第117話:決闘・後
きゃー!義兄様素敵ですわー!きゃー!
むふー、とテンションあがってしまう訳ですが、まあそういう場合ではないですの。
今の決闘、実のところわたくしは銃を渡して『これで相手を倒せ』としか義兄様には伝えていませんの。であれば、銃を投擲して倒すか銃把で殴り殺すかすると思っていたのですが……。
彼はアーディッシュをその威を以って降伏させ、寛容にもそれを笑って許していますわ。
敵対者に対する寛容さ、つまりは義兄様の意識が戻りつつあることに他なりませんの。3神による魂の牢獄から解放されつつあるのでしょう。
良きかな、ですわ。
さて、わたくしは前に出ます。
「我が名誉を護りし、レオナルドに感謝を」
わたくしが手の甲を上にして差し出すと、義兄様は跪いて手を取り、手の甲を額に押し当てるように顔を近づけます。
昨日会ったソルチャさんや女たちが目をキラキラとさせてこちらを見てますのよ。ふふ。女としては憧れちゃうやつですわよね!
わたくしは頬が緩みそうになるのを堪えます。
「無効だっ!今の決闘は無効である!」
ダネルが叫びながらこちらへと近づいてきます。
「ほう。まあ何が言いたいかは分かりますが、品は無いですわね。言い分をどうぞ」
「決闘の勝敗は死を以って決定するという話であった!降伏など認めてはいない!」
周囲が非難に騒めきます。まあそうですわよね。勝敗そのものは明らかですので。
「あなたの代闘士は降伏したわ。それでも敗北を認めませんの?」
「この男が勝手に降伏しただけだ!アーディッシュ!怯えて撃てないなどなんたる失態か!恥を知れ!」
わたくしは手袋を脱ぎながら考えます。
まあ、ダネルの言うことは決して間違ってはいませんの。決闘とは命をかけて神や、今回の文言だと家名と父祖の霊に誓っての自らの正しさの証を立てる行為。
その約束事を破るのは決して褒められた行為ではありませんからね。
お祖父様が決闘の終わりを宣言するときに溜め息をついておられたのも、今ここに口を挟まないのもそうでしょう。
まあ、今話さないのはわたくしたちがどのような行動を取るか見極めている側面もあるでしょうけど。
「恥を知れくそ伯父……」
ハミシュが呟きました。
ダネルはアーディッシュを責めています。
ふむ。
わたくしは思いっきり振りかぶって手袋をダネルの顔面に投げつけました。
ところでこの手袋、魔物素材の糸に竜鱗が織り込まれていて、わたくしの魔力を込めるとさらに硬化する訳ですが。
「へぶぅ」
こちらを見ていなかったのか顔に手袋を受けてダネルが悲鳴を上げて倒れました。
ちょっと面白い声でしたわね。
「な、何をする!」
「何をって決闘の申し込みですわ。決闘の結果に不満なんでしょう?」
わたくしは観衆に聞こえるよう大声で宣言します。
「わたくしは先の決闘の結果の履行!
加えて我が騎士レオナルドの慈悲を受け取らなかったことへの謝罪!
加えてアーディッシュ・ドリューへの侮辱への謝罪!
以上3点を以ってダネル・ファーガスに決闘を申し込みますわ!」
「待て、最後のは何だ!」
おや、ご存じない。アーディッシュも驚いたような顔でこちらを見ていますの。
「彼の取った所作、決闘相手に跪くのは恭順の誓い。勝者の軍門に下ることを宣言する行為ですの。つまりアーディッシュは現在我が庇護下にあり、あなたはそこに暴言を吐きましたのよ。
さあ、受け入れて謝罪するか決闘に臨むか返答は如何に!」
アーディッシュは涙を流してこちらを拝んでいますわ。
ふふん、ダネルが困っていますの。
「諸君!」
わたくしは返答がないダネルを置いて集落のみなさんに声をかけます。
「ブライアンとディアドリウの娘、アレクサンドラですの。
ご挨拶する前にこのような決闘さわぎになってしまいましたわ。よろしくお願いいたしますわね」
わたくしがお辞儀をすると、パラパラと拍手があがったり、お辞儀を返してくださる方もいましたの。
「そしてこちらが我が騎士レオナルド。ちょっと言葉は話せないんですけど、素晴らしき騎士ですのよ。代わってよろしくお願いいたしますわ」
ぐるりと彼らを見渡します。
「さて、ダネル・ファーガスは今の決闘の結果に不満があるそうですの。あなた方もそう思いますか?」
返答はありません。首を横に振る方もいますわね。
一方で男性方にはこちらを睨みつける者もいます。ダネル派と言ったところでしょうか?
「ダネル・ファーガスが敗北を認めないのであれば、わたくしが取れる手段はそう多くありませんの。
アーディッシュ・ドリューを殺して先の決闘に有無を言わせず勝利するか、もう一度決闘を行って敗北を認めさせるか、アイルランドがハイランドに戦争をしかけるかですわ」
場が騒然とします。
ふむ、戦争なんて大袈裟なという声も聞こえますわね。
「ですが!アーディッシュは恭順の誓いを取った。彼はわたくしたちの庇護下にありますの。殺すことはありませんわ。
そしてわたくしは辺境伯名代として来ているので、本来なら侮辱に対して戦争で返しても良い。ただ、それを望んでいる訳ではないですわ。
故に決闘ですの。誰か!ダネル・ファーガスの代闘士としてわたくしたちの前に立つ者はいるか!」
返事はありませんの。ダネル派も義兄様と決闘したいとは思わないでしょうね。
わたくしはにやりと義兄様のように歯を見せてダネルに笑いかけます。
「さあ、ダネル・ファーガス、決闘しましょう。代闘士はいなそうなので、あなたが出ますのよ?
ん?武では勝てそうにないなら平和にハギスの大食い勝負にでもしますか?ふふふ、それならあなたに勝ち目があるかもしれませんね?」
こちらの挑発にダネルは顔を赤くして口元を震わせますが、答えられませんの。
わたくしは投げつけた手袋を拾い上げてつけ直します。
「ふふん、臆病者め。
ハイランダーの諸君!わたくしはアイルランドに帰ったのち、ハイランダーとは臆病者の集団であったと話しますのよ!」
「お、おい」
「それは聞き捨てならんな」
ハミシュがこちらを止めようとし、お祖父様が口を挟みます。
「ダネル・ファーガスはガヴァン・ファーガスの長子であり、この集落を継ぐ可能性が高いと聞いた!
『一頭の狼に率いられた百頭の羊の群れは、一頭の羊に率いられた百頭の狼の群れに勝る』ですの!臆病者に率いられる集団に何を恐れることもありませんのよ!」
むわっと集団から怒りの熱気が上がったように感じました。
「てめえ、そんなそんなこと言って覚悟は出来てるんだろうな!」
「臆病者相手に覚悟なんて不要ですのよばーか!」
「この数相手に暴言吐いて生きて帰れると思ってんのか!」
「はっ、烏合の衆は1000人いたところで英雄には勝てませんのよ!」
と即座に切りかえしつつ、わたくしは頭の中でクロとスティングに話し掛けます。
『クロ、スティング。わたくしへの攻撃に対する防御重点で。
大規模魔術が行使されそうならその妨害、義兄様への援護は不要。ただクロは義兄様の攻撃が相手を殺しかねない場合はフォローを』
『かしこまりました』(いえすまむ)
「わたくしとレオ義兄様直々に喧嘩を教導してやりますの!
かかってこい!臆病者ども!ぶち殺す!」
「ヴオオォォォッ!」
わたくしが魔術のキーワードを唱えて戦闘準備、義兄様も咆哮します。
まずは観衆達から血の気の多い若い男達が駆け寄ってきますの。
よーし、殴り合いですのよー!




