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なまこ×どりる  作者: ただのぎょー
第1章 118年12月~使い魔の来た日常
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第11話 がーるず・とーく

 サウスフォード全寮制魔術学校には3の男子寮と3の女子寮があり、全ての生徒はそのいずれかに所属している。



 各寮には寮の創設者の意思、寮長の方針、伝統や歴史、それによって作られた習慣があり、それが個性となっている。



 例えばディーン寮の創設者はディーン・ホーエンハイム卿。100年ほど前に宮廷医師筆頭を勤めた人物である。彼の意向により、ディーン寮は建物が他の寮よりも狭い代わりに薬草学や魔法薬学用の植物を植える畑が広く取られた。



 その一部、寮の正面側の畑が見栄えの良い草花を植え、散策ができるような庭園になったのがいつからかは分かっていない。「女子寮ゆえに美しく飾りたいのも仕方ないだろう。だがこれ以上広げてはならぬ。」と時の学長が黙認したという話が残っており、その言い付けは今でも守られている。



 また、ディーン寮でここ20年間の習慣として有名なのは、「冬至祭のプレゼント交換に全力を持って当たれ」というものだ。この習慣が発生したのは全てメリリース・ロビンソン先生が寮長に就任したせいであると、上級生が入寮したばかりの1年生たちにその由来と理由を面白おかしく話す光景も9月にはよく見られる。



 話の流れはだいたいこんなものだ。



 20年前、王国でも有数の付与魔術師(Enchanter)であり、サウスフォードで教鞭をとっていたメリリース・ロビンソン大魔術師が定年退職しようとしたが、当時の校長がディーン寮の寮長という形で慰留した。



 寮長に就任した最初の冬至祭で、本人曰く「簡単な付与をした」人形を贈り物として配った。



 その人形を受け取った生徒が授業中に術式を暴走させてしまった時、大事故だったのだがその生徒は奇跡的に無傷で、寮に戻ったら人形が砕け散っていた。



 別の年、実家が多額の借金をしてしまった男爵令嬢が冬至祭で寮長から貰った贈り物を差し出したところ、高額で買い取ってもらえ、没落を免れた。



 また別の年、贈り物に感動した公爵令嬢が、高価な装飾品をお返しに渡そうとしたが、決して受け取らなかった。

 翌年、その公爵令嬢が同じつくりの装飾品を素材から自分で集めてきて作成したところ、既製品よりも出来は悪くなったが、寮長はそれをとても喜んで受け取った。



 だから、低予算で素敵なものを用意しなくてはいけない。それには早いうちからの準備が肝要である。



 とかなんとか。お前ら勉強しろ。





「アレクサは冬至祭の贈り物用意できた?」



 クリスが尋ねます。



「中身はほとんど用意できていますわ。あとは箱とリボンを買ってきてラッピングしないといけませんの」



 今はリビングで朝食を食べた後、授業もないので皆さんリビングや談話室でまったりと過ごしていますの。



 あ、ナタリーもあの後ちゃんと朝食には間に合いましたよ。

 ちょっと顔が赤いですが元気そうでほっとしましたの。



「そういえば4年生はアレクサが今年の贈り物担当だったね。大変だろう?」



 今日も一緒に卓を囲んでいたベリンダさんが続けます。



 冬至祭の準備はもちろんみんなで行うのですが、一応役職が持ち回りとなっていまして、パーティーのイベント係、清掃、料理、飾りつけ、贈り物担当などの役目がありますの。



 どの寮でも贈り物担当は大変です。生徒と寮長、寮母合わせて50人に贈り物をしなくてはならないので。



 1年生を除いた各学年から1人が贈り物担当になります。



 高額なものを贈る訳ではないとはいえ、それでも包装やらカードやら労力はかかりますからね。一応、爵位が高いものが優先的に勤めることとなっていまして、例えば去年のわたくしの世代では侯爵家令嬢のドロシアが贈り物担当に、今年は辺境伯令嬢であるわたくしがその担当となりましたの。



「そうですわねぇ。大変と言えば大変でしたが、自分の好きなものを渡せると思えば、準備も楽しいですわ」



 わたくしの正面に座っていたクリスが呟きます。



「好きなもの……なまこは嫌よ」



 わたくしは苦笑します。



「いえいえ、クロが使い魔となったのは昨日の話ですわ。その前から準備しているのですもの。なまこが贈り物になることはありませんわ」



 近くを通りがかった6年生のイーリー先輩が呟きました。



「……使い魔召喚の試験が冬至祭の直前で良かったというべきなのかしらね」



 イーリー先輩は付与魔術を専攻されていて、卒業後はライブラへの進学が決まっている才媛ですのよ。

 夜遅くまで自室で付与の訓練を行っているので、眼鏡とボサボサの長い金髪を無造作に束ねていますの。もったいないですわ!



「クロさんは素晴らしい使い魔ですよ!」



 とナタリー。



「ああ、ナタリーが昨日の今日でもうアレクサに洗脳されてなまこのシンパになっているわ……」



 クリスがわざとらしく嘆き、隣のスーザンによりかかります。



「いつも通りでは?」



 スーザンは厳しいですわね。

 スーザンはわたくしとクリスの同級生で、昨日はフクロウを使い魔に召喚していましたわ。



「ナタリーはアレクサお姉さま大好きだもんねー?」


「ナタリーはアレクサがカラスを白いと言えば、信じそうなところあるよね」


「い、いえ、さすがにそれほどでは」


「「「それほどよ」」」



 みなさんの声がそろいます。



「クロってナマコの名前よね?」


「そうですわね。昨夜名付けましたの」


「短くて可愛いけど不思議な響きだね。何か由来はあるのかい?」



 ベリンダさんが尋ねます。



「そうですわね。響きが可愛くて気に入っていますの。極東の島国の言葉で黒を意味していますわ」


「流石お姉様!博識ですね」



 周りの皆さんも驚いたように頷き、スーザンが声をかけます。



「旧言語は誰だってちょっとなら知ってるわよ。わたしだってノワールやネーロくらいなら分かるわ。でも日本語でしょう?」


「そうだね、はるか遠く、魔界の彼方で滅んだ国の言葉、わたしも初めて聞いたよ。どうして知ったのか気になるな」


「皆さん、わたくしはアイルランド辺境伯の娘ですのよ。

 アイルランドから魔が溢れないように張られた大結界、何というか存じておられますか?」


「ヨモトゥヒラサク。……ああ、そうか。あれが日本語だったのか」



 ベリンダさんは納得された様子。

 イーリーさんが続けます。



「“魔術師(Magician)”ガーファンクル様と“太陽(Sun)”アマテラウス様が張られた大規模結界。ヨモトゥヒラサクは現世と死を分けるという意味だと歴史学で学んだわね。アマテラウス様は日本と縁深いとも聞いたことあるわ。

 アイルランドにはアマテラウス様の足跡が残されているの?」



 イーリーさんが興奮されてわたくしに詰め寄ってきます。

 わたくしはため息をつきました。



「残されていた……というのが正しいのでしょうね。

 ベルファストにあった以前の屋敷にはアマテラウス様が逗留されたこともあり、彼の方の自筆の書もありましたが……、大氾濫の時に魔族に奪われてしまいました。

 そこから脱出した際、魔法(Magical)(Bag)の中に放り込んだ荷物の中に、日本語の辞典もあったんですの」



 沈黙が満ちます。



 あの時、わたくしは母を失い、そして義兄様(にいさま)に重き代償を払わせることとなってしまいました。



 イーリーさんがばつの悪そうに声をかけます。



「あー、アレクサンドラ、嫌なこと思い出させたよね。ごめんなさい」



 あ、魔力がまた漏れ出していましたわ。いけませんわね、まだあれを思い出すと冷静にはなれませんの。

 ゆっくりと深呼吸を1回、魔力を整えます。



「いえ、イーリー、大丈夫ですわ。それにね、わたくしは絶対にベルファストを取り返してやると誓っていますの。

 その際にはイーリー、貴女にアマテラウス様の書をお見せしますわ」



 イーリーさんは右の口の端を上げる独特な笑い方でわたくしに微笑みかけました。



「期待してますね、アレクサンドラ」



 クリスがぱんっと手をたたき、クリスが椅子に腰かけなおしました。



「はい、重い話は終わり!せっかく冬至祭も近いんだし、楽しい話をしようよ」


「そうですわね」


「その前の話はなんだっけ?」


「冬至祭の贈り物についてですわ」



 クリスが微笑みながら言います。



「ああ、そうだったわ。まあ、アレクサの贈り物は大体想像つくけどね」



 みなさん頷きます。



「あら、そうかしら?」


「だって今年、寮の庭で一番広く植物を管理してたのアレクサでしょう?」


「部屋に行くと大体植物が乾燥されているし」


「今朝、お姉さまの部屋に入りましたけど、良い匂いがしましたよ!」



 クリスが笑いながらわたくしに指を突き付けてきます。



「という訳でアレクサ君、冬至祭の贈り物はドライフラワーか、それを使った何かではないのかね?」


「ご慧眼恐れ入りました、クリス探偵殿」



 わたくしがこうべを垂れ、みなさんが笑いました。

 わたくしは首をすくめます。



「まあ正直なところ、以前から準備しているわけですから隠せるものでもないですの。他の贈り物担当のモイラ先輩のも、ケイトのも大体想像つくでしょう?

 わたくしのもみなさんの想像通りのものですけど、一応ちょっとしたサプライズをするつもりですの」


「へえ、楽しみ。期待してるわね。……ああ、そういえば今日の予定は?」



 クリスが尋ねます。



「そうですわね。ちょっと体を動かしたいですわね。試験中はちょっと訓練が疎かになってしまいましたし。贈り物の包装紙は買いに行かないといけませんが……、クリス、買い物は明日でよろしかったかしら?」



 今年、クリスは料理担当ですし、明日の買い出しの際に一緒に街に出ましょう。



「大丈夫。じゃあ明日は一緒に買い物ね」



 わたくしは立ち上がります。



「ではわたくしは着替えてから、体を動かして来ますわ。……ではみなさま、御機嫌よう」


「御機嫌ようお姉さま!」


「じゃあねー」


「頑張ってねー」



 ……と、思っていたのですが。



 わたくしの部屋の前にふよふよと巻物が浮いていますの。



「あー、ミセス・ロビンソンの〈騒霊〉さんですね?」



 巻物が頷くかのように上下します。



「配達ありがとうございます」



 わたくしが礼を言うと、巻物がわたくしの胸元へと飛んできます。

 手を出すと、その上にふわりと巻物が置かれました。



「ミセスによろしくお伝えください」



 そう言うと気配が希薄になりました。



 ……さて、体を動かす前に一仕事ですわね。

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