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回葬電車の車掌録  作者: 花籠ちりか
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花畑の休息

 ふと後ろを振り向くと、明るい。

 誰かがいた。ぱっと見は男の人だった。

「ねえ——」

「今回は無駄だ。もう着く」

 運転手はボソリと呟くように言った。

 そして次の瞬間には、花畑に着いていた。

「——だから、言わなかったんだね」

「ああ」

 たまに、あるのだ。

 誰かが電車に乗ってきたかと思ったら、その次の瞬間には死の国に——正確に言うと、死の国の手前にある花畑に着いていることが。

 電車に乗っていた男の人は、辺りを見回しながら降りていった。


 喉の奥が苦い。

 胸に黒い煙が溜まったみたいな、息苦しさ。

 いつまで経っても、これには慣れることがない。


 果てしなく広い花畑。

 そこには川があり、その川の向こうに死の国がある。

 私は電車を降りて、深呼吸。

 そうすれば、息苦しさが多少は和らいでくれる。消えることは多分ないけれど。


 川へと近づいた。

 私が会いたい人は、そこにいた。

「……あら、お久しぶりですね、ちりかさん」

 私の名を呼んだのは、私が今まさに会いたかった人、川の渡し守である中村聡美さんだった。

「お久しぶりです、聡美さん。すみません、糸が無くなってしまって……」

「それなら用意してありますよ。そろそろ無くなるだろうと思いましたもの」

 糸、というのは、私がいつも電車でお客様に渡すミサンガの材料のことだ。

 聡美さんは、 妖の住む間の国の血を引く人で、不思議な力を使うことが出来るのだそうだ。その力で光から糸を紡ぎ、その糸に花畑に咲く花の色をつけることによって、色とりどりの糸を私に作ってくださるのだ。

「ありがとうございます、聡美さん」

「このぐらいしか私には出来ませんからね」


 花畑を見回す。

 花畑には、沢山の死者が来る。また、たまに生者が紛れ込んで来る。聡美さんはその紛れ込んできた生者が間違えて死の国行の船に乗らないように、見張っているのだ。

「生者がここに紛れ込んで来るのって、割と頻繁にあることなんですか?」

「さあ、どうなんでしょうね。でも、前に一回、一度に2人の生者がここに紛れ込んできたことがありましたよ。亡くなった大切な人に惹きつけられて。2人の生者は無事に現世に戻り、その死者は色々あったけれど、今は死の国にいますよ」


 ふと、思う。

 私も死の国に行ってしまえば、楽になるのかもしれない。

 死の国に入った人は、生前の記憶を失うのだという。きっと死の国に行けば、この胸の中にあるものも忘れ、楽になれるだろう、と。

 でも、あの電車はひどいと思う。

 回葬電車に乗ることになった理由さえ思い出せれば、まだ生きられると知っていれば。

 知っていれば、きっと思い出したのに。

 あの電車が回葬電車と知っていれば、きっとなんとかして降りようとしたのに……。

 そんな思いをする人は、他にもいるはずだと思った。だから私は車掌になった。

 今更やめようなどとは、思わない。


「あ、ちりかさん」

 聡美さんは思い出したかのようにそういうと、しゃがみこみ、私の足に結んであった糸を切り、新しい糸を結んでくださった。

「車掌をやってることがばれないように、おまじない」

 いつも聡美さんはこうやって、おまじないにと糸を結んでくださる。会うたびに、おまじないが切れていたらいけないからと、そう言って。

 聡美さんは、笑った。

 私もつられて、笑う。

「ちりか、そろそろ行くぞ」

 運転手が、呼んでいる。

「いま、行くよ!」

 私は回葬電車に向かって駆ける。

 聡美さんにもらった糸を握りしめて。

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