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漫画家、異世界でパクリ漫画を描く  作者: トイ・ヤスハル
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漫画家、死亡する。

 名も知らない喫茶店の座席に深く腰掛けて、同じくらい息を長く吐く。

 食欲は無いし所持金も少ない。どちらの原因もテーブルに置いたファイルケースの中身にある。

 10作目の持ち込み漫画。48ページの中世ファンタジー。構想製作に60日。作業の終盤はバイトを休んで作り上げた原稿は1時間の面談を経て紙クズになった。


『話に色々盛り込みすぎ、キャラが普通すぎ、掴みどころのない印象』


 ファイルケースから取り出したメモ帳を眺める。担当編集さんからのアドバイスを総合すると、判り難くて薄っぺらくて読み辛いって感じか。要するに全然ダメじゃないか。


『絵は良い』


 メモの最後の弱々しい文字は、面談の終わり際に言われた唯一の褒め言葉。

 何度目だよこの褒め言葉。いっそ、才能ないから諦めろって言ってくれ!! 変に望みを持っちゃうだろうがよ!


「すがっちゃいますよね~。希望ってほんと怖い」


 突然、声をかけられ驚き、椅子から落ちかける。

 親しげに声を掛けてきたのはブレザー服の女の子だった。長い黒髪、小首をかしげたニコヤカな笑顔。美人だけど……誰だ?

 いろんな疑問と同時に愚痴を口に出して言ってしまった可能性に気付いて、顔が赤くなる。


「大丈夫です。声には出してなかったですよ」


 今度は背中がすっと冷たくなる。声に出してなかった? それならこの子はどうして?

 女子高生はニコヤカな笑顔を崩さない。その表情はとても優しげで、それがかえって不安を煽る。何を言うべきか、混乱して言葉が出ない。


「私、悪魔なんですよ。それにしても、いきなり死ぬなんて大変でしたね」

「えっ?」


 立て続けにおかしな事を言われて、やっと声が出た。


「でも貴方は幸運でした。たまたま近くに私が居ましたから。ここだけの話、人類増えすぎちゃって天使も悪魔も手が足りてないんですよ。取りこぼされる魂が増えてるんです」

「はぁ、あの……」


 取りこぼされた魂がどうなるのかとかも気になるが、それよりも確認したい重要情報がある。


「そうですね。そうですそうです。説明します」


 彼女はスマホを取り出し、慣れた手つきで指をすべらせる。今時は悪魔もスマホを使うのか……。


「15分ほど前、貴方は出版社のビルから出てきたところを暴走車に追突されて死にました。享年27ですね。お疲れ様でした。で、そこに居合わせた私が貴方の魂を回収を行って、現在は転移門の準備を待っている状況です」


 一気に言って、おわかりですか? という間でこちらを見る。ニコヤカな笑顔は一度も崩れておらず、それはいわゆる営業スマイルなのだと理解した。そしてもう一つ、もっと重大な記憶が形になっていく。


「そう…でしたね……」


 かすれた声を絞り出す。

 猛然と突っ込んでくる黒いバンパー。衝撃音。アスファルトに線を引く自分の血。無表情に覗き込み、私の手を引く悪魔の女子高生。全てが鮮明になっていく。


「転移門をくぐるための調整で、少しの間だけ記憶が混乱してたんですよ」


 スマホを仕舞った悪魔は朗らかに言う。笑顔の自然さも上機嫌な調子の理由も、今なら理解できる。魂を捕まえられたことを心の底から喜んでいるんだ。


「安心して下さい。私、悪魔ですけど魂を苛むのだけを喜ぶ単純バカとは違いますから」

「さっきも言ってましたね」


 事故現場から自分の手を引いて歩き出した彼女は、優しげに私の魂の扱いを語っていた。


「そう、苦楽のバランスです。良いことも悪いこと表裏一体な道行きを歩む魂が、とても美しいんです」

「……自分はどこに転移させられるんですか?」


 すべてが宙ぶらりんになってしまった状況に足がかりが欲しいと思い、質問する。

 簡潔でニコヤカな回答は、なんとな予想していたものだった。


「それは行ってのお楽しみ」


 そして悪魔は立ち上がる。大きく伸びをすると、散歩にでも誘うように語りかける。


「さて、そろそろ時間です。数十秒で転移が始まります」


 鉄の歯車が回る音が聞こえる。転移門は機械仕掛けらしい。


「最後にサービス、なにか向こうに持っていきたいものはありますか? 力でも富でも名声でも、なにか一つつけてあげますよ」


 考えるより先に体が動いた。

 両手で固く握りしめたのは、机の上にあったファイルケース。自分の未練がましさに笑いがこみ上げてくる。どことも知れぬ場所へと飛ばされるのに、持っていきたいのは漫画原稿なんてバカ過ぎる。

 ファイルケースを抱え込み、様々な思いを押さえつける。プロ漫画家を目指して今年で7年目。なんど跳ね除けられてもずっとやって来たことだ。手放せない。


「これを持っていきます」


 決断は、思っていたより強い調子で声になった。


「素晴らしい!」


 女子高生の姿をした悪魔は満面の笑顔を浮かべた。短い言葉を放って絶賛する顔は、今までで一番、悪魔らしく見えた。


「倉橋真木! お前と薪の悪魔との契約は結ばれた!」


 高らかな宣言とともに、喫茶店だった場所が暗く溶けていく。


「その魂が感じる全ては私の糧だ」


 あっという間に視界が狭まり、焚き火の匂いが立ち込め、この暗さは煙なのだと感じた。煙の中でこちらを見ている女子高生の目は赤く、炎のようだ。それも渦巻く煙に巻かれて消える。今立っていた場所が遠ざかっていく。飛ぶように、落ちるように。


「長く楽しく苦しみなさい」


 完全な暗闇にとらわれる間際、囁き声が聞こえた。


<続く>

初投稿です。

中世世界に漫画家が行ったらどうなるのか? すでに同コンセプトの話はありますが、

創作者としての右往左往で描いてみたいなと思い、書いてみました。


わりと長めで、じわじわキャラが増えていく感じです。

週一位で話数を増やして行きたいと考えております。末永く宜しくお願いいたします。

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