第107話:しょうだうん!
わたくしは手にした大剣を見ます。それはわたくしの身の丈ほどもある無骨な塊ですの。わたくしの数倍の体重はあろうかという、魔力による筋力の強化がなければ持ち上げることもできないような重量。
「ユージーン、この剣は知っていましたか?」
「ブライアン様が用意されていたのは知っています。見るのは初めてですな」
赤く、黒く、長く、太く、重く、鈍く。
刃こそついていますが、これは斬るよりも前に叩き潰すものですわね。刃にあたる部分に無数の突起を生やしたようなそれは、お父様の騎竜ザナッドの折れた角、ザナッドやその子ヨーギーの鱗、牙、数多の火竜の素材を大量に鋼に練り込んだもの。
ディストゥラハリの顔がぴくりと動きます。
「ふむ、それが貴様らの武器か?無骨で美意識の感じられぬ形状だな」
うむ、言い返せませんの!わたくしは頷きます。
「戦争は美で戦うものにあらずですのよ」
「相違ない」
ディストゥラハリはそう言うと手にした魔剣でわたくしに斬りかかりました。上段からの力を魔力を乗せた一撃。空が、空間が軋んでわたくしに向かってきます。
……剣が重すぎて避けられませんの。わたくしは下段から振り上げるように剣を叩きつけました。
膂力の差、振り下ろしと振り上げの差、押し負けますの。剣先が地面に落ち、膝をつきます。わたくしの周囲を空間の断裂が通り過ぎ、地面が切り裂かれましたが、身体は剣に隠れて無事。剣は……!
剣身からは硬質な金属音、それに加えて魂に響く竜の悲鳴が上がったような気がしました。……この剣生きてますの!?
「我が一撃を止めるとはな……だがこちらの方が上だ」
剣にディストゥラハリの魔剣が食い込んでいますが止めてはいます。
確かに彼の言う通り、幾度か剣を合わせれば破壊されるかもしれませんわね。でも……。
「〈治癒〉」
剣身の傷が直っていきます。いや、治っていきますの。
「おい、それは」
ディストゥラハリの顔に驚愕が浮かびました。
「竜にして剣ですわね」
銘はあるのかしら?とりあえず竜剣としましょうか。
わたくしはにやりと笑ってそれに魔力を剣に流します。むっ……抵抗感が。
わたくしの属性は水、竜剣は明らかに火。相性は良くないですの。そこでできるだけ無属性の魔力を集めて込めると、その魔力はするすると剣身の中に吸い込まれていきます。
竜剣からは機嫌の良さそうな感情が。
(むー……)
一方アホ毛が不機嫌そうですの。
わたくしの魔力を他のモノに持って行かれるのは嫌ですのね。
「ここは義兄様の見せ場ですのよ。今日は大人しくしてますの。……はっ!」
わたくしは樵が斧を大木に叩きつけるような動きで竜剣を横薙ぎに振るいます。空中に朱の軌跡が描かれました。
一瞬遅れて爆炎。
ディストゥラハリが、街並みが炎に包まれます。
……わたくしが振ってこれですか。これはヤバいですの。
「ユージーン、イアン、ヤーヴォ。ありがとうございますの。あなたがたのお陰でわたくしたちはこの剣を手にするまで持ち堪えられましたわ。
そして全力で退避、後退。ここにいると死にますのよ」
ヤーヴォ君の口が開いて閉じられます。イアン副長が彼の頭に手を置きました。
ユージーンが義兄様に頭を下げます。
「「「ご武運を」」」
「ええ。勝ちますわ」
「グルルルル」
義兄様が唸ります。
彼らはこの場を離れて行きました。
さて、この剣は、初めからわたくしが魔力を込めて義兄様が振ることを前提に鍛え上げられた武装ですの。
義兄様は元々風の魔力持ち。風属性は火と相性が良い。
さらに無論、わたくしより義兄様の方が膂力が強い。
そして……。
「レオ義兄様……」
そう、10年前と同じように……。
わたくしは義兄様に剣を渡し、両手を前に出して抱き着きます。
義兄様もまたわたくしを抱きしめてくださいます。
むふー。筋肉。……強化魔術解除。
「わたくしの魔力を全部あげますの。〈魔力譲渡〉」
わたくしの身体から炎のように魔力が立ち上り、レオ義兄様の体に浸透していきますの。
「わたしを、まもってね。
……いえ、勝ってね。わたしのきしさま」
「グオオォォォォ!」
義兄様が吼えます。魔力の乗った咆哮。大気が、地が揺れ、廃墟と化した街並みが崩れていきます。
わたくしは魔力を使い果たしてふらりとします。髪が義兄様の体にするりと巻き付いて支え、義兄様はわたくしの身体をそっと持ち上げました。
『こちらに』
クロが空気中に水を固定させてソファーのようなものを創ってくれましたの。義兄様はわたくしをそこに座らせます。
「ありがとうございますの」
義兄様がわたくしの頭に手を置いて離れていきます。
クロがわたくしと義兄様の間に水の幕を展開しました。
「クロ?」
『急ぎ魔力の回復を。護りきれるかどうか』
義兄様とディストゥラハリが対峙します。
先ほど爆炎に包まれたディストゥラハリもその跡はまるでなし、障壁を張っていたのでしょう。
しかしその雰囲気に今までの余裕はありませんの。義兄様へ、義兄様の持つ竜剣に警戒を払っています。
右手には魔剣、左手を竜のものに変化させています。漆黒の鉤爪、鈍色の鱗、その腕からは瘴気が漏れ出していますの。
「魔竜種、毒と腐敗の竜公爵ディストゥラハリ。我が全力で剣を振るおう、人間レオナルドよ」
対する義兄様は両手で竜剣を構えました。
あの巨大な塊が、義兄様の手の中にあってはしっくりとおさまって見えますの。義兄様の巨躯では一般的な両手剣も片手剣のように見えてしまわれますから。
「ガルルルル…………」
戦場にいるとは思えない、痛いような沈黙、静寂。
魔族は全て討伐されるか逃亡したか気配はありませんし、ユージーンたちもこの場を離れました。
ベルファストにいるのはわたくしとクロ、レオ義兄様とディストゥラハリだけ。
そして誰もが微動だにしませんの。
――……ガラガラガラ。
遠くで音。門を潰した氷塊が崩れる音でしょう。
それが耳に入るや否や、両者が動きました。
――神速。
本気のディストゥラハリはもちろん、およそ100kgはあろうかという竜剣を持ち、それでいてなお彼より速く動く義兄様。
わたくしは自身にかけた強化魔術を全て解いて義兄様に渡しているため、もはやその全てを知覚することは叶わぬ速度。
分かるのは衝突の瞬間、クロが水の幕を幾重にも重ねたことと、髪が錨のように地面に刺さり、わたくしの前に髪の壁を作ったこと。
そして爆発。
世界を切断するほどの意志で振られた剣は中央で交差し、四方に断裂を生みます。
瘴気が恐るべき勢いで広がり、それが悉く燃やし尽くされていきます。わたくしの魔力が義兄様の身体から風として放たれ、それは竜剣の炎を後押しします。螺旋の炎が立ち上がりました。
火焔旋風。
火山でも無ければ目にかかれない規模の炎が立ち昇り、二頭の竜の咆哮が鼓膜を打ちます。
それは瓦礫を巻き上げ、天高くまで押し上げ、炎の雨を振らせます。
「……って……」
自分の声すら聞き取れませんの。
「勝って!レオナルド!」
竜巻は数分にわたってベルファストの街並みを壊滅させ、ゆっくりと収まってきます。
空がきらりと光り、くるくると落ちてくるものがありました。
それは鋼、半ばより折られた魔剣の切っ先。
軽い音と共に地面へと刺さります。
わたくしは竜巻の中心を見つめました。人影が動きます。




