車掌録Ⅶ 変わった乗客
「——ちりか、来たぞ」
運転手の声を聞いて振り返ると、明かりがついていた。
「うん。何分?」
「……分からない。とりあえず、行け」
「……うん」
(分からない……)
前にもあった。花畑に着くまでに、どのくらいかかるのかが分からない時が。あの時のように、あそこにいる人は自ら死を望んでいるのだろうか?
私は慌ててその人の元へと向かう。あの時とは違って、その車両への扉はすんなりと空いた。扉を開けた時の音が聞こえたのか、その人はこちらを振り向く。
そこにいたのは、フード付きの上着のようなものを羽織った少年だった。こういうのをローブと言うのだろうか?
「……君、だあれ?」
キョトンとした様子が可愛らしかった。
私は彼と目線を合わせて話す。
「私は、花籠ちりか。この電車の車掌をしているの。あなたは?」
「僕? 僕は……陸。椎名陸だよ。よろしくね」
陸くんはそう言って、にこやかに笑う。
この子を、現世に戻さなければ。
「どうしてちりかさんは、車掌になったの?」
「聞きたい?」
「うん!」
前にも、どうして車掌になったのかと聞いて来た男の子がいた。その子はこの話を聞いて現世に戻っていった。陸くんも、現世に戻ってくれるだろうか。
「そうだね。昔話をしようか……」
私はここで車掌をすることになった経緯を話した。陸くんはうなづきながら聞いてくれた。
「——だからね、ここに乗って来た人に、降りる方法を教えるために車掌になったのよ」
「……そうなんだ」
勇気あるねえ、と陸くんが言うのを聞きながら、私は焦っていた。
陸くん……どうして自分が死にかかっていることに、気付かなかったの?
「——いなければならないのに」
陸くんの呟く声がする。
「死の国にいなければならないのに、ここで僕に黙って車掌をやってるなんて……勇気あるよね、ちりかさん」
「そんな……勇気なんて、ないよ」
私はそう言って笑う。
「私はこの電車に乗ってきた人を降ろしてあげたい。現世に戻してあげたい。ただ、それだけだから」
「——そっか」
たった一言。
その一言で、背筋が凍った。
その声は、そう。
何か呪詛の言葉を呟いているような声。
そういえば、陸くんは少しおかしなことを言った。
陸くんは、どうして私が『死の国にいなければならない』ことをどうして知っていたの? しかも、『僕に黙って』って——。
——まさか。
「もうかくれんぼは終わりだ。花籠ちりか」




