回葬電車の存在意義
この空間——つなぎには、朝も昼も夜もない。
暗闇の中を、回葬電車はただただ走る。
乗客がいないからか、車掌室以外の車両は暗い。
「ねえ、運転手さん」
「……なんだ」
「……どうして、回葬電車はあるのかな?」
ずっと、疑問だった。
「人身事故で死ぬと決まった人を死の国に運ぶなら、他の人のように直接運んでしまえばいいのに」
「……」
運転手は、困ったような顔をする。
でも、私は続ける。
「この電車には、なんというべきかな……妥協点があるよね」
「……事故の原因を、思い出しさえすればいい」
「そう。思い出したら、その人は寿命を変えてしまうことが可能なわけだよね」
——本当は、許されないのに。
「ちりか。お前は知らないだろうが……こうやって回葬電車が運んでいるのは、人身事故で死ぬことが確定した人じゃないんだ」
「え」
思いがけない言葉を聞かされて、驚いた。
「人身事故で死ぬ可能性が高い人だ」
「……?」
よく、分からない。
「寿命は決まっていない。死ぬ可能性が高いだけの話だ。変えようと思えば未来はいくらでも変えられる。いつもお前が言ってるだろ?」
「……うん」
なんとなく、運転手が言いたいことが見えてきた。
「だからこの電車がある。人身事故で死ぬ可能性が高い人に、最期のチャンスを与えている場とでも言えばいいか。この電車に乗った人は記憶が曖昧になる。その中で、低い確率だけど事故の原因を思い出せれば生きられるよ、というチャンスを。はっきり提示はされないが」
——なんとなく分かった。
「——つまりはこうだよね。人の寿命は前もって決まったものではなくて、この歳にこの原因で死ぬ可能性が高いというものだってことで……」
運転手はうなづく。
「この電車は人身事故で死ぬ可能性が高い人が乗ってくる電車。人身事故で死ぬ可能性はこの電車に乗った理由が思い出せない可能性と同じぐらい」
運転手は驚いたような顔をする。
「よくそこまで気付いたな。その通りだ」
「なんとなく察しただけだけどね」
私はそう言って笑い、最後にこの電車の大前提を言って締めくくる。
「この電車に乗った理由が思い出せない人がほとんどだけど、思い出しさえすればまだ生きられる」
「そう。つまりお前がしていることは決まった寿命を変えることじゃない。前もって決められた、人身事故で死ぬ可能性を低くしていることだ」
まあ、あまり褒められたことではないがな——と運転手は言う。
分かってるよ、そんなこと。
「あともう一つ言っておく。こう言った妥協点は、全ての人に与えられている」
「えっ?」
それも、初耳だ。
「事故死する人は、死の国行のバスに乗る。回葬電車ならぬ回葬バスか。病死する人だってそう。死の国行の馬車が出るんだ。馬車といってもただの馬車じゃない。天馬の馬車だ。例外は自然死か。それだけは決められた寿命で、変えることは不可能だし、妥協点もない」
「全部、原因さえ思い出せればいいの?」
「ああ。ただ、即死の場合は死の国に着くまでの時間が短い。思い出す暇もないんだ。この電車でも前に何度かあっただろ?」
「……うん、あった」
——いつだっただろうか。
誰かが乗って来たと思った次の瞬間には、もう死の国に着いていた時が何度かあった。
その人が事故の原因を思い出す暇も、私がその人の元へ行く暇もなかった。
「あれがどの場合にもあるわけさ」
なるほど……。
「取り敢えず、この電車の存在意義と全ての人に与えられた妥協点については分かってもらえたかな」
「うん」
私はうなづく。
「——ほら、お客さんが来たぞ」
振り向くと後ろが明るくなっていた。
「今回は時間はある。でもそうだな、一時間ほどだ。後悔しないように、やってこい」
「……うん、行ってくる」
車掌帽を被り、鞄をかける。
車掌室から、一歩踏み出す。
私は歩く。その人に向かって。
ぱっと見はその人は男の人で……。
「えっ?」
近付くにつれ、もしかしたらという思いは、確信に変わった。
間違いない。
私はこの人を知っている。
「嘘、でしょう?」
その人は振り返る。
……ああ、懐かしい。
名を呼びたい。
どうしてここに来たのかを問いたい。
しかし、今は私は、この回葬電車の車掌だ。車掌以外の何者でもない。
それにこの電車の中では、全ての記憶が曖昧になる。そんな時に私のことを思い出せるかどうか……。
「こんばんは。涼しい夜ですね。
——あなたは一人ですか? 寂しくないのですか?」
だから私は、初対面を演じることにした。




