車掌録Ⅲ 眠りと目覚め
「……来たぞ。今回はそうだな……30分だ」
「うん。行ってくる」
私はそう言って、帽子と鞄を手に取った。
私はその人に向かって、歩き出した。
今回のお客様は、中年男性だった。
「おや、嬢ちゃんは車掌かい?」
「ええ。花籠ちりかと申します」
「そうかい。俺は山中智っていうんだ。ま、よろしくな」
山中さんはそう言って、笑った。
「——で、この電車……なんか普通の電車とは違うよな」
「——!」
山中さんの言葉に、絶句した。
普通の電車ではないことに気付くなんて……!
そんなお客様、初めてだ。
「車内アナウンスのない電車なんておかしいだろう? ……これ、なんの電車なんだい?」
山中さんは、車掌の嬢ちゃんなら分かるだろう? というような顔で、私を見つめている。
話が早い。
「これは……回葬電車です。回り、葬る電車です。人身事故で死にかけた人が乗る電車です。行き先は……死の国です」
私の話を聞いても、山中さんは平然としていた。
「この電車を降りたかったら——」
「その必要はないよ」
山中さんは、不意にそう言った。
「俺は、終点まで乗るよ。死の国に逝くよ」
「え……?」
息が苦しい。
喉の奥が苦い。
「どうして……」
「あのな、嬢ちゃん。俺は、死は終わりだなんて思ってないんだ」
山中さんの表情は、穏やかだった。
「俺は今までな、十分幸せだったんだ」
幸せだったんだ、ともう一度呟く山中さん。
「嬢ちゃんはもしかしたら、死は終わりだと思っているかもしれない。死は不幸なことだと思っているかもしれない。死は無だと思っているかもしれない。でもな、俺はそうは思わない」
喉が、きゅうっとしている。
声が、出ない。
「休憩だよ。歩き疲れたら休むように、生命にも休む期間が必要で、その休む期間が、死なんだと俺は思う。眠っている時と起きている時のようなものさ。眠っている時が死。起きている時が生。そういうもんだと、俺は思うな」
山中さんは、優しい声で、そう言った。
「——嬢ちゃん、泣かなくったっていいんだよ」
(——えっ?)
その時、目から水が溢れ出していることに気付いた。
「……いつの間に」
それを拭う。しかし、どれだけ拭っても、ボロボロと溢れ出してくる。
制服が濡れていることが、私がずっと泣いていたことの証拠だった。
「……嬢ちゃんは……もしかして、もう」
——うなづく。
「……5ヶ月ほど前に、死にました。この電車に乗って、死の国の手前まで、行きました……」
「……そうかい。そんなに泣いてるってことは、嬢ちゃんは、死にたくなかったんだろ?」
——うなづく。
「……ずっと後悔していたんだろう? どうして降りることが出来なかったんだろうって……」
——うなづく。その通りだ。
「だからきっと、車掌をしているんだろう?」
「……はい」
何でこんなにこの人は察しが良いのだろう?
「……これからも続けなよ、嬢ちゃん。この電車に乗って来た人に、後悔をさせたくないから車掌をしてるんだろう?」
「……はい」
「それは良いことだよ、嬢ちゃん。だけどな、これだけは知っといてくれよ。
——中には、俺みたいな奴もいるんだ。もし死ぬことになっても、後悔しない奴も。
そんな奴に出会ったら、そいつの想いを尊重してやってくれよ。今みたいに」
しばらくした後、電車は花畑へと滑り込んでいった。
「嬢ちゃん。花籠ちりかちゃん。これからも頑張りなよ。そしてまたいつか、会おうな」
山中さんはそう言って、電車から降りていった。
「……またいつか、かあ」
そんなことを言われたのは、初めてだった。
「——またいつか会いましょうね、山中智さん」
呟いて、私は車掌室へと戻っていった。




