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回葬電車の車掌録  作者: 花籠ちりか
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車掌録Ⅴ 暗い希望

「——まずいな」

 運転手が、ふと呟いた。

「……どうしたの?」

「客が乗って来た。でも……とにかく、いけ」

 運転手は珍しく、言葉を濁した。

「……うん」

 私は急いで帽子と鞄を手にする。

 早く、お客様に会わなければ。


 コツコツと響く自分の足音。

 少しずつ、お客様に近づいていく。

 その人は、女の子だった。

 俯いているように見える。

 女の子がいる車両に入ろうとして、扉に手をかけた。


 しかし。


「——開かない」


 扉が、開かなかった。


「どうして……?」

 今まで、こんなことは一度もなかった。

 なのにどうして、開かないのだろう?

 このままだとあの女の子は、死んでしまう……!


 ガチャリ。


 反対側から、扉が開けられた。

 あの女の子だった。

「……車掌さん?」

 女の子はそう言って、首をかしげる。

 表情が、見えない顔で。

「……ええ、そうです。花籠ちりかと申します」

「……そう。私は秋元(あきもと)紗衣(さえ)。この電車は、なあに?どこへ行くの?」

 女の子は、無表情で、首を傾げたまま。

 私は彼女——秋元さんの問いに答える。

「……回葬電車です。死の国に、行くのですよ」

「……そう」

 その時、ようやく彼女は、うっすらと笑った。


「……私、ようやく死ねるのね」


「え……?」

 私は、凍りついた。

「私ね、もう、生きるのが辛かったの」

 秋元さんは、うっすらと微笑む。そして、淡々と話す。

「ずっと死のうって思っててね。いろんな方法を試したの。ある時は入水、ある時は首吊り、ある時は信号無視、ある時は飛び降り。

 でもね、上手くいかなかった。

 入水しても苦しいばかりで死ねなかった。首を吊ろうとしたら親にバレて止められた。赤信号で道を渡っても車が私に気づいて急ブレーキをかけたから助かった。屋上から飛び降りようとしたら先生に見つかった……。

 私ね、だから今度は、人目のつかない踏切から線路内に入って、電車が来た時に線路に飛び出したの。今度はうまくいったわ。

 私……ようやく死ねるのね」


 ——ああ、だから運転手は言葉を濁したのか。


 彼女が——秋元さんが、自ら死を望んでいるから。


「……車掌さん、泣いてるの?」

「えっ?」

 頰に手をやって、泣いていることに気づく。

「どうして? 私は今、こんなに幸せなのに」

「……どうして、って」

 理由は一つしかない。


「……私は、生きたかったの」


 ただ、それだけだ。


 まだまだ生きられるはずなのに自ら死を選んでしまう秋元さんと、まだまだ生きたかったのに死んだ自分を、無意識に比べていた。

(私はもう、花籠ちりかとしては、二度と生きることができないのに)

(どうして……)

 私の死と秋元さんの死は関係ない。

 なのに。

 なのに。


「……そう。車掌さんはきっと生前は、幸せだったのね」

「……」

 何も、返せない。

 その言葉が正しかったから。

「でもね、私は苦しかった。いじめと、家庭内暴力の毎日。いつしか未来なんて見えなくなった。先生が私の自殺を止めたのは、いじめられっ子だって知らないから。親が自殺を止めたのは、世間体が悪いのと都合のいい召使いがいなくなるから。私は生まれなくても良かったのよ」

「……そんなこと!」

 そんなことはない、と言いたかった。

 だけど、言えなかった。

 彼女が体験して来た感情を想像したら、言えなくなった。


「……車掌さんは、死って、なんだと思う?」


 唐突すぎる、彼女の声。


「そうですね……無、ですかね?」


 思った以上に冷静な、私の声。


「無、かあ……」

 秋元さんは、笑った。

「そうね、無ね。全てのものが消えるほうが、楽かもしれない」

 笑みが深くなっていく。

 顔は笑い方を忘れていたのだろうか、笑えば笑うほど、顔が歪んでいく。

「私には残ってほしいものなんてないから。むしろ消えてほしいものばっかり」

 そうだろう、と思った。

 大切な友達もいない、親にすら大切にされない、そんな彼女は、無が救いなのかもしれない。

「なんだろう、今はすっきりした気分よ、私」

 歪んだ笑顔で、彼女は笑った。


 遠くに、死の国が見えた。

「もうすぐ、着きますよ」

 秋元さんは、窓の外を見つめていた。

 そして、呟いた。

「……久々に人と話したわ」

「えっ?」

「ずっと話し相手がいなかったから。ありがとね、車掌さん」


 私は、その言葉になんと返していいか、わからなかった。


 やがて死の国に着くと、彼女は笑って電車を降りていった。

「久々に楽しい思いをしたわ。ありがとね。私、今、いろんな意味ですごく幸せよ。またね、車掌さん」


 電車内で笑い方を思い出したのか、その笑顔はもう、歪んでいなかった。


 私は、不思議と温かな気持ちだった。

 心には、ぽっかりと穴が空いているのに。

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