第99話:しんぐんしんぐん
翌朝、早朝。
バリーキャッスルの町で朝食をいただき南へ。街道が分かれるところでお父様達領軍と分かれます。
ふふ、人数的にはどうみても向こうが主力に見えるんですけどね。
午前中、休憩を挟みつつ11時頃まで歩き、昼食の用意と休憩。
アイルランドは夏とはいえそこまで暑くは無いですが、それでも陽射しが強くて暑い時間は進軍を避けますの。
皆が休憩のための陣張りに、索敵に、料理にと動く中。わたくしは陽射し避けに張られたケープの下、ブーツを脱いでごろりと横になります。
「ふー」
『大丈夫ですか?アレクサ』
(まむー、つかれてる?)
クロとスティングから思念が伝わってきますの。アホ毛がくるりとわたくしの顔を覗き込むように前に折れてきました。
「まだ疲れているという程ではありませんわ。これから先を考えて、万全に休んでいるというところですの」
わたくしは魔力を自己強化に振っての肉体性能であれば、間違いなくレオ義兄様に次いでこのアイルランドで2位でしょう。お父様と戦って勝てるかは正直分かりませんが、単純な出力で言えば間違いなくもう上回っていますの。
ところが魔法なしでの肉体性能はというと、結局のところ16歳の身長164cmで鍛えている女の子という程度なのです。
それでも喧嘩なら大体の男性にも勝つ自信はありますが、単純な腕相撲とかだと、鍛えている男性には絶対勝てないでしょう。
以前決闘の際にハミシュに〈魔力枯渇〉を使われましたが、あれは本当に危なかったですの。アホ毛が全部ひっくり返しちゃいましたけど。
まあ、何が言いたいかというと、〈進軍〉術式を全軍にかけている状態で、自己強化に魔力を回していない以上、わたくしは魔力的にも肉体的にもそれなりに疲労してしまうということですの。
その旨はイアン副長に伝え、副長からここにいる皆さんに伝えてもらっています。
故にわたくしはこれから休憩中は一切手伝いはしませんし、夜営時も夜襲を警戒しての見張りには立たないと決めてますのよ。
地面を伝わって聞き慣れた足音が響き近づいてきます。
義兄様のものですの。
「おかえりなさいましー」
「ガウ」
義兄様は屈み込んで天幕の下へと入り、腰を下ろします。
わたくしはあぐらをかく義兄様の膝の上にいそいそと座り、義兄様の胸板にもたれ掛かりました。むふー。
しばらくそうしていると、イアン副長とヤーヴォくんがやってきます。
「アレクサンドラ閣下、報告いたします」
「はい」
「先行偵察敵影なし、体調不良や過度な疲労を訴える者はなし、陣の設営や食事の準備も問題なく、あと三十分もしないうちに準備は完了するでしょう。あー、はい」
「何か気になることが?」
イアン副長は顎に手を当てて言い淀みます。
「……我々に対する輜重の方々の間合いが近いというか」
ふふ、さっそくアプローチしてるんですわね。
「以前伝えましたでしょう。ポートラッシュに来たらモテると。
ただ、あまりにもぐいぐい来て騎士団の皆がひいてしまうようなら問題ですけどね。あと風紀が乱れるのも」
「は。今は問題ありませんが……」
「そうなる可能性が高いというところですかね。
次の移動中に、輜重のみなさんとお話しておきますわ」
「ありがとうございます、閣下」
イアン副長の横でヤーヴォくんも頭を下げます。うーん、彼も狙われているのでしょうか。
彼から地図を受け取り、現在地にピンを刺して『交戦なし、損害なし』と書かれたメモを手にしてじっとします。
2分ほどたったでしょうか。
「はい、ありがとうございます。これで連絡が行ってるとはナタリーさんはスゴいですね!」
ヤーヴォくんがそう言い、地図を回収しました。
毎日定時で昼夜の2回、こうやってナタリーを通じてお父様達に進軍の位置とこちらの状況を伝えられますのよ。
「ナタリーはスゴいですのよ。さあ、食事に行きましょうか」
とまあ、こんな感じで2日くらいはまだわたくしたちポートラッシュの支配圏というか、魔物も姿をほとんど見せませんの。
姿を見せたとしてもはぐれというか。遠くからこちらを見かけて逃げられるか、義兄様に一刀両断される程度ですの。
きっと何体かはこちらの偵察なのでしょう。とは言えこのあたりは平原地帯なので、身を隠して進軍というものができないんですわよね。
良くも悪くも奇襲が難しい地形ですわ。一面の草原の翠。
古来、人々はこれをさしてアイルランドをエメラルドの島と呼びましたのよ。
草原を貫く街道。ひび割れ、隙間からは草が伸びていますが、それでも進みやすい道です。
前方の丘に登っていた先行偵察の騎兵が戻ってきました。
「敵の陣を発見しました!」
おお、ついにですわね。
いそいそと丘を登ります。ふむ。わたくしの後ろには義兄様がついてきており、丘の向こうの陣地を眺めます。
「義兄様、身を隠さなくても大丈夫ですわ。
向こうも気付いてますもの」
丘の頂上、義兄様と並んで南を見下ろします。良い天気。爽やかな風がわたくしと義兄様の髪を草原を揺らします。
しかしそこに混じる死臭。前方には積まれた土と壁。元は人間の砦であったであろう場所が奪われていますが、あまり丁寧に補修されているとは言い難い。
まあ、アンデッドですわね。規模からいって術士たる魔族がいても3人まででしょう。余裕ですわね。
と、そう見立てていたところ……。
「グルルルル」
「ええっ!」
「ガルゥ」
「そんなぁ」
義兄様がわたくしを宥めるように、頭をぽんぽんと叩きます。
「グルル」
「もー、分かりましたのよ。義兄様の仰ることに理はありますからね」
と言うことで皆さんとブリーフィングですわね。
わたくしの前には翠獅子騎士団が、騎士団の背後には輜重の義勇兵のみなさんが座っています。
「はい、前方の敵魔族戦力は魔術に長けた魔族数名に、アンデッド3桁規模ですの。
視界は良好ですので先方も我々を認識しており奇襲は不可。先方が野戦に応じるメリットがありませんので正面からの砦攻めとなります。ここまでで質問は?」
ヒギンズ伍長が手を上げて質問します。
「先方が野戦に応じるメリットがないとはどういうことっすか?」
「アンデッドは活動させなければ食事が必要ありませんし、兵糧攻めができないというのが1つ、時間をかければ魔族側の方が領土が広く、人員を集められてしまうのが2つですわね」
伍長は納得したのか手を下げました。
「最初はわたくしとレオナルドを前面に突入し、騎士団の半数を突入させ、残りは輜重の護衛で良いかと思っていたのですが。レオナルドから進言がありまして」
「……レオナルド隊長が進言?」
「翠獅子騎士団に実戦経験を積ませるべきだと。という訳でわたくしが輜重の護衛、騎士団はレオナルドに続き全員で突撃ですの」
ざわざわとどよめきがおきます。
「まあ初陣をしっかりやってこいという事ですのよ。
アンデッドは動きは鈍いですし、しっかり訓練しているあなたたちがマトモに当たれば、負ける目はほぼありませんし、死ぬような怪我を負うような可能性も低い」
少し弛緩したような雰囲気。
「ですが……、人や動物の無惨な死骸が動き回るというのは精神的にはかなりキツいですし、彼らの骸は毒と病魔の塊のようなものです。その場では何ともないような些細な傷が元で後で病に倒れることもありますの。注意なさい」
「はい!閣下!」
「傷を負ったらすぐ水か酒で洗いなさい。そして勝ったらすぐにここまで戻ってくれば、ちゃんと治して差し上げますのよ。
では進軍!翠獅子騎士団に勝利の勲があらんことを!」
「ありがとうございます!閣下!」




