第123話:防衛戦・前
――初めまして、名前を。
はい、ナタリー・ブレイスガードルです。
――まずは事実関係の確認から。
はい。わたしは9月15日の夜、細かい時間を見る余裕はありませんでしたが、おそらく午後10時前後。わたしはアイルランド辺境伯令嬢、アレクサンドラに救援を願いました。
――あなたはその時アレクサンドラ嬢がどこにいたのか知っていますか。
ハイランド地方にいるのだろうとは思っていましたが、細かくは知りませんでした。ブリテン島の北端あたりにいたらしいですね。
――……その情報はどこから?
先日、学校に到着したハミシュ・ファーガス先輩からアレクサンドラ様が北へ向かったと聞きました。
――なるほど。現在、あなたの行動が問題視されています。理由はわかりますか?
いえ、わたしは自身の行動に一切の問題はなかったと思っています。
――あなたは魔族との戦闘中に自身の魔力を消耗させ、どこにいるとも分からない人間に対して救援を求めるという行為を行なったからです。
それは事実です。それがなぜ問題なのですか。
――戦闘中に魔力を無駄使いするという可能性が高いでしょう。
まず、わたしの魔力ではあの場を打開することが不可能であるのは明らかでした。次に無駄使いと言いますが、結果無駄にはなっていません。
――軍ではそのような勝手な行為は厳しく罰せられるの。
わたしは軍人でも社会人でもありません。学生です。
――当時は戒厳令下よ。そんな言い訳は通用しないわ。
あなたたちが戒厳令を発していたとして、現場にその伝達は来ていませんでした。それはあの場にいた全員が証言してくれるでしょう。それこそそんな言い訳は通用しません。
――……。
あの時の状況を軍になぞらえて言うのであれば、わたしにとっての上官は寮長のメリリース・ロビンソン、寮母のミーア、監督官のモイラ・コンプトン、指揮を取っていたクリスティ・キャリッジのみです。彼女たちがわたしの行為を問題視していますか?
――それは単に結果的にそれが助けとなったからで。
そうです。結果的にわたしたちは助かりました。他の寮の生徒たちも多く助かったでしょう。
――であるなら逆になぜもっと早く救援を求めなかったの。そのせいで犠牲者も出ているのよ。
その発言はわたしに意図的に罪悪感を根付けさせようとしていると認識してよろしいですか?
――はっ?何を。
……アレクサンドラへ助けを願い続けていたのは最初からです。ただ、その願いが通ったのはわたしたちの寮が窮地に陥ってからというそれだけです。
――死者も出ているのよ!
だからなんです?その責任がわたしにあるのですか?
――……。
答えてください、わたしに責任があるのですか?
――あなた死者を悼む気持ちがないの?
ありますよ。でも話をすり替えないでください。わたしに責任があるのですか?
――査問会記録、回答者ナタリー・ブレイスガードル
結局のところ、魔術師の戦いを極限まで突き詰めるとその決着は2通りしかない。1つは意識を刈り取られること。もう1つは魔力が枯渇すること。そうミセスはおっしゃいました。
ありとあらゆる魔術が使用できる状態であれば、それ以外の決着は存在し得ないとも。
アレクサお姉様を見ていると分かる気がします。お姉様は怪我を負われてもそれを治されて戦いを継続されますので。
ディーン寮は敷地全体の結界、建物にはさらに強固な結界がミセスにより施されています。
「玄関部分は結界を開けるしかないかねぇ。そこを戦場にしようか」
でもミセスはそう言われました。全体を強固な結界で覆って、亀が身をまもるようにしても、敵が〈転移門〉から増え続ければすぐに破られる。こちらの魔力が枯渇すると。
であれば、敵を減らしつつ防衛した方がより長く耐えられる。そして結界を1か所開けておけば、戦場が有利に限定できると。
「アイルランドの結界と同じですね」
クリス先輩がそう言うと、ミセスは頷かれました。
ミセスが手を振ると寮全体が淡く光の半球に覆われ、門の前のみ光が途切れました。
「おいで、ラーニョ。ミーア、前衛をお願い」
「はいにゃ」
玄関の前を塞ぐように巨大な絹糸吐き蜘蛛が出現し、ミーアさんは門と玄関の中央あたりに立たれました。
お姉様がいればきっとミーアさんの隣に並び立って下さったのに!
「ドロシア、あなた火の術式得意な子達を連れて裏門側に回ってくれない?」
「……そうですわね。わたくしの魔術ではミセスの蜘蛛糸と共闘し辛いのが残念ですわ」
ドロシア先輩は何人か引き連れて庭を通って建物裏手へと移動されました。
火系統だと蜘蛛糸焼けちゃいますからね。
校舎の方に暗雲が立ち込め、どんどんと魔族が出ているようです。
濃密な魔の気配、ここからも校舎の周りを飛翔する影が見えます。
「おでましですにゃ」
ミーアさんが呟き、わたしの背後から、押し殺した悲鳴が上がりました。
寮の正面、オークの群れです。
野良の魔物とは違う、金属の武器と鎧で武装した連中です。
それは群れというよりれっきとした軍勢。
光る結界にハンマーを叩きつけて弾かれていますが、その音はわたしたちの心を冷たくしていきます。そして結界の無い門の前に集結しました。
「ばらばらに来てくれれば楽なんですがにゃー」
ミーアさんの四肢が毛に覆われ、爪が伸びていきます。
「第二部隊!ミーアさんに強化!」
クリス先輩の声に応じてミーアさんに強化、補助の魔術が重ねがけられていきます。
「フシャアアァァァッ!」
「「「ブギイイイィィィッ!」」」
お姉様……!
互いが咆哮を上げて突撃し、戦いが始まりました。
「第一!左から掃射!」
〈氷弾〉や〈石弾〉が打ち込まれていきます。わたしもそこに加わって攻撃を行いました。
右手ではミセスが手を振るのに合わせてオークが昏倒したり、首が斬り落とされていきます。
お姉様の決闘の時に使っていた糸の技ですね!
中央ではミーアさんが奮戦しています。オークたちの攻撃をすり抜けるようにして避け、眼や首、手首の内側などを爪で切り裂いていきます。
鮮血を噴き出して倒れるオーク。ですが傷の浅いものはそれでも突撃してきます。右手を落とされたり視力を失っても、ミーアさんの脇をすり抜けて玄関側へと突撃を仕掛けてきます。
「第三!防御!」
〈魔力障壁〉が幾重にも貼られます。
「Go Ahead!」
サリアがお姉様のような掛け声をだして、玄関の奥から飛び出しました。サリアの小柄な身体が隠れるほどの巨大な盾を持って先頭のオークにぶちかましをかけます。
サリアの何倍もの体重があるであろうオークが仰向けに倒れました。
すごいじゃない!
「サリア後退!……第一!掃射!」
近寄ってきたオークたちに至近での魔術が炸裂しました。
わたしも杖から魔術を放ちます。
「ミーア、交代よ」
1時間近くは戦闘を継続していたでしょうか。
空はもう真っ暗です。第二の月と弱い星明かりのみが空に輝き、遠くからは他の寮での戦闘音が響いています。
ふー、お姉様。生き延びました。
敵の第一波を凌いだかというタイミング。おそらくオークたちの指揮官であろう巨躯のオークを倒した際、ミセスが声を掛けました。
「〈動く刺繍〉から〈召喚:鋼の軍団〉」
ミセスの膝掛けがふわりと浮き上がると、刺繍が魔法円に変化し、巨大な鋼人形が召喚されます。
お姉様との決闘のやつですね!
2体召喚された鋼人形が玄関の前に立ち、ミーアさんがこちらへと戻ってきました。
汗だくで息も荒く返り血を浴び、とくに両手は真っ赤です。
「〈浄化〉」
「ふーっ、ふーっ……。ありがとにゃ、ナタリー」
「第四!集まって!」
クリス先輩が戦闘には参加していなかった下級生たちを集めます。
「〈魔力譲渡〉!」
後輩達の魔力がクリス先輩を通じてミセスに渡されます。
「ありがとうね、クリスティ」
「いえ、ミセスこそお疲れさまです」
鋼人形たちはオークたちの死骸を寮の外へと積んでいきます。
わたしの元に後輩からレモン水が届けられました。
「ありがと……」
ひとときの休憩です。これが終わりで無いのはみな分かっています。学校はむしろさらに今までより禍々しさを放っているので。
「あ、あの!」
一人の新入生がミセスに声をかけました。顔を赤く染め、緊張しているような、怒っているような表情です。
「ミセス・ロビンソンは大魔術師なんですよね!もっと一気に魔族を殲滅できないのですか?」




