表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
回葬電車の車掌録  作者: 花籠ちりか
5/21

車掌録Ⅱ 私にとってそれは

「今回のお客さんは三十分ってとこだな」

「分かった。行ってくる」

 私は車掌室から一歩踏み出した。

 未来を変えるために。


 女の子だった。私よりも少し年下だ。

 何か、考え事をしている。

「いかがなさいましたか、お客様?」

 そういうと、彼女は私に気付いて驚いたような声をあげた。

「——え? ああ、いいえ。ただ……」

「……ただ?」

 私は言葉を促す。

「……死ぬって、どういうことなんだろう、と思って」


「死ぬこと……ですか?」

「はい」

 女の子は、私が死者であることを知らない。


 私は、反射的に答えていた。


「それは、無です」


「……はい?」

 聞き取れなかったのか、聞き返してくる。

「無ですよ。何も、残らないんです」

「……それって」

 女の子はどういうことか分からないようだった。

「何も……残らないんですか?」


 何かが、切れた。


「何も残りません。何があるというんですか? 死の国に行けば記憶が消えます。名前も無くなります。現世に残る肉体も朽ちていくだけです。記憶が消えたなら思い出も消えてしまうんです。大切な人を失います。死者の時は止まりますから、未来も失います。未来なんて言葉は、将来なんて言葉は、死者の辞書には無いんです。過去おもいでも消え、未来ゆめも失い、現在いまを生きることもできない死者に、何があるというのですか?」


 私はまだいい方だ。死の国に入ったことがないから記憶を失わずに済んでいるから。

 私にはまだ、過去があるのだから。


 止まらない。

 止まれない。


「それでも貴方は死にたいですか? 全てを失うと知って、それでも貴方は死にたいのですか? もっと言わせていただくと、失うのは貴方だけではありません。貴方の大切な人もまた、貴方を失うのです。貴方の両親や親友が、貴方というかけがえのない人を失うのですよ」


「……ごめんなさい」


 女の子は、泣いていた。


「ごめんなさい。ごめんなさい……!」

 女の子はぽつぽつと話した。

 学校の友達にいじめられていたこと。

 毎日辛かったこと。

 だからその友達がいる前で、駅のホームから電車が滑り込んでくる時に線路に落ちてみせたこと。

 でも親はいつも味方だったこと。

 親友も1人だけ、いたこと。

 親と親友は、いつでも味方でいてくれたこと——。

「夢があるの。あたし、女優さんになりたいの。その夢を、叶えたい。あたし、もっと生きていたい」


 車内アナウンスが、行き先変更を告げた。

「ごめんなさい。私も貴方を泣かせるつもりはなかったのですが……。ただ、死者の身としては、貴方に死とはどんなものなのか、知って欲しかっただけなのです。

 ——さあ、帰りましょう」

 そっと、彼女に謝った。


「……死んでるのですか? こんなに、はっきり見えるのに」

「はい。2016年10月6日に」

「それなら……5ヶ月前ですね」

 女の子は指折り数えて教えてくれた。

 ——車掌を始めてから、5ヶ月経っていたのか。

「なら車掌さんは……幽霊ですか?」

「……さあ。私にも分かりません。でも確かなのは、私はここにいるということ。何もかもがない中で、唯一あるのは自分の存在だけかもしれないこと。

 ……覚えていてくださいね。

 何も信じられなくなっても、自分のことだけは信じていてください。意味なく生まれる人はいませんから。貴方には、貴方のための道がありますから。隠れて見えにくくなっていても必ずありますよ。貴方はそれを見つけて、切り開いていってください

 大丈夫、貴方ならできますよ」

 その言葉を言い終えると、私は彼女にミサンガを渡した。

 女の子は力強くうなづいて、帰っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ