第126話:おねーさまの魔力。
わたくしは荷物をひっくり返し、その中から魔術鞄を取り出します。そんなに質の良いものではありませんが、魔術により容量が拡張され、重量が軽減されるもの。
それから取り出したのはガラスの大瓶。寮のわたくしの部屋に置いてあったもので、中にはドライフラワーや乾燥した香草が詰められていますの。匂い袋に使うための中身ですわ。
わたくしが昨年の冬至祭で配った匂い袋とこの大瓶は〈空間接続〉の術式で魔術的に繋がっていますの。
あの中に入っているアイルランドの象徴たる三つ葉。あれが標となります。
そこに魔力を送り込めばいい。
使い方は……ナタリーとサリア、クリスとニーナが分かっているでしょう。
「クロ、魔力を全力で解放してサウスフォードのみなさんの元へと送り込みます。制御をお願いしてよろしいですか?」
『かしこまりました。……地上にありし深淵の姫、アレクサンドラの為したいように。[権能貸与]』
「[神域展開]」
わたくしの魔力が完全にわたくしの意図の元に制御されます。
義兄様をちらりと見ます。ここで全ての魔力を使うと決闘のために蓄えてきた魔力が……まあ仕方ありませんわね。魔力などまた溜めなおせば良いのです。
わたくしは詠唱を始めました。わたくしの魔力を使わせるための術式を。
「我は左手を以って君臨し、右手を以って統治する。
我こそ全ての植物の支配者、我こそ緑の女王。
今こそ我は権能を行使しよう、緑の女王の行進を!
さあ、お前たち悪い子になりなさい。
ついてきなさい、〈緑の女王の行進〉に!」
三つ葉を経由してわたくしの魔力を使わせる、オリジナルの術式。
魔力を全て燃やすつもりで大瓶の中に流し込みます。
さあ、わたくしの魔力、使い切ってみるが良いですの!
ふふ、どれだけ魔力を解放しても砂漠に水滴を落とすかのように吸い込まれていきますの。それはそうですわよね。あの場にあるわたくしの匂い袋が、えーと41個?40人がかりで魔力を消費されているのですから。
(まま、ぼくもー)
縦ロールが解けて大瓶の縁に絡まります。そして髪へと溜め込んでいた魔力を瓶の中に解放し出しました。
「スティング!?」
(りょうの〈そうれい〉、ぼくのおにーさん、おねーさんだから)
ああ、そうですわね、ミセスの〈騒霊〉から分かたれた意識がわたくしの髪に宿っているのです。
お兄さんお姉さんのためにも頑張りませんと!
アホ毛を伸ばして鞄から竜鱗を取り出し、右手で順番に砕きながら魔力をわたくしの身体に浸透させ、左手で大瓶に流し込んでいきます。
『アレクサ、それは身体を痛めます』
クロから心配する声がかけられました。右手が燃え上がり、血管が破裂していきますの。
「承知の上ですわ!」
クロからわたくしの身体に魔力が流れてきましたの。これは治癒、以前クロからいただいた再生能力が強化されていますわね。それと水属性魔力を流すことで竜鱗の火属性を中和して流してくれますの。
「ありがとうございますの!」
わたくしは背中から抱き締められました。
「ガルルルル……」
「義兄様?」
わたくしの後頭部に当たる義兄様の胸板、いや心臓ですか。心音、鼓動とともにわたくしに魔力が流れてきます。
そう、義兄様も魔法は使えないですが魔力を有する……。彼の魔力も、彼の魂の奥底の神の力も、全て吸い上げてこの瓶の中に!
わたくしは夜半まで数時間にわたって魔力を大瓶へと流し続けました。
………………━━
「冬至祭の匂い袋!」
わたしが叫ぶと周囲のみんなが困惑した表情を見せます。
「アレクサお姉様からの伝言です!2年生以上は冬至祭でお姉様からいただいた、可愛らしく心温まるも瀟洒で神々しさすら感じる匂い袋を持つようにと!」
「形容が無駄に長い!」
文句を言われつつもみなで部屋へと走ります。
わたしも自室へと戻り、部屋に置かれた『お姉様箱』から匂い袋を取り出して戻りました。
廊下では宙を浮く匂い袋が漂ってミセス・ロビンソンの手のひらにおさまります。
何人かは持ってすぐに戻り、まだ何人かは部屋で探しているのでしょう。少しして、匂い袋の口から光が溢れてきました。
ミセス・ロビンソンが楽しそうに呟かれました。
「まあまあ、アレクサンドラの魔力ね」
わたしは袋から発光する三つ葉を取り出します。
緑の日の祝日のあれを思い出しますね!わたくしはサリアと笑い合い、髪に三つ葉を挿します。
お姉様の魔力がわたしたちの疲労を癒していきます。
……む、これは!
「むむむ、この魔力、お姉様100%ではありませんね」
「なにそれ。ジュース?」
モイラ先輩が呆れたように呟きました。お姉様ジュース!吸いたい!
いやいや。わたしは集中し、お姉様の魔力を感じていきます。
「お姉様のゆったりとしながらも力強く万物を押し流す海流のような魔力に混ざる刺激、炎の気配。これは竜鱗の魔力をお姉様の身体に流し、魔力量をさらに増やした上でわたしたちにも吸収しやすくしてくださってます」
「ソムリエかよ」
お姉様ソムリエーレ!素晴らしい職業!『今年のお姉様の魔力はまろやかで濃厚。過去10年間でトップクラスの素晴らしい出来』とか言いたい!
「アレクサンドラが無理してくれているなら、わたしたちも頑張らないとねぇ」
ミセスのお言葉。確かにその通りですね。
「わたしは使いませんにゃ」「わたしも……」
ミーアさんはミセスに三つ葉を渡されました。
怪我をしたセシリアや、攻撃系の魔術があまり得意でない生徒たちも葉を差し出します。ミセスの元に葉が何枚も集まりました。
その葉の一枚が空に浮いています。
「〈騒霊〉、使うかい?」
ミセスの言葉に葉がお辞儀するように揺れました。
空中の葉から魔力が溢れ、ディーン寮の建物中に広がっていきます。
「ふふ、なるほど、アレクサンドラの髪、スティングと言いましたか。その魔力も入っているのね。防御は任せても大丈夫そうかしら?」
葉がまたお辞儀するように揺れました。
ミセスはお姉様の魔力を身体、衣服、車椅子へと浸透させていきます。
「じゃあちょっと攻勢に出るとするかねえ。余裕ができたなら他の寮も救ってやらないと。〈騒霊〉、みなさん。ディーン寮をお願いしますよ」
「「「はい、ミセス」」」
「ははっ、やっと出番だぜ」
ミセスの車椅子の背中に口が現れて言いました。
「ラーニョ、行くよ」
ミセスの使い魔、体長3mはある蜘蛛が前脚をひょいと掲げます。
「操糸術、白波」
玄関のあたり。魔力の高まりを感じ、様子を見ていたであろう魔族が消滅しました。
「……瞬殺ですにゃー」
「アレクサンドラくらいの魔力使えると楽でいいわねぇ」
魔力を帯びた蜘蛛糸が空間を無数に切断します。糸は魔力に白く光り輝き、波のように揺れて進んで行きます。
誰もその空間には存在できません。
「〈朧なる冬の亡霊〉」
ミセスの服が霜で被われ白く染まります。天に手を差し伸べるとその先が凍結し、空から襲撃しようとしていた魔族が凍りつき落下しました。
そこに糸が波のように押し寄せて寸断していきます。
「マジ無慈悲だなっ!」
車椅子が御機嫌そうに声を上げます。ひとりでに車椅子は動き出し、蜘蛛と共に道を進んで行きました。
ミセスが見えなくなるまでわたしたちは呆然とし、クリス先輩がぱんと手を叩きます。
「はい、ミセスは心配するだけ無駄っぽいのでこちらはしっかり身を守るわよ!」
モイラ監督官も声を上げました。
「交互に休憩!あと休憩時に余力あるのは夜食作るわよ!なんなら後で他の寮にも配れるように、多めに作っておきましょうか」
結局その後、こちらに来た魔族たちはお姉様の魔力を受けたみんなによって撃退され、その日の夜半過ぎに外部からの救援が来ました。
ピシリと音がしたかと思うと学校を包む結界が割れ、炎の天使が飛んできては全てを焼き尽くし、学校の校舎の〈転移門〉のあるあたりが斬り落とされました。
こうして魔族の侵攻は押し留められたのです。




