第96話:ねごしえーしょん
わたくしはお父様と向かい合って座ります。
部屋にはわたくしとお父様、執事のエドガー。
エドガーは部屋の外にいたメイドからお盆を受け取ると、お父様の前にウィスキーを、わたくしの前にホットミルク、真ん中にちょっと豆とジャーキー、クッキーなどのつまみを用意しました。
「ありがとう、エドガー。お元気でしたの?」
「ええ、アレクサンドラお嬢様。わたしも使用人一同も元気ですよ。顔を見せてやってください。皆も喜びます」
わたくしが頷くと、エドガーは一礼します。
「ごゆっくり、ただあまり夜更かしはなさらぬよう」
扉が閉められます。さてお父様とお話ですの。
最初は学校の出来事などをお話します。お父様も領地の様子など話してくれますの。バリーキャッスルが襲撃を受けていましたが、魔族の動きも少し活発になっている様子ですの。まあ、よくある程度とのことですが。
さて、本題に入ってしまいましょうか。
「お父様。わたくしの婚姻についてのご相談ですの」
「うむ」
「わたくしはアイルランドを継ぐ者として立ち、その夫にレオナルドを迎えるつもりですの。婚約の許可を頂けますか?」
お父様は手にしたグラスの琥珀色の液体を一気に呷ると、瓶からもう一杯グラスに注ぎ、わたくしを見つめました。少し寂しそうな表情ですの。
「無論……アリーがそう言ってくることは想像していたよ。
レオナルドは……良き騎士だ。だが、その婚姻には障害が多い。アリーがそれを理解していて、全て対処できるというなら認めるのは吝かではない」
わたくしはミルクで口を湿らせます。ふむ、勝負どころですわね。
「まずは兄妹ということですわね。ただし血縁関係はございませんから、レオ義兄様がポートラッシュ家を出ればそれは解決しますの」
「うむ、そうすると別の問題が発生するな」
「義兄様が平民となることですわね。貴族と平民の婚姻はないとは言えませんが、辺境伯家としては難しいことでしょう」
お父様は身を乗り出して問います。
「そうだな。ではどうする?」
「先に聞きたいのですが、レオ義兄様って、元の家名はなんなのです?実はなぜ義兄様がポートラッシュ家にいるのかをちゃんと聞いたことがないのです」
「ああ、そうか。レオナルドの本来の家名はウィンウッド。父はポートラッシュ家、当時はベルファスト家だったが、それに仕えている騎士の家系だ。母親も風属性を扱う熟達の魔術師でな。アリーが産まれる前の話だが、共に戦死したので、残された幼子を養子としたのだ」
「……レオナルド・ウィンウッド」
初めてその名を口にのせました。むふー。笑みが漏れます。
なるほど、忠臣の遺児を養子とされていたのですね。
「ウィンウッド騎士家を復興できますか?」
「レオナルドの功績を考えれば今すぐにでも騎士として独立させるのは簡単だ。だが、騎士ではやはり婿として相応しくないな」
ええ、そうでしょうね。
「ではやはり解答は一つですわね」
「ほう?」
「領土を奪還してきますので、子爵の位を用意して下さいまし。
お父様言っておられますよね。アイルランドの土地なら切り取り放題だって。その功績を以てウィンウッド子爵家を興します」
「どこを奪還する気だい?」
「むろん、ベルファストを」
お父様はにやりと笑います。
「なるほど、それなら男爵以下という訳にはいかないな。では学校を卒業したらベルファストを攻めるのかね?」
「いえ?」
わたくしは首を振ります。
「ちょっと明後日にでも行ってきますの」
「いやいやいや、落ち着けアリー、ちょっと待て」
お父様が慌てたご様子。
「領軍を今日明日みたいにほいっと動員させる訳にはいかんのだぞ?」
「ふふふ、お父様は勘違いしてますの」
「何をだ?」
「領軍を動員したらお父様の手柄になってしまうではないですの。そうではなくてレオ義兄様の手柄にしなくてはならないのですよ?」
お父様の顔が青ざめます。
「アリーお前まさか2人で……」
「いえいえ、義兄様とわたくしだけでベルファストを陥落させるのはさすがに無理ですの。
でも実は今、翠獅子騎士団50名はまだポートラッシュ領軍に組み込んでませんので、義兄様の部下ですの。わたくしたちと彼らとでぶんどってきますわ」
――バタン。
そのとき扉が大きく開かれ、女性たちが部屋に流れ込みましたの。
「お待ち下さいアレクサンドラお嬢様!」
おや、メイドたちですわね。メイド長ではなく、わたくし付きの侍女である若いトリシャが先頭にいるあたり、要件は想像つきますが。
……というか、みなさんで盗み聞きでしょうか。彼女たちの後ろでエドガーが頭を抱えてますの。
「明後日の出兵はおやめ下さい!これは我々メイドたちの総意でございます!」
わたくしは目を眇め、軽く魔力の制御を緩めます。わたくしの恫喝にうっと彼女たちがのけぞりましたが、トリシャはぐっと力を込めて後退しません。
「メイドが軍務に口出しをしますか?」
「いえ、決してそのような不遜は働きません!」
「では何故?」
「わたしたちの、いえポートラッシュの女達の婚活です!」
わたくしは魔力を収めてにやりと笑います。
「お嬢様はこのポートラッシュに50人もの男性をお連れいただきました。流石の手腕にございます。
ですがそれを最前線に即座に連れていくとは……なんたる……なんたる非道!」
言い過ぎと思ったのか、先程の魔力に恐れをなしたか。トリシャの後ろにいるメイドたち、特に新参のものたちには顔を青ざめさせたのもいますわね。
ふふふ、わたくしは笑います。
「いいわ、続けなさい」
「せめてちょっといっぱ……おっと失礼あそばせ。仲を深めるお時間をいただけないでしょうか!」
わたくしは頷きます。
「あなたたちの気持ちは分かるわ。でもね、わたくしも実はレオナルド義兄様との婚約をかけた勝負なのよ。
安心して。あなたたちの役どころは考えてあるわ」
「……伺ってもよろしいですか?」
「輜重を担いなさいな」
「アリー!」
お父様が声を上げますが、気にせず続けます。
「わたくしと義兄様と、義兄様に3年間鍛えられた男たち50人で進みますわ。
その後ろで、ご飯を振る舞う権利を上げるわ。ええ、最前線で彼らの胃袋を掴む機会を上げますの。いかが?」
メイド達はそれはそれはきれいな一糸乱れぬ淑女の礼を取りました。
「さすがはアレクサンドラお嬢様にございます」




