第一夜 口裂け女
「私ってキレイ?」
季節に合わぬ真っ赤なコートを身にまとった長い黒髪、口元を覆うマスクを着けた女がなんの脈絡もなく声をかける。
「え? ああ、キレイだと思いますよ」
女はマスクを着けているが目元だけでも充分に美人とわかるので聞かれた通りに答えるが。
「……これでも、キレイか!」
女がマスクを取るとその下には頬まで異常なほど裂けた口が……
「キャー!」
「あははははは! 依子怖がりすぎよ! 昔の都市伝説よこの話」
私の名前は洞谷 依子、たった今オカルト好きの友人から最近再燃しているという都市伝説、口裂け女の話を無理やり聞かされていたところだ。
思わず叫んでしまいクラスの皆の視線が痛い。
「私怖いの苦手って言ってるじゃない!」
「ゴメン、ゴメン、でも今時こんなの小学生でも怖がらないよ? なんでか最近口裂け女ブームが再燃しるんだよねー」
【口裂け女】
マスクを着けた女が、私ってキレイ? と聞き、キレイと答えるとマスクを取り裂けた口を見せ、同じ様に口を裂かれる。もしくは殺されてしまうという私が産まれるより前にあった都市伝説らしい。
怖いもの全般が苦手な私は名前は聞いたことがあるものの内容自体は知らなかった。
そう言うとオカルト好きの彼女は常識だよ! なんて言うもんだから思わず聞いてしまったが、聞かなきゃよかったと思う。
「あ、次の授業私のクラス体育だったわ、じゃまたね!」
「また放課後ねー!」
私のクラスとは別の彼女は準備があると急いで行ってしまった。
「…………」
「?」
ふと視線を感じて振り向くと、貴堂君がじっと見ていたが、それに気がつくと視線をそらしてしまった。
貴堂君はは普段から物静かで用事がない限りは誰も話したりしないし、彼もまた誰かに話し掛けたりしない人だ。
そんな彼だがなんとなく私に言いたいことがあるような顔をしているような気がした。
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「でね! 私が調べたところ口裂け女の目撃情報がこの近くで多発してるんだって! 会ってみたいなー、会えたらインタビューしたいね、そしたら依子のとこで記事にしてよ! 私のオカルト研究部と合同でやりましょ!」
「えー、怖いから止めてよ、それに新聞部は真面目な所なんだからそんなことしたら部長に怒られちゃうよ」
学校からの帰り道、口裂け女の事がよっぽど気になるらしい彼女は鼻息を荒くして語っているが正直その話は止めてもらいたい、あまり怖い話を聞きすぎると夜眠れなくなってしまうかもしれない。
しかしそれを聞いてふと思い出した事があった。
「ねぇ、貴堂君のこと知ってる?」
「もちろん、貴堂 晴明 由緒正しき貴堂家の産まれで金持ちのボンボン、物静かで特に友人はおらず一人でいることが多い根暗なタイプの男ね」
「よ、よく知ってるね」
今日彼から視線を感じたことを思い出し何となく聞いてみようとしただけだが思いの外情報量が多く少し引いてしまう。
「根暗ならオカルト好きかなーって思って研究部に勧誘したんだけど断られちゃってさ、僕はそう言うの好きじゃない……なんて言っちゃってさ! 失礼しちゃうよね!」
「あはは……」
根暗って決めつけるほうが失礼な気もするけど、お世辞にも彼は明るい人とは言えないので愛想笑いで返してしまう、見られていたのは私の気のせいだったのかな? そう思っていると後ろから視線を感じた。
「どうしたの依子?」
「ううん、なんでもない」
何となく視線感じて振り返ってみたが後ろには誰もいない、でも確かに感じたあの視線は憶えのあるもので私は足早に帰ろうと彼女をせかした。
「ただいまー」
「あらおかえり、最近不審者が多いって聞くから少し心配しちゃった。杉山さんにも気をつけるように言っておいてね」
はーい、と生返事をしてテーブルのお菓子をつまみながらテレビを見ていると、丁度口裂け女特集をやっていて芸能人達が面白おかしく話している。
「懐かしいわねー、お母さんが学生の頃に流行った都市伝説なんだけどね、なんで今更こんな事やってるのかしらね?」
「最近またブームになってるらしいよ」
テレビでもやっているという事は本当に再燃しているみたいだ、私からすれば迷惑だがお笑い芸人が思わず吹き出してしまうギャグを披露してくれたおかげで少し恐怖が和らいだ。
それにしても帰り道のあの視線は何だったのだろう。
少し粘っこく陰湿な感じがする異様な視線だった気がする。
そんなことを考えていると身震いしてしまい、あわてて電気をつけて明るいまま寝ることにした。
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「えー! 一緒にかえれないの!?」
「ゴメンね、オカルト研究部が口裂け女の事で今熱いのよ、それで作戦会議があるから今日は遅くなるの」
今一人で帰るのは少し怖い、だけど研究部の中で待っていたら余計怖くなるだろう、私は渋々一人で帰ることにした。
「いいもんねー、別に怖くないもんねー」
夕焼け差し込む路地を、独り言で恐怖を誤魔化す私は傍から見れば変人だろう、しかしこうでもしないと怖がりな私には辛い。
「…………」
理由はもう一つある。
さっきから昨日と同じ視線を感じるのだ。
もしかしたら私を狙う不審者なのかも知れない、それを牽制するつもりで独り言を呟いてるつもりなのだがどうも姿は見えない。
「電話しようかなー、用事思い出しちゃっ……」
いつでも助けを呼べるように携帯を取り出したとき、
コツッ
とすぐ後ろでヒールの音がした。
視線を感じてから私は度々後ろを気にしていた筈なのに、この音は相当近くなければ聞こえない程の足音だ。
恐る恐る後ろを振り向き足音の主を確認するが、誰もいなかった。
あまりにも気にするあまり聞こえないものまで聞こえてしまったかもしれない、ほっと胸を撫で下ろす。
「ねぇ、」
今度は人の声が聞こえた。
明らかに幻聴ではない、人の声だ、一つおかしいのはさっき迄私が向いていた方から聞こえてくるということ、それもすぐ近くから!
「ねぇ、」
――私キレイ?
見たくなかったが声に反応して思わず振り向いてしまった。
そこには季節にそぐわぬ真っ赤なコートをを着た長い髪の女が、すぐ近くで私に疑問投げかけている。
「嫌っ!」
私は質問に答えず小さな悲鳴を上げて思いっきり走った。
あれは明らかな不審者だ、誰かに助けを呼ばなければ、そう瞬時に判断し震えそうなのをこらえて全力でもと来た道をかけて行く。
「ねぇ、答えてよ」
「っ!」
路地の曲がり角に差し掛かったとき、女がぬっとコチラを遮るように現れた。
思わず立ち止まってしまう、この路地は一本道で回り込むなんて不可能なはずなのに私の目にいる。
「私ってキレイ?」
もう一度逃げようもするも足が震えてしまい思うように動かない、蛇に睨まれた蛙のように動くことができず声もあげられない。
「私キレイ? 私キレイ? 私キレイ? キレイ? キレイ? キレイ?」
同じ言葉を繰り返す女に私の頭は恐怖でいっぱいになり、今にも腰をぬかしてしまいそうだ。
「キレイ? 私、キレイ?」
女の手元にいつの間にか包丁が握られているのを見たとき、死の一文字が浮かんだ。
「キレイさ、」
死の恐怖で涙が流れた瞬間女の後ろから若い男の声が聞こえた。
「!?」
「君はキレイだよ」
いつの間にか現れた男に彼女が驚き振り返る。
白髪だが黒いハットに黒い服に黒いマント、ズボンも黒で靴も黒、更に黒いサングラスをかけた真っ黒の闇から現れたかのような男がそこにいた。
「これでもか!」
「!」
その異様な黒ずくめな男に怯みもせず女がマスクを外すと、後ろからもわかるくらい口が裂けたいるのが見えてしまう。
「それでも君は美しい」
「ガアアアアア!!」
男が尚もそう言うと口裂け女は激昂し持っていた包丁で突き刺しにかかった!
「お嬢さん、立てるかい?」
「え!? あ、はい」
今まさに刺殺されようとしていた黒い男がいつの間にか私の前に立っていて、腰が抜けてしまった私に手を差し伸べ立たせてくれたのだ。
「ガア!」
「これを見給え」
振り返り襲いかかろうとする口裂け女に男が懐から体より大きな姿見を取り出すと女に向けた。
「え! これは、元の私……」
「言ったろう? 君はキレイだよ」
コチラに振り向いた彼女の口元は裂けておらず、普通のキレイな女性のものになっている。
その姿を鏡で見た女は驚き戸惑い、何度も頬と口に手を当て自分の顔を確かめていた。
「これをあげよう、君が好きなものだろう?」
「ベッコウアメ……」
ポケットからいくつかの飴を取り出すと彼女に渡し、受け取った女はそのまま何処かへと立ち去っていった。
「あ、あの! 貴方は誰なんですか?」
「それを知る必要はないよお嬢さん、それでは僕はこれで……」
いきなり吹いた突風に視界を遮られ再び目を開けたとき、彼の姿はそこにはなかった。
「…………あれ?」
夢だったのだろうか? そう思いしばらく立ち尽くしていると地面に何かが落ちているのに気が付き拾い上げる。
それは『貴堂 晴明』と書かれた私が通ってる学校の学生証だった。