第98話:しんぷる・たくてぃくす
「バリーキャッスルに向かって進軍開始ですの!」
「「応!」」
わたくしの呼び掛けに男女の声が上がります。
翌朝、わたくしとレオ義兄様、翠獅子騎士団と義勇兵の皆様はバリーキャッスルの港町に向けて出発しました。
お父様とポートラッシュ領軍は昨日から軍の編成を行い、ちょっと遅れての出発となります。ナタリーの魔法についてはお父様にお話しし、そちらに帯同することとなりました。ハミシュも伯母の死んだ地、ベルファストを見たいと言うことで同行を決めました。
クリスは流石に侯爵家令嬢を無許可で前線に連れ出すわけにはとのことで、サリアとお留守番ですの。
「アレクサねーさまー!」「アレクサいってらっしゃい!」
街道沿いでサリアやクリス、町に留守番となった人たちが手を振っているのでそれに応えますの。
さて、進軍です。
一般的には女性を軍に帯同させて、となれば足が遅くなってしまうんでしょうけどね。うちでは大丈夫ですのよ。
1つにはポートラッシュ領では男女問わずの行軍訓練は行っていると言うこと。
10年前のベルファスト陥落時だって、それがあったからこそ女性と子供たちだけでも逃がすことができたのですもの。訓練はずっと続けていますわ。
今はほとんど空の荷馬車の横につき、丈夫な服を着て薙刀、軽量級のグレイブを右肩に担いだ女性たちが進んでいきますの。
そしてもう1つはこれ。
「はい、魔術かけますのよー。〈行進〉、〈活力〉」
移動系強化術式と治癒系術式の中でも割と珍しい魔術をわたくしが使えることですわね。前者は長時間での移動速度を上げる術式、後者は活力を上げて疲労を減らす術式ですの。
決して難しい術式ではないのですが、地味なんですのよね。しかも軍規模にかけようとするとかなりの魔力を消耗する。普通の魔術師はこういったところに魔力を割く余裕がないかそもそも魔力を割こうとは思いません。
でもこうしてポートラッシュからバリーキャッスルまで30kmの道のりを徒歩で移動するのに、女性連れの軍で5時間きるのって大した術式だと思いますのよ。
と言う訳で昼下がりにはバリーキャッスルの町へ。
すんすんと鼻を動かします。
「美味しそうな匂いがしますの」
「グルルルル」
町に入るや否や魚介を焼いている匂いが!
昼食を取らずに急いで歩いてきたのでペコペコのお腹に響きます。
わたくしたちが町の中央を抜けて匂いの元へと移動していくと、港へと出ます。
そこには巨大な白い塊とそれを焼く香ばしい匂いが!あー。
「クラーケンですわね!」
『こんにちはアレクサ』
波打ち際にいたクロが、浮き上がってきます。金魚鉢も〈念動〉で浮かし、その中へと入りました。
「あ、アレクサ様!」「アレクサ様の置いていかれた使い魔がこいつを釣り上げて!」
「おお、クロさすがですの!
ふふふ、みなさま。わたくしのクロはいかがでしたか?」
「凄いです!……キモいけど」「恐るべき魔術でした!……棒にしか見えないけど」「たった1日で海の魔物をこんなに!……加減を知って欲しい」
口々に褒め称える声が聞こえますのよ。
バリーキャッスルの奥様方と連れてきた女性たち総出で料理を行います。
まずはわたくしも含めおなかペコペコですからね!海の魔物の中でも食用に適したものを捌いていきますの。
その間にも、わたくしとイアン副長、ヤーヴォ君とで対岸より運ばれた荷物の検品ですわね。船長や港の職員と共に小麦や野菜のチェックですの。
チェックされた荷物が翠獅子騎士団のみなさまの手によって倉庫へと運ばれていきます。
一部の荷物はその場で早速パンを焼いていきますのよ。今日の食事と明日以降の食事。後続のお父様たちポートラッシュ領軍の分もなので、これから数日は窯がフル稼働でしょう。バリーキャッスルの土属性を扱える兵士たちが仮設のパン窯を屋外に作っていきます。
途中で食事の用意ができたとの声が上がりました。
焼き立てのパン。熱々のイカのフリッター。美味しそうな匂いを振りまくイカのバター炒め。湯気のあがる魚介のスープ、もちろん中にはイカの切り身。
パン以外イカですの!でも美味しくいただきました。
食後は夕方まで作業していると、ポートラッシュ領軍も到着。明日以降の出撃の準備と、お父様と出撃ルートなどの相談です。
「ナタリー!」
「は、はい、お姉さま!」
「ちょっとあなたの能力をちゃんとお父様にお伝えしておきますわ。軍議に参加なさい」
と言う訳で、ナタリーと義兄様、イアン副長を連れてお父様の天幕へ。領軍の隊長たちが揃っていますの。
わたくしが天幕を潜ると、お父様以外が立ち上がってわたくしたちを迎えます。
「アレクサ様とレオナルド様が帰って来るなりこの騒ぎ、さすがですな」
そう顔が傷だらけの男が言いました。ナタリーがちょっと身体を揺らします。彼は義兄様が領軍の突撃隊隊長だった頃の副長ですわね。今は突撃隊隊長ですか。
「ユージーン。この策を恨んでいるかしら?思うところがあるかしら?」
彼は大きくため息をつきました。
「不敬を承知で言えば思うところが無いではありませんな」
「グルルル……」
ですわよね。ざわめく室内と義兄様を手を上げて制します。
わたくしは地図を指で示します。
地図上のバリーキャッスルに置かれた駒の1つを真っ直ぐベルファストへと進めます。
「戦略は極めて単純、正面突破ですの。南下してベルファストを正面から叩き、途中敵勢力があれば撃破。ただそれだけですの。
城壁の類はわたくしとクロが破壊し、レオナルドが突入、左右を翠獅子騎士団が押し、後方からわたくしが再突入。
これで破れない勢力はありますの?」
「ない。ベルファスト突入後の危険は別として、突破そのものはそれで可能だ」
お父様が答え、わたくしは頷きます。
「この作戦の脆弱性は輜重が義勇兵であること。ポートラッシュの民の強さは信じていますが、それでも大規模に襲い掛かられたら護ることは困難。
故に西から領軍に進軍して貰い、その可能性を減らしますの。本来であれば軍隊を離れた位置で連動させようとすると伝令が困難で進軍速度が遅くなりがちですが……」
みなさま頷かれます。わたくしはナタリーの手を引き、わたくしの横に立たせます。
「そこで鍵となるのが彼女ですの」
「ふえっ」
「彼女は特殊な魔術師で、わたくしの視界を覗き見することが可能ですの。どんな遠距離でも。
さらに、魔力の補助があれば。具体的には竜鱗で賄えますが、わたくしに短い言葉を送ることも可能ですの」
領軍で魔術を使える人間が瞠目しました。ええ、結構異常な能力です。魔術師でなく魔法使いと気付くかもしれませんわね。
「彼女をそちらに預け、進軍速度を調節して貰えれば……」
わたくしはもう一つの駒を取り、先ほどのルートの左側を進めてベルファストに置いた駒と合流させます。
「ベルファストに同着して、攻撃することが可能ですのよ。
どうかしら?ユージーン。もしちゃんとタイミングを合わせられたら……」
「合わせられたら?」
「レオナルドを正面に右翼を翠獅子騎士団に、左翼をポートラッシュ突撃隊に布陣を変えてもいいですのよ」
彼は鮫のような笑みを見せました。
「ぜひのらせて頂きたい」




