第111話:手紙
「ここが何だと?」
「わたくしの5歳の誕生日、みんなでおうちでパーティーをしていただいたのを覚えてますか?」
お父様が首を傾げます。
「えーと結局キールだったかしら。魔族の襲撃があって途中でお開きに」
お父様は頭をぴしゃりと叩きました。
「あー、そうであった。すまぬな」
「いえ、仕方ありませんもの。その日ですわね。お庭にお母様と義兄様とわたくしとで手紙を埋めたんですの」
そう、それを拾いに来ましたの。残っているかなと、お父様が呟かれました。どうですかねぇ。きょろきょろと地面の様子を見ますが。
「土属性魔術に長けていたお母様の〈埋葬〉術式なので、10m以上下まで沈んでいるはずですの。戦闘で荒れたり植木とかも抜かれてしまってはいますが、それでもそこまで深くはひっくり返されてないかと。
〈封印〉の術式はお母様がかけましたが、わたくしの魔力を使ったので、数十年はいけると思いますのよ」
「なるほど」
「ではみなさま、がんばりましょう」
義兄様の曳いていた荷車からスコップを取り出して配ります。ハミシュが呟きました。
「マジか」
「はい、がんばりましょう。肉体強化はかけますので」
という訳で、4人で地面を掘っては掻き出す作業を続けること1時間。庭には深い穴が開きましたの。
「ありましたのー!」
そしてとうとう穴の底でわたくしは声を上げます。
頑丈な木箱を防水布で包んだ、土まみれの茶色い塊。わたくしはそれを持ち上げて叫びました。
土をささっと落として抱え、壁を蹴って穴を駆け上がりますの。
暗い穴の底から地上に来ると目がしぱしぱしますわね。
布を剥がし、箱にかけられた〈封印〉を解除します。ふふ、お父様もハミシュもちょっとわくわくした表情をされてますの。
わたくしが蓋を持ち上げると、ぎいと錆びついた蝶番の擦れる音とともに、箱が開きました。
まず一番上にあったのは……。
「色あせた花冠ですわね」「……10年以上形が残ってるとか意味がわからない」
「おもちゃの剣」「グルゥ」
「きれいな石」「アリーは良く集めていたな」
「あはは、へたくそな絵」「うしろの赤いのはザナッドかな」
「……そう、これを取りに来ましたのよ」
わたくしは小さな3つの袋を取り出します。その中でDと刺繍されたものをお父様に渡しました。
「それは?」
「わたくしと、レオ義兄様と、そして今渡したそれがお母様の御髪です。……そう、お母様の遺髪ということになりますわね」
「そんなものを遺してくれていたのか……」
「ええ、お父様。そしてその半分をスコットランドのお爺様にお届けしたいのです。よろしいですか?」
「そうか……、そうか。ありがとう、アリー。ハミシュ君いいかね?」
「あ、はい閣下。
……あー、アレクサンドラありがとう。祖父も喜ぶ、と思う」
後は刺繍入りのハンカチが4枚と、お母様の魔術書の写しですわね。おっと、こんなところにしまわれていたとは。これかなりの価値があるのでは?
そして、……手紙。
お父様にわたしからとレオ義兄様からとお母様からの手紙を渡します。
「これで全部ですの」
お父様は目頭を押さえて言われました。
「そうか、まさに宝箱であったな」
「ええ、後で読んで下さいまし」
本当は霊廟にも用があったのですが、泥塗れになってしまったので、今日は一度出直します。穴を埋めて宿営地へと戻り、風呂に入って、仕事もして……としているうちに日が暮れていきますの。
「義兄様宛の手紙はここにしまっておきますわね」
「ガゥ」
「義兄様からわたくし宛のも今は読みませんわ、義兄様の魂を取り戻してからにしますの」
小箱に手紙をしまいますの。わたくしが自分宛に書いた手紙と、お母様からの手紙を懐に天幕を出ます。
「クロ、義兄様。ちょっとお外で読んできますわ」
『いってらっしゃい』
わたくしは陣からふらっと出て東へ。町の外壁の残った部分へと跳び上がります。
町より東は、海が広がっています。ちょうど凪の時間帯でしょうか。穏やかな海、東の空は暗くなりはじめ、一の月が薄く昇っているのが見えます。
ひとけのない壁に腰掛け、手紙を広げました。
かつてのわたくしの書いた手紙はまあ、5歳児ですからね。
読んでいて微笑ましくはありますが、下手な字で、未来のわたくしに『元気に頑張ってね!』と書いただけのものですの。
わたくしは深呼吸し、夜になりつつある空気を肺に取り込み、もう1枚、お母様からのものを広げました。
『親愛なるわたしの娘、アレクサンドラへ
この手紙を手にしているあなたはアリー、アレクサンドラ・フラウ・ベルファストかしら?
そうであるとして話をするわね。
まずは2つの意味でおめでとうと言わせてね。
1つは大人になるまで育ってくれたこと。先天性の魔力過多症、あなたが生まれた時、大人になるまで育つ可能性は10に1つもないと言われていたわ。
もう1つ。この手紙が掘り出せたということは、この土地ベルファストが人間のものであるということ。
おめでとう、そしてありがとう。
あなたの隣にブライアン、あなたのお父様はいるかしら?レオナルドはいるかしら?そしてわたしはいるかしら?
多分わたしはいない気がするの。
この土地に嫁ぐためにハイランドの実家を出た時、わたしの父、アリーにとってのお爺様はわたしの命が長くないと予言をしたわ。
それでもわたしはブライアンを選んだし、幸せだったけどね。
わたしは父のように未来を視る力はほとんどなかったけど。
それでも産まれてきたあなたを抱き上げた時、強い、強い運命を感じたわ。
親の欲目かしら?それとも真実になっているかしら?
アレクサンドラ、人類の西の守護者たち、防人の長としての宿命を持って産まれた子。そしてハイランダーの血を強くひく子。
あなたは生まれながらにしてとても重い責任を負ってしまい、強すぎる力を得てしまっている。
今あなたが魔族との戦いの最前線にいるであろうことは間違いないでしょう。
それでも。
それでもわたしはアリーが幸せであることを願ってやみません。
この庭の四阿で。楡の木の下で。小さな薔薇園で。
あなたとレオナルドが遊んでいるのを見て、たまにそれに加わることはわたしにとってこの上ない幸せでした。
あなたも戦いの日々の中に幸せを得んことを。
その幸せを与えてくれる人は誰かしら?ブリテンのルシウス殿下との婚約話は上手くいったのかしら?それともレオナルドかしら?わたしの知らない誰かかしら?
わたしは一緒に育っていたレオナルドと一緒になっていて欲しいなと思っているけど、これはブリテンへの不敬に当たっちゃうか。
ふふ、秘密にしてね。
あなたの隣にいるのが好きな人なら誰でもいいわ。
そして、できればあなたがいつか戦いの日々を終えて、宿命に打ち勝つこと、自由な人生を謳歌して欲しい。
ああ、色々書きたいことが出てきてしまって纏まらないわね。
うん。どうか、元気で。
常に変わらぬ愛をこめて
あなたの母、ディアドリウより』
わたくしは、ぐずりと鼻を啜ると、懐に手紙をしまいました。先ほどより明るさを増した月を見上げます。
お母様、わたくしはちゃんと大きくなりました。
お母様、ベルファストは奪われましたが、ちゃんと取り返しました。
お母様、お父様はお元気です。レオ義兄様はわたくしのために全てを擲ちました。
お母様、わたくしは自らが負うべき責任を負担とは思っていません。
お母様、わたくしは幸せです。
あの四阿も楡の木のブランコも薔薇の生け垣も忘れたことはありません。
お母様、わたくしはレオ義兄様……レオナルドと結ばれるために今は戦っています。
全てを擲った彼の魂を奪還に、天空の神を殴り倒しにいくつもりですの。
「……そうしたら、わたくしはまたここにレオナルドと挨拶に来ますわ。
そうしてこの島から魔族を駆逐して、幸せに暮らしますの。
……ありがとう、お母様」




