第116話:決闘・前
荷物を持ってお外へ。2の月と星あかり、集落の光のみが照らす暗闇のなか。ちょっとした崖となっているあたりへと移動し、そこに義兄様と座ります。マントと毛布を広げて包まりますの。
ふむ、村の明かりの瞬きで、扉の開閉が、つまり家々を回っているものがいるのがわかりますの。
お祖父様かダネル叔父の手回しでしょうかね。何とはなしに見ていると、ざっざっとこちらへ向かう足音が近づいてきます。
『ハミシュですね』
クロが足音の主を教えてくれます。
「すまんな、アレクサンドラ」
「いえ、まあこのような話は出てくるかと思っていましたし」
ドサリと音がしました。
「せめて薪だけ置いておく。
おそらく明日の正午に決闘ということになるだろう。朝また来る」
それだけ言って足音は離れていきました。ふむ、寒いですしね。ありがたく使わせていただきましょう。
「義兄様、明日はお願いしますね」
「グルル……」
焚き火のそば、毛布に包まった義兄様がわたくしを抱きかかえますの。
むふー、温かい。
「クロ、スティング。わたくしたちは明日の決闘のために休みたいので、今夜の警戒をお願いしてもよろしいですか?」
『はい』(やー)
金の髪が広がり、クロが感知の結界を張った様子ですの。
ではおやすみなさいましー。
翌日の正午、わたくしたちは集落のそばの丘の上に赴きました。
集落のみなさんでぞろぞろと丘の上へと向かいます。
こちらに礼を取る者、すまなそうな顔を取る者、義兄様を見て驚く子供。色々な表情が見られますが、こちらに敵愾心を向けているようなのはほとんど見ませんわね。
丘の上は平らに均されていますの。訓練場や集会に使っているのでしょう。
わたくしの代闘士として義兄様が出ておられるので、わたくしは介添え人扱いで、ハミシュもこちらについてくれています。
ダネルの方にも背後に介添え人がついていますが、もちろんわたくしの知らない人ですの。
決闘の見届け人、審判でもありますわね。ガヴァンお祖父様が中央に立っておりますの。
ダネルが箱をもって中央へやってきました。ん?
「こちらが決闘の武器だ」
わたくしが決闘を申し込んだので、武器の指定権はあちらに。いや、それは良いのです。えーとダネル本人が持ってくると言うことは。
「あなたも代闘士を立てるのですか?」
「ああ、お前も立てているだろう?文句は言うまいな?」
彼の背後にいる男性の1人が頭を下げました。彼が代闘士ですか。良く引き締まった体つきの男性ではありますが、そこまでの武威を感じはしませんわね。ダネルの方が強そうに見えますの。
「文句は言いませんが、ダサい男ですわねとわたくしは思いましたし、この集落の人々もそう思うでしょうね」
ダネルの顔が紅潮し、叫ぼうとするのをぐっと噛み締めて声を出しました。
「決闘の結果については理解しているだろうな」
「わたくしが敗北した場合はわたくしの身柄を差し上げましょう。婚姻などもあなたの自由にどうぞ。
わたくしが勝利した場合、あなたが死ぬと思っていましたが、代理を立てられたということは生き残るんですわよね。では地に額をつけて謝罪なさい。そしてその旨は正式な文書として残しましょうか」
お祖父様が頷きます。
ダネルが持ってきた箱の中には6丁の拳銃がありました。陽光を反射し、黒く光り輝いています。それと共に真鍮の鐘。
ふむ。
「改めよ」
わたくしは回転拳銃の一つを持ち、弾倉を倒して銃弾を抜き、また元に戻します。
「銃の良し悪しは分かりません。ハミシュ、確認を」
ハミシュが頷き、一丁ずつ確認を始めました。
なるほど、代闘士の彼は銃に熟達しているのですわね?わたくしはダネルに尋ねます。
「決闘方法は?」
「中央から互いに5歩ずつ離れ、この鐘の合図とともに撃ち合う」
「銃による決闘の作法に詳しくないので幾つかお伺いしたいですの。勝敗の条件と、魔術の使用の可否、それと初期位置からの移動は可能ですの?」
「勝敗は死を以って決定する。魔術は使用不可、移動は可能だが攻撃は銃で行うことだ」
「ふむ、でしたら共に生き残った場合は?」
「中央に銃弾を置いておくので、それを取って撃つ」
「承知しましたわ」
わたくしはハミシュに拳銃を一丁選ばせ、それを義兄様に渡します。
「最初に5歩下がって、鐘の合図があったらこれで相手を倒せですって」
「ガウ」
義兄様は銃を持って頷きました。
わたくしたちは斜め後方へと下がります。真後ろは危ないですからね。
下がりながらハミシュが耳打ちします。
「おい、アレクサンドラ。レオナルド殿は銃を扱えるのか?」
「さあ?」
「さあっておい!」
威風堂々と立たれる義兄様の手の中の銃を見ます。義兄様の手には明らかに小さい、おもちゃのようにしか見えない拳銃。
「引き金のまわりに覆いがあるでしょう?」
「用心金のことか?」
「ええ、あれに義兄様の指が入る訳ないでしょう」
ハミシュが顔を青くします。
「おい、まずいだろ!」
わたくしはゆるりと首を横に振ります。
そんなもの、ハンデにもなりませんのよ。
「ではこれよりアレクサンドラ・フラウ・ポートラッシュ代闘士レオナルド・ポートラッシュと、ダネル・ファーガス代闘士アーディッシュ・ドリューの名誉ある決闘の儀式を執り行う。
両名ともその家名と父祖の霊に恥じぬ戦いを期待する」
向こうの代闘士の方が会釈します。義兄様は不動。お祖父様がこちらを見たので、わたくしが代わりに頷いておきます。
お祖父様の号令で互いに義兄様たち5歩離れます。義兄様の一歩が大きいので10m程度は離れたでしょうか。
「では決闘を開始する」
カァーンと金属の打ち鳴らされる音がしたと思うと、その瞬間にパアンと銃声がしました。速い。魔力で強化したわたくしの眼でやっと見えるほどの抜き手の速さですの。
義兄様は……倒れていません。
周囲がざわめきます。
相手の顔が青ざめ、口元が戦慄きました。
立て続けに連続する銃声、義兄様は続く2発の銃弾も右手の拳銃で打ち払います。
心臓狙いと顔狙いの射撃、その射線上に拳銃の銃把を置き銃弾を弾くという絶技ですわね。
「どういう魔法だよ……」
横で呆然とするハミシュが呟きます。
「魔法ではありませんの。純粋な武の極みですわ。
銃弾ではなく、相手の殺気と視線、銃口の向きから推測される位置に盾となるものを置いているだけですのよ。
……ぶっちゃけ意味わかりませんわよね」
ちょっと外れた銃弾を避け、最後の方は相手の震えのためか外れました。
相手は呆然とした表情でカチカチと引き金を引くも弾はもう出ませんの。
「アーディッシュ!弾を装填しろ!」
彼はダネルの声にはじかれたように走り出し、中央の銃弾を拾いに走り、屈んで銃弾を拾います。
「ヅアアァァァァッ!」
義兄様が咆哮しました。
闘気を叩きつけられたアーディッシュが銃弾を取り落とし、周囲の人々にも転倒するものが出て、子供は泣き叫び、鳥は飛び立ち逃げます。
うん。流石義兄様ですの。
義兄様が悠然と歩き出します。
アーディッシュは銃弾を込めようとしますが、取り落としては拾い、取り落としては拾い……。
銃弾がチリンチリンと音を響かせ、地面に転がっていきます。
とうとう義兄様がアーディッシュの前に立ちました。義兄様の影が彼にかかります。
「ひっ」
と小さな悲鳴が聞こえました。
義兄様は手にした拳銃の銃身を握ってゆっくりと振り上げ、まるで剣舞のような美しい軌道でそのままゆっくりと振り下ろします。
銃把がコツリとアーディッシュの額を叩きます。
アーディッシュは尻餅をつき、はっとした顔で地面に座り直し、片膝をついて頭を下げました。
義兄様は歯を剥き出して鮫のような笑顔を見せましたの。
「審判!」
わたくしが叫ぶと、ガヴァンお祖父様はふうと溜息をつかれ、声を上げました。
「アーディッシュの戦闘続行不可能により、アレクサンドラ代闘士、レオナルド・ポートラッシュの勝利とする!」




