第125話:こーる・ゆー/こーる・みー
『どうしました!ナタリー!』
「お姉様!」
アレクサお姉様!?
ぴぎゃああああ!お姉様だお姉様だ!
「うわーんお姉様ー。うぼぁー……」
涙と鼻水が……。
『ナタリー!何がおきてるのか説明……じゃなくてイメージを叩き込みなさいまし!〈精神感応〉系ならできるでしょう!』
「は、はいっ!やってみます!」
さすがお姉様、冷静です。えっと……。
今日の出来事を強く頭に思い浮かべます。
『一回接続を切りなさい!あなたの魔力が無くなりますの!5分経ったらまた繋いで!なんとかしますの!』
「はいっ!お姉様」
わたしの魔力が切れました。
周りの子達、特に1年生が怪しげな者を見るかのような視線でこちらを見ています。
解せぬ。
アレクサお姉様と連絡が取れたのよ?
「ナタリー!魔族は!?……大丈夫そうね」
ドロシア先輩が食堂へと駆け込んできました。
「ドロシア先輩、裏門は大丈夫なんですか?」
「あちらは今は小康状態よ、さっきの魔族は討ち取った?
それと奇声を上げてたけどどうかしたかしら?」
「魔族は大丈夫です。セシリアも大丈夫。お姉様に助けを求めました」
「は?アレクサに?あの子まだスコットランドよね?」
わたしが頷くとドロシア先輩は呆れたような顔をしました。
「どうやって助けるってのよ……」
「分かりませんが何とかするから5分後に連絡しろと」
「……まあいいわ。クリスたちに伝えておきなさい」
わたしは気を失っているセシリアを後輩達に預け立ち上がります。
「ナタリー」
ドロシア先輩は紅の魔術礼装の腰のベルトから、手に収まるサイズの金属の円筒を抜き出すと、こちらに放り投げました。
小さな水筒?
「これは?」
「魔力ポーションよ。飲みなさい。アレクサと連絡するのに魔力を使うでしょう?」
「ありがとうございます!」
わたしは水筒の液体を飲み干しました。……これって!
「濃いですね!」
「キャベンディッシュ家の魔術礼装の非常用ポーションよ。そりゃ良いの用意してるわよ」
「ありがとうございます!」
わたしは礼を言って頭を下げると玄関側に駆け出しました。
クリス先輩やモイラ先輩、ミセスたちにセシリアの状況、アレクサお姉様のことを伝えます。
「この状況下でアレクサに連絡しようとするか……凄いな」
「あの子どうやって何とかする気なのかしら」
モイラ先輩とクリス先輩が呟き、ふふふ、とミセス・ロビンソンが笑います。その手は蜘蛛糸を操り、魔族に死を撒き散らしながら。
「アレクサンドラは凄いわね。ここにいなくても希望を与えてくれる。クリスたちの顔が和らいだわ」
そう!お姉様は素晴らしいのです!
「その不確実な連絡にドロシアまで秘蔵のポーションも賭けたのでしょう?
さあ、もう一度アレクサンドラに繋いでみなさいな」
わたしは魔力を集中させ、叫びます。
「お姉様!」
わたしの身体から魔力がごそっと抜け、一瞬の間の後にこたえがありました。
『ナタリー!そこにミセスいますの?』
「は、はいっ!」
『わたくしはそちらまで助けに行くのは出来ませんの!
だから尋ねて下さいまし。魔力さえあれば解決するか?と』
わたしはミセスにそれを伝えます。ミセスは頷かれました。
「量によってやれることは変わるけどねぇ……」
わたしはミセスの言葉が終わるのを待たずに叫びます。
「はい!いっぱいください!」
『分かりましたの。2年生以上全員に伝達、わたくしが送った冬至祭のSa……』
………………━━
「どうしました!ナタリー!」
『お姉様!』
わたくしの脳内にナタリーの声がガンガンと響きますの。ナタリーの焦り、疲労などのイメージが伝わってきます。ピンチで助けを求めているのですわね?
『うわーんお姉様ー。うぼぁー……』
「ナタリー!何がおきてるのか説明……じゃなくてイメージを叩き込みなさいまし!〈精神感応〉系ならできるでしょう!」
『は、はいっ!やってみます!』
これだけの魔法、魔力がすぐ切れてしまうはず、時間を大切にせねば。
わたくしの脳内にナタリーの考えやイメージが断片的な奔流として流れ込んできましたの。
魔族!〈転移門〉魔力櫃防衛戦オークミーアさん蜘蛛糸血塗れミセス鋼人形魔力枯渇悲鳴怪我炎……!
「一回接続を切りなさい!あなたの魔力が無くなりますの!5分経ったらまた繋いで!なんとかしますの!」
『はいっ!……おね……ま……』
ナタリーの思念が遠ざかり、クロとアホ毛がこちらを覗き込むように視界にうつります。
「学校がピンチですわ」
『ふむ』
わたくしはクロとアホ毛に思念を共有しますの。
魔族のゲートですとぅ……。わたくしの思考が怒りに染まります。つまりサウスフォードをアイルランドのような魔界の橋頭堡にするということでしょう。
アイルランドの後継者として許されざる行為ですわ!
「……くっそやられてるんじゃないですか、あー!」
わたくしは叫び、右の拳を左手に打ち付けます。乾いた音が夜闇に吸われていきました。
『ガルゥ?』
義兄様がわたくしのあげた奇声に反応して首を傾げます。
『どうされました?』(ままー?)
「ジャスミンよ!カルミナージア!彼女しか考えられないじゃないですの!」
サウスフォード魔術学校は結界で守られ、その心臓部とも言える秘宝類はさらなる結界で護られているはず。通常であればそんなところに転移なんて出来るはずがありませんの。
でも〈標識〉の類の術式を予め潜伏させておけば、そこを起点に遠隔で魔力を通せますわ。
サウスフォードに潜伏し、ルシウスを籠絡していた女淫魔!ライブラへの移動のために〈転移門〉の秘宝を王子の特権で使わせ、その時にマーキングしていたなら……。
そして一度大魔力を使って転移してしまえば、そこには魔力櫃から魔力を汲み上げる構造の〈転移門〉の秘宝がある訳で……。
わたくしは天を見上げます。薄曇りの星空に2の月のみがぼやけて光っていますの。おそらく占星術的には魔族の儀式に向いているはず。
「ディストゥラハリが退却した理由……!」
ベルファストで魔竜公ディストゥラハリはなぜ退却した?あの時最後に現れた魔族はなんと言っていた?『大事な儀式を控えられた身、消耗はお控えください』ですの。
今日この侵攻これしかない!ディストゥラハリの膨大な魔力を利用してアイルランドからサウスフォードまでゲートを開いた!
くっそ取り逃してるのはわたくしたちの失態じゃありませんの!
『アレクサ、落ち着いて』(ままー……)
心配するような思念が流れてきます、
わたくしは息を大きく吸って夜の空気を肺に満たし、吐きだしました。
駆けつける?どうやって?サウスフォードのあるセーラムの町は島の南端に近く、わたくしはもうすぐこの島の北端に着くくらいだと言うのに。
「クロ、ここから〈瞬間移動〉するとして、どこまで跳べると思いますか?」
『アレクサの魔力の大半を使ったとしてハイランダーの集落くらいでしょうか。アレクサの全てにわたしの力を足したとしても、その前に滞在していた町まで跳べるか……』
イニリ・ニシですわね。ニューエディンバラからそこまで4日かかりましたか。
「竜鱗の魔力を使えば?」
『わたしでは属性が噛み合いませんので』
うーむ。確かに。
そもそもニューエディンバラの〈転移門〉の秘宝が使えるとは思えませんわね。運が良ければサウスフォードへの転移のみできない状態でライブラに繋げられたとして……。
「無意味ですわ。最速で行けたとしてもライブラからサウスフォードへ向かう救援より遅い。それに魔力が枯渇している。
今わたくしに求められているのはライブラからの救援が来るまでにディーン寮のみなさんを守るだけの時間を稼ぐと言うこと」
待って、なぜミセスがいて時間稼ぎができませんの?わたくしより格上かつ広範囲への攻撃ならわたくしより遥かに上なはず。
……魔力ですか。ミセス本人の魔力量は魔術師としてとても低い。それを補うために周囲から収奪しているのですが、つまり他の防衛戦力から魔力を奪っても意味がないということですわね。
『お姉様!』
ナタリーの声が再び脳裏に響きました。
「ナタリー!そこにミセスいますの?」
『は、はいっ!』
「わたくしはそちらまで助けに行くのは出来ませんの!
だから尋ねて下さいまし。魔力さえあれば解決するか?と」
しばしの沈黙。
『はい!いっぱいください!』
「分かりましたの。2年生以上全員に伝達、わたくしが送った冬至祭の匂い袋を手に取りなさい。急いで!」
途中でナタリーの魔力が切れたのか、返事はありませんの。
ですがそれが伝わってると信じ、荷物のほうに向かいました。




