第109話:りもーと・びゅー
ブライアン義父さ……ブライアン様の指揮のもと、わたしたちは布陣している丘の上を確保し続けます。
わたしは、お姉さまたちについて行かれていた輜重の方々と陣の中で一番ベルファストから遠い安全な側に一緒にいます。彼女たちは円形に槍を持って固まり、わたしはその内側でアレクサお姉様の様子を〈遠隔視〉の術式で見ています。
……さ、サボりじゃありませんよ!
ブライアン様からベルファスト内部の様子を見ているように命じられてるんです!
今わたしの視界に重なるように映るお姉さまはクロさん、レオナルドさんたちと共に金髪緋眼の男性と対峙しています。イケメンさんですね!
しかしその男性は、はるかに巨体であるレオナルドさんの剣を片手で受け止め、さらに剣を破壊します。お姉さまがその男性の剣を止めましたが、たった一度の打ち合いでお姉さまの剣も斬られかけています。
脳内にお姉さまの声が響きました。
『ナタリー!聞いてますの!父ブライアンに告げなさい!騎士レオナルドのための最高の剣を準備、10分!』
「はいお姉さま!」
わたしが答え、一歩前に出ると輜重のお姉さんに止められます。
「ちょっと、いきなり陣から脱けだそうとしないでよ」
「緊急です!アレクサおね……アレクサンドラ様からブライアン様に緊急の伝言が!」
「分かったわ、誰か!」
わたしは兵士の方に連れられてブライアン様のいる側へと移動します。彼は戦場の先頭で戦いながら指揮をしているので、陣を横切ります。
その時周囲の兵士の方々がどよめきました。みなさんの視線がベルファストの街の上空に向いています。上空には〈閃光〉魔術、アレクサお姉さまの打ち上げた光。
桃色、緑、水色、白と4色の閃光弾が打ち上げられています。
「マジかよ……」
「あれは?」
「アレクサンドラ様の単騎がけと撤退の合図だ!くそっベルファストで何がおきてやがる!」
わたしの呟きに兵士の方が答えてくれました。
お姉さま……ご無事で。
「ブライアン様!」
全身を返り血に塗れさせたブライアン様がわたしの声に気づき、手を挙げます。
「おお!ナタリー嬢!ちょうどいま呼ぼうとしていたところだ、ベルファストの中で何が起きている?」
わたしはそれに答える前に言います。
「先にお姉さまからの言伝です。騎士レオナルドのための最高の剣を最速で準備しろと!」
「3番の荷馬車から長さ2m程の〈封印〉術式かかった箱持ってこい!」
「イエッサー!」
ブライアン様が叫ばれると伝令の方が走られました。
「……さて、何があったかね。レオナルドは極めて強力な魔剣を有している。別の剣が必要となることはまずないはずだし、あの撤退信号、何があったのかね?」
わたしはアレクサお姉様が対峙している魔族がその魔剣の製作者であり、剣を奪われたこと、ユージーンさんの剣で撃ち合って剣が破壊されたことなどを伝えて行きます。
「くそ……あの魔剣の製作者だと!どんな魔族だというのだ」
「人型で公爵って言ってました!」
周りの兵士の方に絶望の表情が浮かびます。
「狼狽えるな!公爵級だと……アレクサンドラとレオナルドはまだ戦っているのだな?」
「は、はい!」
わたしの脳裏にお姉さまたちが戦っているのが映ります。
多数の剣を使い捨てながら耐えておられます。
「お持ちいたしました!」
伝令の方が別の兵士さんと戻ってきます。彼らが持ち上げているのはわたしの身体よりも大きな長方形の木箱。ブライアン様の前に置きます。
ズン、と重そうな音がしました。
「レオナルドのために用意してあった武器がある。まさか必要になるとは思っていなかったが、持ってきておいて正解であったか。
……〈封印〉解除」
ブライアン様が箱に手を当てて魔力を流すと木箱が一瞬光を放ちバラバラに崩れます。
「ひっ」
箱の中からは巨大な赤黒い生き物が……違いますね。ドロシア先輩の使い魔、火蜥蜴のウルカヌスを大きくしたようなものが現れたかと思いましたが、これは……。
「まさかこれ剣ですか?」
「ああ、レオナルド用の最高の剣だ。あの魔剣に打ち勝てるとしたらこれしかない。」
わたしはこの剣を持ち上げることも出来ないので、剣に縋り付くように抱え、天に向かって叫びます。
「お姉様!準備できました!」
『〈物質招来〉!』
直ちにお姉さまの思念が伝わり、それと共にわたしの手をお姉さまの右手が撫でたような感触、そして剣を掴まれました。
剣がこの場から消失します。
「……御武運を、お姉さま」
お姉さまに剣が渡ってしばし、町からは翠獅子騎士団や突撃部隊の人達がこちらへと退却してくるのが見えます。
魔族の襲撃もほとんど収まりました。今の散発的な戦闘が終われば、この辺りの魔族はもういないように思います。後はお姉さまの前に立つ一人だけ。
「おいおい、マジか」「天変地異かよ……」「閣下……」
周囲の兵士の方々がどよめきます。
ベルファストの町の方、竜巻が発生しています。それは赤き熱風、天に昇る緋色の龍。ブライアン様がこちらを見ます。
「アレクサンドラ様の魔力を受けたレオナルド様の一撃です。剣の一振りでこんな……。
敵は竜巻に巻き込まれていて観測できません。いや、でもこの音。竜の咆哮が二重に聞こえます。恐らくまだ生きている」
「総員、後退用意!」「引くのですか!」「突入して救出に向かうにしても少数しかあるまい!あれに突っ込んで生き残れる可能性がある者は前進用意だ!」「しかし!」
怒号が飛び交いました。しかしそれもすぐに収まります。
竜巻が収まり、現れたのは鈍色の鱗の竜。ここからでもその巨体を観測できる、城の如き巨体。大きな翼を上下させ、ベルファストの町の上に覆いかぶさるようにその身を浮かせています。
沈黙の中、呻き声が響きます。
「アレクサお姉さまはまだ諦めてないっ!レオナルド様も剣を下ろしてはいません!」
わたしは声を上げます。
わたしの半分の視界の中で、お姉さまが血溜まりに手を突っ込んで竜の鱗を拾いました。くらりと意識が跳びそうになります。毒をその身に浴びるような……!お姉さまの感覚のフィードバックだけで吐き気と寒気、激痛が身体を走りました。
更に竜より吐き出される毒の息。
しかしその中でもお姉さまは集中を乱すことなく魔術を使用してレオナルドさんと空へと飛び、竜に一撃を。レオナルドさんが竜の角を斬り、竜の姿が掻き消えます。
……そこでお姉さまの意識が途切れました。魔術の繋がりが切れます。
「お姉さまっ!」
わたしはベルファストに向かって駆け出しました。
「おい、どうなったんだ!」
みなさんがわたしを追い、すぐに追いつかれて併走します。
「失礼、お嬢さん」
ブライアン様がわたしをすくい上げるように抱え、そのまま加速して走り出しました。
「竜はレオナルド様の一撃を受けて逃げ出しました!」
歓声が上がります。
「でもお姉さまが!全身に死ぬような毒を受けていて!
魔力も空で意識を失われてます!」
悲鳴が上がりました。
ブライアン様が耳元で叫びます。
「まだ生きてるか!」
「お姉さまは最後の反撃の際、自身の身体を鋼と化して!
ご自身をレオナルド様が宙を蹴る足場にされました!」
「アリーが自分の体を鋼としたと!?」
わたしは頷きます。
「毒が回るのを防ぐためか……!あの娘は土壇場での発想が天才的だな!」
なんと、そんな意味が!
流石お姉さまです!
「はいっ!」
「〈解毒〉の魔術得意なのいるか!」
すっと走りながら近づく影。
この遠征に従軍しているハミシュ先輩でした。先輩も血と汚れに塗れていますが大きな怪我はなさそうで、ベルファストの方を睨んでいます。
「俺がやります」
「よし、行くぞ!」




