第120話:終焉のハイランダー
「まつろわぬという言葉は権力に従わぬという意味ですわよね。
黄道暦、この星に12の都市が残された時代においてそれらに合流しない。ここであれば西暦時代のロンドン、ライブラに従わないという意味だと思っていましたの」
「ふむ、権力にまつろわぬというのも間違ってはいない。最も力を持つものに従わぬという意味なのであるから。我らがまつろわぬは人類守護神よ」
わたくしの答えに対し、お祖父様はにやりと笑いそう言われました。
ほう。大胆な告白ですわね!
なるほど。滞在したばかりではありますが、この集落には確かに人類守護22柱への祈りを捧ぐ風習や神殿を見てはいませんわね。
「西暦の末期、滅びかけ、魔力の失われていた世界に突如魔力が復活した。それを成したのが22柱の人類守護神と教わっているか」
「ええ、もちろん」
「厳密にはその首魁たる“世界”が成したようだ。
だが彼女が文明が滅びかけるのをある程度見過ごし、人類を選別したと言ったらどう思うかね?」
ふーむ。今、しれっと彼女と言われましたし、真偽はともかく何らかの繋がりはあったのですかね。
「陰謀論者の類がよく言うやつですが、根拠があるのですわね?」
「いや、ない」
あら?
「だが我が父祖にはそう確信するだけの因縁があったようだ。おそらくは根拠もあったのだろうが、それは歴史の中で失伝している」
ふむ、長き時間によるものか、それが真実だとして、神々のごとき力を持つ者が相手だとしたら隠蔽は簡単ということですかね?
わたくしは脳内で尋ねます。
『クロ、どう思います?』
『ここ1000年で世界の魔素が急激に増加したのは間違いありませんし、自然な増加とも思えませんが、それが人為か否かについては分かりかねます。
ただ、少なくとも魔素の増加要因はわたしの知覚の外です。海や地が原因ではない。
また、人類守護神と呼ばれる22の強大な存在はそれと同時期に出現したのも間違いないですね』
クロのような古代神とはそもそも異なる存在ということですか。
わたくしはそれをお祖父様やハミシュにも伝えます。
ハミシュが微妙な表情をします。
「なんですの」
「いや、そのなりで神なんだよなあっていう」
失敬な!
お祖父様が続けます。
「西暦の末期、今の人類領域、かつてヨーロッパと呼ばれた領域にはこの星の人口の1割も住んでいなかったという。
なぜその領域が残り、当時人類の半分が住んでいたというアジアが魔界に堕ち、その半分の人口があったというアフリカは新大陸と化したのか?」
同級生のハオユーの顔が思い浮かびます。東方より来る漂泊の民、故郷を失いし者の末裔。
確かにそもそも12都市はかつて最も人が多かったアジアにほとんど存在せず、そしてアジアは魔界に沈みましたか。
そこに人為があるとすれば恐ろしい話ですが……。
「まあ、何とも言い様がありませんわね。
真偽もわかりませんし、仮にそこに人為があったとして、やむなき理由が存在したのかどうかもわかりませんの」
「その通りだ。だが我らが父祖が、彼らの庇護から外れたのか、あるいは外れた者達を護るために守護神や守護神の手先と戦っていたのは間違いない。
主に“教皇“や”審判”の手の者達とだな」
ふむ。
ハミシュが声をあげます。
「おい、じじい。集落がそいつらに攻められてるなんてことは無いじゃねえか」
「うむ、先々代ころまでの話だ。
理由は……おそらく我らがもう奴らにとっての脅威ではない、狙われるだけの価値が無くなったのだ」
「……人口ですか?」
「それもあろう」
お祖父様は頷かれました。
脅威となるだけの人口を維持できなくなったか、あるいは先ほどの失伝のように、脅威で無くなったのか。
そしてお祖父様は懐から光るものを取り出し、こちらに差し出しましたの。
それは銃弾、完全被甲弾。
今の文明では製造できぬ、歪みひとつなき金の円錐。
「美しいですわね」
「かつて我らはそれを作ることができた」
彼らの祖がロイヤルスコットランド連隊の第四大隊、ハイランダーズであるというのであれば。
そこには技術者もいたのかもしれません。
お祖父様はもう1発の弾丸を取り出します。
ふむ。良く出来てはいますの。
とは言えこうして手元で比べてしまうと一目瞭然ですわね。僅かに歪ですし、そもそも金属の質が違いますか。恐らくは重心の位置も変わりましょう。
「この世界は歪だ。この銃弾のように。
過去の知識は残れども、それを再現出来ぬ。
銃そのものも古代の堅牢なものが残るのみよ」
「技術的な問題ではなく?
あるいは世界が長く続く戦いのなかで消耗しているのも」
わたくしの疑問にお祖父様は首を横に振りました。
「それもあろう。
だが汝等は若い故に気付かぬであろうがな。この世界の歪さをいつか感じる時がくる。
儂はそれを感じた時、もはやこの村を捨ててその感性のために動くことは出来なんだ。
アレクサンドラもまた責任ある立場だ。動けぬであろう。だが覚えておいてくれ」
「はい」
『わたしも記憶に留めましょう。存在する限り』
お祖父様は満足げに微笑まれました。
「流石は神だ。その言葉ひとつで我らの戦いが無為で無かったと。赦しを得たようだ……。
長話となった。雲も出てきたし戻るとしよう」
はるか遠い空に雲が湧いているのが見えます。あれがさっとやってきてすぐに雨を降らせるんですわよね。
わたくしは頷きます。
ガヴァンお祖父様はため息をつかれました。
「最後にだ。長々と話したが、これはお前の物語ではない」
「なぜです?」
「先も言ったように汝は責任ある立場なのと……、アイルランドは“魔術師”と“太陽”と縁強い。人類守護神と敵対は考えぬであろうからだ」
ああ、確かに。アイルランドを囲うヨモトゥヒラサクはその御二方による結界ですしね。
アマテラウス様が滞在したこともある縁ある地ですの。
今のお祖父様の話が真であるとして、わたくしが人類守護神を敵対したり恨んだりするかというと……それは難しいですわね。
わたくしは頷きます。
「いつか汝のもとに、この世界の謎に迫るものがいたら語ってやってくれ。
それと、我らが彼らに抗するために編み出した技を汝に伝えようと思ってな」
「それは……秘伝にあたるものでは?」
「ああ、だがアレクサンドラ、ハミシュよ。だが儂はこれを今汝らに伝えるべきと判断した。
そしてその技はレオナルド殿との戦いで役立つと言ったらどうだ」
わたくしは即座に地に膝をつきます。
「ぜひ、ご教授願いたいですの」
そうして山を降り、その日からわたくしはお祖父様に弟子入りすることとなりましたの。
義兄様に見られるわけにはいきませんので、義兄様には集落での共同生活のために狩に出てもらい、わたくしとハミシュは日々の生活や学習のかたわら、丘の上にてその技の継承のための修行を願います。
2週間ほどで何とか扱えるようになったでしょうか。8月は去り、ハイランドには早くも秋の気配が漂っていますの。
わたくしたちは再び旅の準備をします。
「行くのか」
ハミシュが問います。
「ええ」
もう学校の新学期は始まっています。ハミシュは学校へと戻るとのことですが、わたくしの修行に付き合って残ってくれていましたの。
集落の皆さんが見送りに来てくださいます。
村の中央の広場にて。皆さんに囲まれ、女性たちからはお弁当を貰い……、キルトの正装を身に纏い、バグパイプを演奏してくれる方達もいますの。
勇敢なるスコットランドですわね。
「んじゃ行ってくる。次戻るのは卒業したらだな」
「待ってるから!」
ソルチャさんがハミシュに抱きつき、歓声があがりました。
ハミシュは片手を上げて、わたくしたちがここへと来た道、南へと歩みを進めます。
「ではわたくしたちも行きます、お世話になりましたの」
「グルル」『感謝を』
「汝の誓いが叶うよう願っている」
お祖父様が言われました。
わたくしはみなさまに手を振り、集落を北へと抜けましたの。




