第124話:防衛戦・後
――……責任は無いわ。
であればわたしの拘束は不当です。魔術塔にもすでに抗議が来ているかと思いますが。
――こちらを脅迫する気?ブレイスガードルなんて木っ端貴族、いつでも潰せるのよ?
別にわたしの家を潰すのは簡単でしょう。それをして少なくともコンプトン、キャリッジ、キャベンディッシュ、ロビンソン、そしてポートラッシュ家と対立する気があるならどうぞ。
――分かったわよ。こちらの負け。……ったく、交渉の取っ掛かりも無いじゃないの。
まあ、わたし一人を丸め込もうとしても、それなりに入れ知恵はされているので。
――魔術塔があなたを拘束した理由も分かっているんでしょう?
ええ、わたしが魔術では再現不可能な距離への〈精神感応〉を行ったからですね。
――そう、魔法を使ったと認めるの?
認めますよ。わたしの進路はポートラッシュに売約済みですけど。
――魔術塔で魔法界の発展に寄与する気はないの?
ありませんね。そもそも寄与できないと思いますけど。
――何故?
お……アレクサンドラ様としか繋がらないので。
――研究してみなきゃ分からないじゃない。
術者としての確信はあります。
――調査によるとあなたはアレクサンドラ嬢を『お姉様』と慕い、恋愛または崇拝に近い感情を得ているとあるわ。貴族家で女同士とか不毛じゃない?
それを不毛と思う人には、未来永劫わたしの魔法が使えるようにはならないでしょうね。
――愛の魔法とでもいうつもり?気持ち悪くなるわ。
愛が魔法であると、西暦時代の魔法を使えない人たちですら知っていたのに、あなたは知らないんですね。
それと、ここを出たら侮辱を受けたと伝えることが1つ増えました。
――出られる気?逃すと思う?
当然です。わたしたちの寮の信頼関係を甘くみない方が良い。
――学生時代の恋愛感情や信頼なんて卒業すればすぐ無くなるようなものよ?
そうかも知れません。ですが、それは将来の話です。今現在、私たちの間には強い信頼関係があり、わたしがアレクサンドラ様に抱いている想いも本物です。
――アレクサンドラ嬢はレオナルドという男と恋愛関係にあるのよ?
ええ、そんなのは承知の上です。
――アレクサンドラ嬢はたいしたタラシだわね。彼女にそれだけの価値があると?
もちろんあるでしょう。でも魔法についてはそんなの関係ないとまだ分かりませんか?アレクサンドラ様が素晴らしいから魔法が使えるんじゃないんです。わたしがアレクサンドラ様を想う気持ちが魔法になっているんです。
――であればなおのこと魔術塔はあなたを放り出さないわ。
……いえ、あなたの時間切れみたいですね。
(扉が荒々しく開けられる)
『ナタリー!』
っ!……ドロシア先輩かぁ。
――どうしてここに!
『あなたの上司がわたくしたちに膝を折ったからですわ。あなたも、そこの書記も、もうお終いよ。魔術塔の強権の効かない司法の場で弁明なさい。ナタリー!露骨にがっかりするのをやめなさい』
いやー……ここはお姉様来てくれるかなと。
『仕方ないでしょう、あの子はまだスコットランドよ。でもあなたが拘束されてる間に面白いニュースが入ってきたわ』
なんですか?
『スコットランド北部、ハイランド地方で季節外れの大嵐。そして一日だけ昼が夜になったらしいわ』
ふふ、なんだか分からないですけど、間違いなくお姉様ですね。
『さ、出ますわよ。早く戻ってあなたのお姉様を出迎える準備をなさい』
はいっ!ありがとうございます、ドロシア先輩!……ではさようなら。もう会うこともないでしょう。
――待って!最後に1つだけ聞かせて。
なんでしょう?
――あなたが魔法でアレクサンドラ嬢に救援を求めたのは分かったわ、でもアレクサンドラ嬢があなたたちを救ったのは魔法では無くて魔術だと。
おそらくは。
――であれば彼女こそ真に化物ではないの?
そうですよ。わたしはあの美しく誇り高く心優しい化物が大好きなんです。ね!ドロシア先輩!
『わたしじゃない、わたしたちよ』
ええ、わたしたちは大好きなんです!
――査問会記録、回答者ナタリー・ブレイスガードル
「そうねぇ」
気分を害した様子もなく、ミセスは頬に手を当てて答えました。
「みなも聞きなさい。まず1つ。わたしは大魔術師とはいえ戦闘能力は決して高くはないの。そもそもわたしは付与魔術師としての大魔術師だからね。さらに言うと、単純な魔力量では群を抜いて低いのよねぇ。
もちろん、付与魔術師だから、魔術を込めた道具を使えばね。一度くらいは今言われたみたいに学校にいる魔族を一気に殲滅することもできるでしょう」
「それならっ……!」
ミセスは手をあげて発言を遮りました。
「〈転移門〉の向こうからその後どれだけ増援が来るかわからないのよ」
あ……と誰かが漏らす声が聞こえます。
「〈転移門〉の秘宝、魔力櫃とのリンクを塞ぐのはここにある魔術具や機材ではできないのよねえ。
辛いとは思うわ。でも耐えましょう」
「「はい、ミセス」」
そうしてまた戦いが始まります。
正面では鋼人形が何体も破壊され、寮の裏手からは時折爆炎が立ち上ります。
正直、苦戦ですね。オークのような最下層の魔族に加え、強力な魔族が加わりはじめたこと。わたしたちが疲労、魔力が減少しているのに向こうは増援であること……。
戦いの前にミセスが言っていた、魔力の枯渇が現実味を帯びてのしかかってきます。
「くそっ、敵がほとんど途切れないわね」
クリス先輩が悪態をつきました。
わたしたちも怪我は無い。あるいはしてもすぐに治せます。
治癒の魔術もありますし、アレクサお姉様たちが作っていた薬草を精製した魔法薬もあります。でもそれらを使うたびにわたしたちの魔力や資源が枯渇していくのです。
……うう、お姉様。
そうしてつらい戦いが数時間経過しました。
「キャー!」
寮内から悲鳴が上がりました。セシリア?
中で交代で休憩を取っていたはずの同級生の声が!
「ナタリー!確認!」
「はいっ!」
わたしは寮の中へと走りました。食堂の入り口側に生徒たちが固まり、厨房に杖を向けています。
厨房には黒い霧のようなものがわだかまり、その霧から爪が生えてセシリアの腹を貫いていました。
わたしは悲鳴をあげそうになるのを堪えて急ぎ叫びます。
「ドロシア先輩!厨房を燃やして!」
外にいるドロシア先輩に助けを求めます。
バンという音とともに窓に白い手形が浮かび上がり、そこから紅蓮の炎が部屋を満たしました。
霧が悲鳴を上げます。
わたしは息を止めて炎に突っ込み、セシリアを奪い取って食堂へと転がり出ました。
食堂にいた生徒からも〈魔力の矢〉が飛び、霧は断末魔をあげて掻き消えました。
わたしとセシリアに〈治癒〉の術式や水がかけられます。
霧形の魔族……。ああ、かまどの煙突から侵入されたのね。
うぅっ。
ぐったりとしたセシリアを抱きかかえます。
「助けて……お姉様」
口がひとりでに助けを求めます。
セシリアも気を失ってますが命に別状はないでしょう。でも彼女のきれいな栗色の髪の一部は燃えてしまいました。
わたしは天を仰いで叫びます。
「助けて!お姉様!」
『どうしました!ナタリー!』
なんと答えが返ってきました。




