『という訳でこちらもばたばたしていますし、アレクサお姉様が来られても逆にあまりすることがないかと思います。
それならむしろ今のうちにお姉様にはレオナルドさんの件を済ませて貰えればというのがミセス・ロビンソンも含めわたしたちの思いです』
「なるほど、わかりましたの。昨夜は魔力を全て持って行かれてしまったので、また貯め直してからとなりますからね。時間はかかると思いますが、しっかり片付けてから帰りますわ」
『レオナルドさんやクロさんにもよろしくお伝えください!ふふ、昨夜はレオナルドさんに抱かれて幸せそうでしたね』
やっぱりナタリー、一度寝てる間に接触しようとしましたわね!
「もう!」
『お名残惜しいですが、魔力使いすぎとのことなので終わりにしますね!
ありがとうございました!あとご武運を!』
「ええ、あなたたちもがんばって!みなさんによろしく……!」
ナタリーとの接続が切れました。
クロが上半身をもたげてこちらを見ています。
『あちらはどうでしたか?どうされますか?』
「サウスフォードの件は解決したようですの。北へ向かいましょう」
干し肉と乾燥野菜だけの簡易なスープで食事をしながら向こうの様子を話します。
「そうですわね。急げば今日中にはダンネット・ヘッドのあたりまで着けるでしょうから、そちらで身を休めましょう」
「グルゥ」
というわけで移動ですの。小雨に降られたりもしつつ数時間歩きづめて、午後の遅い時間。
「潮の香りが」
クロが高くに〈念動〉で浮かび上がり、こちらに伝えてきます。
『廃墟と海が見えますね』
おお、もうすぐですの。
茶色く色褪せた草原の上を海鳥が空を行き交っているのも見えます。
古代の道を外れ、右手の少し丘となっているところの上に立つと、景色が開けました。
正面には入江、その手前に廃墟となった町。入江から右手は岩が垂直に海へと落ちるような崖となっています。ここからは見えませんが、その先がダンネット・ヘッド。ブリテンの北端でしょう。
ええと、この廃墟はサーソーの町ですかね。
わたくしたちが歩んできた道の左側を流れていた川が町を通って海へと流れ込んでいます。
お祖父様曰く、暗黒時代末期頃まではハイランダーが少数住んでいたとのことで、つまり100年以上前に放棄されたという事ですの。
「美しく……寂しい景色ですわね」
「グルル……」
「さ、義兄様。急ぎましょう。人はいなくても壁があるだけ全然マシですのよ」
と言って廃墟へと向かっていきます。
夕暮れ。サーソーの町は低地ですわね。特に右手に突き出た半島は高さ50m以上はあるであろう崖が海に向かって切り立っています。ここは短いですが岩混じりの砂浜がありますの。
川が海に混じるあたりには教会の跡地、これ西暦時代でも非常に古いものですわね。
町中にも西暦時代の大型店舗のようなものが残っていますが、今や獣や鳥の住処ですの。
わたくしたちは海に近く、屋根が残っていて、それほど傷んでない家を発見したので、そこに腰を落ち着けます。
「ふー、〈浄化〉」『[神域展開]』
小さな獣や虫が家から出ていきました。ごめんなさいましー。
その日は着くなりもうすぐに寝てしまったので、翌朝からサーソーでの生活ですの。魔力と体力を回復させねば。
このあたりを偵察に歩いていると、警戒心のなさそうな野鳥がたくさんいますし、獣の気配もします。海も川も近い。
食用に適する野草も生えていましたし、穀物もまあ、元々の住民たちが植えていたのであろう麦や芋などが野生化して見つかったので問題ないでしょう。麦をひくのは面倒ですが、芋があったのは嬉しいですわね。
魔術袋の食料もまだ多少ありますし。
ダンネット・ヘッドまでは入江を迂回するように歩いて10kmちょっとでしょうか。
一度行ってきましたの。崖の突端、ブリテン島の最北端。海の向こうにホイ島がうっすら見えます。
北風は冷たく、確かに風の魔力が強いですの。義兄様はこことの往復を日課にすることとなりました。風の魔力を身に蓄えていくと。帰り道に獣を狩ってくださるので、それを夕飯にします。
わたくしはサーソーの町で海際にいます。
近くで芋を掘ってきて、海で魚を捕まえるのです。釣りの経験はありませんが、スティングが縦ロールをするすると伸ばすと勝手に魚を捕らえてくれるので便利なものですの。
食べ物の問題が無くなったら魔力回復につとめねば。わたくしの魔力はともかく、髪に蓄えたものと竜鱗が失われたのが正直厳しいですわ。
波打ち際、金魚鉢から出て波を身体に浴びていたクロが話しかけてきました。
『アレクサ、海に入りましょう』




