第100話:女たちのたたかい
丘の上、義兄様を先頭に翠獅子騎士団のみなさまが列を成します。
「グオオォォォォ!」
「「うぉぉぉぉ!」」
義兄様の叫びに、騎士団のみなさまが唱和し、大気が震えます。目指す砦まで震えるよう。
そして、一斉に丘を駆け下りていきました。
「ご武運をですのー!」
わたくしと女性陣は手やハンカチを振って見送ります。そういえば、わたくしが出撃を見送る側になるとか、何年ぶりでしょうかね。
「アレクサンドラお嬢様」
トリシャがわたくしに声をかけます。
「軍務中はアレクサンドラ様か閣下と呼びなさい」
「申し訳ありません、閣下。彼らは大丈夫でしょうか?」
わたくしが振り向くと、輜重の女性陣のみなは不安げな表情をこちらに向けていますの。ふむ。
「まあ、肉体面では心配しておりませんのよ。魔族相手には義兄様がおりますしね。
翠獅子騎士団もこんなところで欠けるくらいの練度ならそもそもベルファスト奪還なんて考えませんでしたし」
「肉体面では?」
「精神面はやはり気になりますわね。初陣ですし」
「ですね……」
ふと気になったことを口にします。
「そう言えば、彼らが元々は犯罪者だと知っていて?」
みなさん頷きます。
「どうやって知りましたの?」
「先日の酒宴で彼らは自分から口にしていましたよ。ポートラッシュの民に隠し事はできないと」
へえ、やりますの。わたくしは感心します。
「その上で、あなたたちは彼らでよろしいのかしら?」
「無論。レオナルド突撃隊長に3年しごかれてアレクサンドラ閣下に認められた人間など、その前がどんな経歴でも関係ないでしょう」
ふふ、良かった。わたくしは再び戦場に目を向けて言います。
砦の門を巨大なハンマーで穿つ義兄様たち。門の上からは死者たちが緩慢な動きで石などを落としていきますが、盾を上に構えて止め、ついには中へと雪崩れ込んでいきます。
「攻撃は順調ですわね。一番危険な門攻めでも被害が出ていないようですし」
ほっとした雰囲気。
「ですが彼らはショックを受けて帰ってくるでしょう。敵を斬ることに、飛び散る臓腑に、血液に、四肢に。まして敵は腐った人肉です。腐汁、白骨、飛び出た眼球、脳漿……。
敵の動きは緩慢ですの。ですがもともと死んでいる彼らは簡単には止まらない。死体に何度も何度も剣を槍を突き刺さねばならない。
通常は精神がやられますわね」
「ど、どうすれば!」
「まずはこう言ってやるんですのよ。お前たち臭いから風呂に入れ!って。あっついお風呂に入れてやりなさいな」
「はい!準備します!」
「まあ、死臭はなかなか落ちないんですけどね。一応香水の類も用意してあるので、何とかごまかしなさいな。
そしてその後は気にしないように振る舞うこと。
夕飯はポリッジとか軽めの方が良いかもしれませんわね。それに野菜と果物。肉は無しで。今日は酒を認めましょう」
彼女たちの方を見ます。真剣にこちらを見つめています。そうですわよね。彼女たちも初陣ですわよね。
「それで、あー……その。えーと……彼らをなぐさめておやりなさいな」
場が騒然といたしました。
「良いんですか!?」「いやまって、アレクサンドラ閣下そういうのそもそも理解してなかったはずでは!?」「ひょっとして頭を撫でろとかそういう意味で言ってるんじゃない?」
ふー。彼女たちが落ち着くのを待ちます。
「いや、わたくしもそういう意味が分かるようになりましたのよ」
「閣下!エロ解禁ですか!」
「そういう言い方やめますのよ!大体それを見越して騎士団と輜重の人数同じにしてますの」
「さすがですアレクサンドラ様ぁ!」
拍手が起こります。調子の良い女たちですの……。
「えっと、ちょっと先に聞きたいのですが、あなたたちが狙っている相手って決まってますの?」
「はい閣下!」
決まってますのね……。
「向こうの意志は?」
彼女たちが相談を始めます。
トリシャが代表で手を挙げました。
「一応ですね、歓迎の宴の時に狙った方とダンスは踊っていて、その後も大体話す相手を絞ってるんですね。こちらでの取り合いはもう解決済みで、向こうさんとの相性は今のところ問題なしです。
もちろん、ちゃんと告白してたりされたりはないですが、嫌われてるってことはないかと」
うーん、生臭い話ですのー……。そして動きが速い。こんなところでも電撃戦ですのー。
「ヤーヴォ君を狙っているのは?」
トリシャが手を挙げます。お前かよ。
というか、うちのメイドですかー……。
「まあ、彼らを抱き締めてあげなさいな。その先に進むかは任せますが……相手の意志を尊重、絶対に無理強いはしないこと!
特にトリシャ!いいですわね!」
「はい閣下!」
「逆にあまりにも相手が正気を失って変な行動しそうなら、音をたてること。止めに入りますわ」
「ありがとうございます!」
「それと明日の午前中の進軍は無しにしますが、今回の作戦、進軍速度は非常に重要ですの。
午後になっても足腰立たないとか抜かしたら相手共々張り倒しますからね!」
「「「はい閣下!」」」
ふー、こんなものですかね。
「アレクサンドラ様」
質問の手が挙がります。
「なんですの?」
「アレクサンドラ様もレオナルド様とやるんですか?」
ぶちぃ。思わず殺気が漏れます。
「ほほう、あなたたちが今夜しっぽり楽しんでいる間、誰が夜警をするのか教えて欲しいものですわね?」
「「「申し訳ありませんでしたぁっ!!」」」
全員が膝をついて頭を下げます。
「今夜の見張りはわたくしと使い魔のクロが勤めますのよ。
明日は移動中、荷物の中で仮眠でも取りますの」
「閣下このご恩は一生忘れません!」
「「「一生ついて行きます!!」」」
はぁ。まー、いいですけどねー。
「なので、わたくしはこのあと負傷者の治療に魔力を、夜警に体力を温存したいので、ここからの作業は手伝いませんわよ。
この時期は南西からの風が吹くことが多いかしら。この位置だと風下側になってしまうので、悪臭とか疫病の面でよろしくないですの。
ですので移動を。あの砦より南側に陣を敷きますのよ」
「はい!」
その後、はぐれの動く死体が散発的に出たりしましたが、特に問題は無く移動は完了。
お風呂やテント、かまどの設営と焚き火の用意をさせていきます。
とまあ、そんなこんなで。
砦の壁の上、緑と青に赤の斜線となまこ、竪琴。中央に黒き獅子の描かれた旗が掲げられましたの。
勝利ですわね!
わたくしも祝砲代わりに〈閃光〉の魔術を打ち上げつつ、居場所も知らせます。
「勝ちましたのよ」
わたくしの声にきゃあと歓声があがります。
「さ、急いでお風呂の用意を!」
まー、それからは大わらわでしたの。
血肉に汚れて戻ってきたみなさん、勝利に高揚している方も、凄惨さに顔を青ざめさせている方もいます。
「ひんむきますの!」
わっと女性たちが群がります。
「そりゃないっすよ閣下!」
男達から悲鳴が。
「黙りますの!アンデッド戦は終わった後のが大事ですの!
洋服、装備は熱湯で消毒!あなたたちもお風呂に連行ですのよ!大人しく洗われなさい!
傷を負ってるのはどんな掠り傷でもわたくしの前に連れてきますのよ!」
「「「はい!アレクサンドラ様!」」」
服をひんむかれてお風呂に叩き込まれた騎士団のみなさんは血と泥を洗い落としていきます。
怪我が見つかったのは片っ端からわたくしの前に並べられていきますの。
結局一番傷が多かったのは義兄様でした。鎧を着込んでいませんので、細かい傷が多くなるんですわよね。
他にも軽傷が5名、普通なら傷にもならない掠り傷はほとんどの方がされていましたの。
でもその掠り傷のうちの1名は死に至る毒に侵されてました。むろん、ちゃんと治したので無事ですけどね。
お風呂と診療を終え、みなさんで食事をし、お酒を入れて……。
焚き火の前でみなさまの戦いの様子を聞きましたの。今日の初陣の武勇伝ですわね。
そして、彼らは一組、また一組とテントの中へと消えていきます。女たちはそっとわたくしに頭を下げて。
焚き火の傍にはわたくしと、クロ、義兄様だけが残りました。
「お疲れさまでした、レオ義兄様」
『勝利おめでとうございます、レオナルド』
「グルゥ」
ξ˚⊿˚)ξ <100話ですの!
皆様の応援のおかげでここまで来れたと思っております!
ありがとうございます。
アイルランド編も佳境。いよいよベルファスト攻略です。
ξ˚⊿˚)ξ <頑張りますの-。
また、先週末ですが、
『泳がぬ海の王』より『Gyo¥0-』へ、『なまこ×どりる』100話の記念として、
夜闇を優しく照らす月光を想い、言祝ぎの曲が奏でられております。
意味が分かった大人はひっそり楽しんでいただければ幸いです。では!




